その頃の圭太 2
朱莉が上京してから二ヶ月……圭太は完全に油断し切っていた。
この頃になると最初は張り切っていた自主勉強も捗らず、気分転換と言っては男友達と遊び回っていたのだ。
図らずも朱莉がいなくなった事で、圭太を誘うのを遠慮していた友人達の遠慮がなくなったのが原因である。
また、状況のためにと始めたバイトであったが、そのせいで手元に現金がある状態となってしまったためというのもある。
言い方は悪いかもしれないが、圭太は今、初めて自由を謳歌していたと言っても過言ではない。
その為に朱莉の連絡が少なくなったことを気にもしていなかったし、今の圭太からすれば逆に都合が良いというレベルの話でもあったのだった。
(どうせ盆には……いや、下手したら夏休み中はこっちにいるかもしれないしな。
その時に相手をしてやればいいわけだし)
そう心の中で言い訳しつつ、友人との時間を過ごし、その為に必要になるお金を稼ぐ為にバイトのシフトを増やす。
楽な方に流されていく圭太の心の中には、無理して受験して都会になど行かなくても良いのではないか?
このような気持ちが芽生え始めていたのであった。
そうして日にちは瞬く間に過ぎていき、7月に入った頃、珍しく圭太は朱莉へと電話をしていた。
「あ、圭太くん。
久しぶりだね」
「あれ、そうだったっけ。
それより、朱莉の夏休みの予定はどうなってるの?」
「あ、ああ、ごめんね。
夏休みも忙しくてこっちに残ることになってるんだ」
「ああ、そうなんだ。
それじゃ、帰ってくるのはお盆だけかぁ。
夏祭りは一緒にまわ……」
「あの!ごめんね!!
お盆も忙しくて帰れないんだ」
「え、そうなの?
夏休みやお盆に帰れないくらいに東京の学校って大変なんだな」
「う、うん……そ、そうなんだよ。
ごめんね、圭太くん」
「そんなに何度も謝らなくていいよ。
ただ、おじさんとおばさんは心配するだろうな」
「うん、二人には心配かけないように良く話しておくから。
圭太くんも心配してくれてありがとうね」
「へへっ、良いってことだよ。
それじゃ、次に帰って来れるのは年末かな?
会えるのを楽しみにしてるよ」
「……電話ありがとう。
それじゃ、お休みなさい」
「おう、お休み!」
本来であれば圭太はこの電話で違和感に気付くべきだったのかもしれない。
だが、経験の浅い圭太にその事に気付けというのも無理がある話だったのだろう。
それから日にちが経ってお盆の日。
娘が帰って来なくて寂しがっているであろう朱莉の両親の心をケアしようと、本間家を訪れた圭太。
だが、インターホンを幾ら鳴らせど家から誰かが出てくる気配はない。
「あれ、おかしいな?」
「あら、圭太くん。
本間さんの家に何か御用?」
本間家の前で首を捻る圭太に声をかけたのは、朱莉の両親と濃い近所付き合いをしているおばちゃんであった。
「あ、こんにちは。
朱莉が帰って来ないみたいだから様子を見に来たんだけど」
「あら、聞いてないの?
本間さんの家は朱莉ちゃんに招待されて、お盆の間は東京で過ごすって話よ」
「え、そうなんですか?」
「もう楽しそうにしてたのなんのって。
新婚旅行以来、久しぶりの東京だー!!
なんて、ご夫婦で張り切ってたのよ」
「そ、そうなんですね」
(どういう事だ?
俺はそんな話聞いてないぞ)
「本当に朱莉ちゃんって良い子よね。
あんな子、都会の男でも放っておかないんじゃないかしら?
圭太くんもウカウカしてたら横から掠め取られちゃうわよ」
「し、失礼します!」
おばちゃんの話が下世話になったところで慌てて退散する圭太。
(全く……あの芋くさい朱莉に都会の男が声をかけたりする訳ないだろ。
……こういう連絡を忘れたりするから朱莉は俺がいなきゃダメなんだよな。
……うん、今度年末に帰ってきた時にはちゃんと告白してやろう。
そうして来年は二人で東京生活を満喫するんだ!)
ひょんな事から再び学習意欲を取り戻した圭太。
だが、そんな日は二度と来ないという事をもう少し先の未来で思い知ることになるのであった。
 




