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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編まとめ

中庭に始まり、中庭に終わる

作者: よもぎ

一組の男女と相対する女。

今この場で婚約破棄を叫ばれた女の表情は何が正しいか?

悲しみか、困惑か、怒りか――女の表情はそのいずれでもない。


瞳には軽蔑を。

口元には気分の悪さを。

全体として、目の前の一組を道端で見つけた吐瀉物を見るかのような感じ。


一応貴族令嬢で、表情は常に緩く微笑むのが常識であるし、感情は隠すものなのだが、彼女はその仮面を投げ捨てて、ありありと嫌悪感を剥き出しにしている。




「アスラン様のおつむが弱いことは存じ上げておりましたけれど、ここまで来ると脳に疾患を抱えておられるとしか思えませんわ。

 そちら側の不貞による有責を自白しての婚約破棄、お受けしますわ。慰謝料請求いたしますので必ずお支払いくださいまし。

 ああそれとそちらのご令嬢。

 熨斗つけてくれてやりますから今後も好きなようにケダモノのように校内でまぐわっていただいて結構。

 ただしわたくしの視界に入らぬようお願いします。

 発情期で盛り狂ったケモノのように絡み合う姿は大変不愉快でしたから、今後はもう見たくありませんの」



ではごきげんよう。

口を挟む余裕も与えずその場――中庭からすたすたと去っていった女の名はアンジェリカ。

近くで待機していた学友と共に教室に引っ込む様子で、その表情は先ほどまでと違って清々したとハッキリわかるもの。


逆に残された男女はといえば、アンジェリカが校舎内に入るまではきょとんとしていたが、じわじわ怒りと羞恥で顔を真っ赤にし、完全に姿も見えなければ声も届かなくなった頃になってようやっと文句を叫び始めた。

無論アンジェリカに届くわけもなく、ただ周囲の冷たい視線を買うだけなのだった。




アスランは辺境伯家の次男である。

分家を新しく立てて、長男に仕えるべく婚約者を持った。

それがアンジェリカである。

武勲を誉とするが故に妻には算術や社交の補佐を頼む婚姻を結んできた結果か、アスランは見た目こそ美男子なれど頭が悪かった。

それがコンプレックスで、本家を継ぐ長男の妻になっても問題ないくらい優秀なアンジェリカを忌み嫌っていた。

無論そんな扱いを受けるアンジェリカもアスランを嫌っており、最初こそ歩み寄ろうとしていたが一年もせずにやめた。


非効率的な行いが嫌いな女なのだ。



さて、十四歳から十八歳までの間、貴族の子女は幅広い学術や剣術、社交の術を学ぶ学園に入学することを義務付けられている。

二人も例外となることなく入学したのだが、入学早々にアスランは女遊びの味を覚えてしまった。


繰り返すが、アスランは見た目だけは美男子なのだ。


なので、学生時代の刹那の恋を望む令嬢が手軽なボーイ・フレンドとしてアスランをちやほやしまくった。

ごっこ遊びには頭の良さはいらない。

甘い言葉だってテンプレートで構わない。

ただその美貌でときめかせてほしい。

よりどりみどりの可愛い系から美人系までに恋を望まれたアスランは調子に乗りに乗りまくった。


アンジェリカという内実共に優れた婚約者がいても、そもそも気に入らない女なのだ。

そんな女よりも、日替わりを許してくれるガール・フレンドたちに溺れていたほうがよほど楽しい。

そんなアスランはある令嬢をひどく気に入った。

ドロシーという男爵家の娘である。

甘い声に可愛い顔立ち、それでいて体付きはとんでもなくメリハリがある。

低音系の声に凛々しい美人で、スレンダー寄りのアンジェリカとは対を為すような存在である。

しかもドロシーはアスランの悩みを察し、ありのままを受け入れてくれたのだ。


その優しさに溺れ、つい一線を越えてしまい――しまいには学園内のあらゆる場所で人目を忍んで励んでしまった。


ガール・フレンドたちは、一線を越えるつもりなどなかったので、ドロシーとアスランが結ばれたのを知ると波が引くように去っていった。

お前も股を開くんだよと、腕力にものを言わせて純潔を散らされてはたまらない。

ひと時の恋は楽しみたいが、彼女たちだって婚約者がいたりしたのだ。

ただし相手も火遊び――精々手を繋ぐ程度の、そういう女遊びをしていたのでお互い様だった。


だったのだが、アスランたちの行いを見てハッと正気に戻った。

お互いに謝罪しあい、今後を見据えた交際をするようになったカップルが何組も発生した。

局所的に風紀は乱れまくっているが、全体としてはアバンチュールの発生していない清らかな世代となってしまった。




アンジェリカは黙っていた。

アスランが何をどうしようとどうでもよさそうな顔で己のペースで学生生活を送っていた。

ただ、本当に何もしなかったか?というと違う。


常に一緒にいる学友の一人は辺境伯の妻の親戚の娘である。

彼女は、学園に通う間、アンジェリカを見張るお役目も持っている。


その彼女が辺境伯と実家に毎週報告を送っているのを知った上で、アンジェリカも同じように手紙を書いた。

要するに、実家にも辺境伯家にも、アスランが不貞をわんこそばする様子を報告していたのだ。

トドメとばかりに肉体関係を持ち、その後も学生業をほったらかして盛ったウサギもドン引きの爛れた生活を送っていることさえ報告していた。


睦言も聞き取れたものは全て書き出してある。

その中には兄への下剋上宣言も混ざっていたし、兄嫁となる、つまり当主の夫人となる存在への誹謗中傷も混じっていた。

家を離れられない二人だが、代わりに絶縁状と婚約白紙撤回の書類を持った叔父を早馬で向かわせている旅の途中で、今回の婚約破棄である。



要するに、まあ。

アスランは本当に頭が悪すぎた。





婚約破棄宣言の翌日、学園のある王都に到着した叔父は、怒りで無表情になりながらアスランの退学手続きを取った。

授業中だったが構わず教室に入り、断りを入れた上でアスランを麻縄でふん縛り、連行。

どよめく生徒を気にせず引きずって帰る姿は衝撃的過ぎて一瞬で学園内に「アスラン、退学!!」と知れ渡ったくらいだ。


連れてきていた荷馬車に寮の荷物とアスランを乗せ、自身は御者をして叔父はまず貴族院に行って婚約の白紙撤回手続きをした。

アンジェリカの実家には既に慰謝料を支払い済みで、こちらも同意の書類があるので速やかに受理された。

婚約が白紙になったら次はアスランの戸籍を辺境伯家より抹消の手続き。


この間、アスランは真夏の日差しの下に荷物と一緒に天日干しの真っ最中である。

さすがに確認事項が多いので二時間ほどかかったが、叔父は一切気にしない。

係員もまさか人間の天日干しが行われているとは思わないので慎重に慎重だった。

天日干しを知っていたら彼も大急ぎで仕事をしたろうが。




そうして脱水やら何やらで虫の息の甥を連れて、叔父は備え付けの病院に入る。

意識がちょっと朦朧としているアスランは、水を差し出されたので飲んだ。飲んでしまった。

断種のための薬剤が入っているとも知らずに。




三度目になるが、アスランは顔はいい。

辺境伯家独特の色合いも受け継いでいる。

そんな息子が市井に解き放たれて子を作ったら大変困る。絶対に火種になる。

そう考えた現当主は断種を速やかにせよと弟である叔父に命じ、念のために二倍濃度で飲ませろとも命じた。絶対子種を殺してこいという命令である。


そんなわけで、アスランの子種は無事全滅した。


副作用で三日三晩苦しんだアスランは、気が付けば少し埃っぽい一室にいた。

古びたベッドや水差しから、タウンハウスではないらしいと分かる。そもそもタウンハウスは見慣れているので、そこならすぐ分かる。

ならばここは?と疑問に思ってベッドから降りようとしたところで、己の足首に感じる重たさに気付いた。

シーツをめくると、足首には鉄の枷が嵌められていた。

枷は太い柱に繋がっており、感じる疲労がなくても外せそうにない。


どういうことだと考えていると、部屋に入ってくるものがいた。

叔父ではない。

知った顔ではない。



「おい、ここはどこだ。お前は誰だ。辺境伯家の次男たる俺に枷などつけてどうするつもりだ」



入ってきた男は無言である。水差しを手持ちのものと交換し、アスランが元気に喚いているのを無感情に五秒ほど観察して出ていった。

その後、そこが男色家専用の娼館だと知ったのは、初めての客を取らされてからのことだった。





さて、アスランを失ったドロシーはと言えば、折角落とした、愛人として召してくれそうな男がいなくなった事で将来に不安を感じていた。

しかも今月は月のものがなかった。

不調なだけならいいが妊娠したかもしれないと思うと余計不安が募る。

その上体調も悪くなってしまい、学園付きの医者に診てもらったのだが、心因的な不調だろう、気になるなら薬を処方するので数日休めと言われてしまった。

なので薬をもらって寮で寝て過ごした。


その薬が堕胎薬とも知らずに。


妊娠していようといまいと、辺境伯家が認知するつもりのない子供が出来ていては困るから、学園側が配慮したのだ。

気付いた時にはサカっていたので対応が後手になったことは学園側も反省している。

さすがにこれ以上の醜態を晒されるのは困る。

そう思っていたところ、担任の女教師はドロシーの状態から妊娠初期の兆候を感じ取った。


結果、医者に通達があったのだ。

ドロシーが頼ってくることがあればその処方する薬に堕胎薬を混ぜろと。

医者側も事情は知っているので、将来的なトラブルの芽は産まれぬほうが幸せである、と、従った。

学生時代にこさえてしまった不貞の証である子が継承問題に関わってきて血みどろの家庭内戦争に突入するのは少ないが、無い事例ではない。

そもそもドロシーがこのまま産めば待っているのは破滅である。

命の等価交換が行われただけであった。





アンジェリカは、嫁ぎ先こそ一時的に失ったが、幼馴染の伯爵家に嫁ぐことが決まった。

そもそも本来はこちらを予定していたのだが、王家も介入していた辺境伯の分家筋を立てる婚約に割り込まれてしまったのだ。

故に、幼馴染は傷心を抱えて婚約者を未だ定めていなかった。

それが突如アンジェリカが自由になって、しかも辺境伯家も彼女に傷のつく破棄や解消でなく白紙撤回で対応してくれたとあれば。


アンジェリカへの、幼馴染からのプロポーズは、例の中庭で行われた。


学友と中庭にいたところ、当主同士で話し合っている段階だが我慢できなくなり、アンジェリカの前に跪いて求愛してしまったのだ。

頬を赤く染めながら求愛を受けたアンジェリカは、普段の凛々しさもなく、乙女らしい乙女として戸惑い。

しかし、まだ彼への恋心を捨てていなかったこともあり、その手を取ったのだ。



二人の結婚は決して派手なものではなかった。

穏やかにお互いを愛し合い、慈しみあい、大事にするもので。

周囲から見ても理想的な夫婦と映るような素敵な関係であり続けたという。

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