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公爵令嬢はミステリーがお好き

五色祭り

作者: 古城家康

「五色祭り、ですか?」

「えぇ」


 小首を傾げて金色の髪を揺らし、不思議そうに綺麗な緋色の瞳を隠すように瞼をパチリパチリと閉じたクリスティア・ランポール。

 その日、とある事情で訪れていた黄龍国の都である応国の後宮は俄に活気づいていた。

 閉鎖的な後宮の近くから響く賑やかしい声。

 その理由をこの国の次帝であり、現皇帝の弟である雨竜帝へと問えば先の答えが返ってきたのである。


 長雨が終わるこの季節。

 市井や後宮では雨の終わりを祝う祭りが催されるのだそうだ。


「この日ばかりは後宮近くに店も出され、ここで働く侍女達がこぞって買い物をするんです。少し早い時間ですが……良ければご案内いたしましょうか?」

「是非」


 嬉しい誘いに頷いてクリスティアは滞在する後宮から外宮へと出る。

 そこには赤、黄、緑、青、紫と五色のカラフルな屋根の露店が並び、店主が簪や衣装を露台へと忙しなく並べていた。

 まだ少し早い時間とあって見ている者は少ない。


「この時間はまだ準備する者の方が多いので人もそう多くありませんが、お昼頃にはもっと賑わいますよ」


 どうやら屋根の色で売っている品物を分けているようで、赤色ならば漢方や薬の類、黄色ならば装飾品といった風に分かりやすく見分けることが出来るようだ。


 後宮から出ることのない侍女達は給金を基本、国への仕送り充てることが多い。

 その中で僅かに残した給金をこういったときに使うのだそうだ。


 いつもは静かな後宮がざわざわと騒がしい様はクリスティアの気分を高揚させる。


「男性の出入りがおありなのですね」


 そんなクリスティアを見つめる多くの惚けた眼差し。

 後宮という場に近いこの場所ならば女性が露店主を務めるのかと思っていたのだが……意外と男性ばかりだ。

 しかも買い物をする気があるのかないのか品物を見ているようで見ていない気もそぞろな男性客や、露店の先には仕事を手伝わずに五色の花束を持ち立ち尽くしている男性の姿すらある。


「あぁ、こういった場は非番の兵士の出会いの場でもありますし。露店の手伝いに紛れてこちらに出仕している恋人に会いに来る者も多いのです。田舎ですと働く場所がなく、勤め先として後宮を選ぶ女性も多いですから」


 まだまだ経済的な豊かさは黄龍国全土に行き渡っているわけではない。

 都から離れれば離れるほど、やはり取り残されている場所はある。


「そうなのですね。では侍女達も心待ちにしていたことでしょう」


 後宮であっても今の皇帝に侍女が手を付けられる心配はない。

 自由が制限されるものの市井で働くよりかは良い給金も貰えるし、出会いの場もあるのならば女性にとっては良い職場であろう。


 一通り祭りを巡ったがまだ準備をしている店も多くあるということで昼頃にまた訪れようということとなり、クリスティア達は滞在する後宮の宮へと戻る。

 その道すがら一人の侍女が難しげな顔で手に持った紙と睨めっこをしながら廊下の欄干に身を預けていた。


「どうかなさって?」

「あっ!申し訳ございません!あの今日、私は非番でして!」


 突然かけられた声にビクリと肩を跳ねさせて慌てふためいた女性は雨竜帝とクリスティアの姿に更に驚き、あわあわと言い訳を連ねて二つ結びのお団子頭を深く、ふかーーく垂れる。


「ふふっ、ごめんなさい驚かせてしまったわね。怒っているわけではないの。難しい顔をしていたものだからなにか悩み事でもあるのかと声を掛けただけよ」

「いえ、その……」

「あなたのお名前は?」

「あっ、紅林こうりんと申します」


 紙を持ち悩むような姿に探偵心を擽られ声を掛けたのだが、クリスティアが驚かせたことを詫びれば侍女である紅林はおずおずと頭を上げ、もじもじと手に持つ紙を弄ぶ。


「では、なにかあったのかしら紅林?」

「あの実は、国の幼なじみから電報を受け取ったのですが……訳が分からなくて困ってて」

「電報を?拝見しても?」

「はい」


 紅林が手に持っていた紙を差し出して見せる。

 そこには『二ジ フモト マツ』という簡単な文字が並んでいた。

 こういった電報は文字数が増えれば増えるほど費用が発生する。

 短く伝えたいことを簡潔に書いているこの電報は、なるべく費用を抑えようとした痕跡だろう。


「二時に麓で待つって書かれているんですけど何処の麓か分からなくて……ていうか麓が何処であっても外に出られるわけじゃないし。今日はお祭りだから私が後宮の外に出られると勘違いしているんだと思います。昔っからそそっかしいところがあって……はぁ、誰かに行けないと伝言を頼みたいんですけど何処か分からなければ頼むことも出来ないし困っているんです」


 心底困ったように眉尻を下げた紅林は同時に唇を尖らせる。

 手紙の相手への気安い態度に、クリスティアはニッコリと微笑む。


「恋人なの?」

「ち、違います!幼なじみです!ただの!」


 紅林の頬が真っ赤に染まる。

 その様を見ればどうやら()()、恋人ではないようだ。


「非番であるならば外出の許可を取って構わない、私から上手く伝えよう」

「まぁ、ですが雨竜帝。無闇矢鱈と探し回って時間が過ぎてしまえば二人ともがすれ違ってしまうわ。二時までまだ時間はありますし、少し考えてみましょう。何処か麓に心当たりはあって?」


 紅林は頭を左右に振る。


「全く。私は赤国の田舎の出身なので麓といえば赤国の霊山ですが、こちらで麓といわれても……それに彼も都のことはあまり知らないと思います」

「都での麓といっても多くありますし……」


 むむむっと悩む二人。

 他国の出身であるクリスティアにとっては更に難解な問題である。

 まず麓を知らなければ答えはでないのだから。


「こんな所でなにをしているのよ?」

「夕顔」


 候補はあれど答えがでないことに三人が難しい顔をしていれば、後宮の主の一人でありクリスティアの友人である夕顔が通路を塞ぐ者達に訝しんだ眼差しを向けている。

 何処かへ出掛ける途中のようだ。


「今、少し難解な謎を解き明かそうとしているのです。夕顔はどうしてこちらに?」

「あぁ、人が多くなる前に祭りの様子でも見に行こうと思ってね。私も店を出してるのよ」


 薬屋を生業にしていた夕顔はとある理由で後宮の主になったのだが、生業は生業として他の者達に指示する形ではあるもののそのまま続けている。

 祭りという場は良い稼ぎ時だと言わんばかりに嬉しげにニヤリと笑む。


「お前も祭りに行くのよね?贔屓によろしくよクリスティー。赤色の露店はほぼ私の店だからね!今年の虹祭りは大盛況間違いなしね!宝がざっくざくよ!」


 あっはっはっ!と高笑いを上げて豪商のように肩で風を切り去って行く夕顔。

 その様を雨竜帝が困ったように見送るなかで、クリスティアの瞼がパチリパチリと瞬く。


「五色祭りの五色とはなにが題材なのですか?」

「虹です。我が国の虹は五色ですから」

「あははっ!」


 雨竜帝の言葉を聞いたその瞬間、クリスティアは声を上げて笑う。


「わたくしの国では虹は七色ですから、盲点でしたわ。紅林、あなたを待つ人は麓でなく祭りにいらっしゃっていますよ。二時は時間ではなく祭りの色、五色の虹のことを指しているのですわ。麓とは露店のことで、おそらく五色の色が並んだ露店の先であなたを待っていると伝えているのです」


 ニジフモトマツは、二時に麓で待つではなく、虹のふもとで待つ。

 幼なじみの彼はこう伝えたかったのだ。


「なんて!なんて分かりにくいの!」


 それならばそうと書けばいいのに無駄に頭を悩ませたじゃない!っと紅林が怒ったように叫ぶ。

 どうにかしてお金を節約しようと思ったのかもしれないが紅林にとってはいい迷惑である。


「あの、ありがとうございます。お陰で都中を走り回らなくて済みました」

「いいえ、いいのよ。ああそれとね、これはわたくしの推測ですけれど……」


 クリスティアは紅林に近寄るとその耳にこそこそと内緒話をする。

 それを聞き、顔を真っ赤に染めた紅林は電報を抱き締める。


「だからあまり怒らないであげてね?全てはきっとあなたのためなのだから」

「はい、失礼します!」


 ペコリと頭を下げて紅林は駆けていく。

 それを見送り、雨竜帝はクリスティアへと問う。


「なんて言ったのですか?」

「ふふっ、王国では虹のふもとには宝石が眠っているとの言い伝えがあるのです。先程、夕顔が宝のことをおっしゃっていたのでこの国でも似たような言い伝えがあるのでしょう?ですからね、彼はあなたの宝になりたいのだと伝えたのです」


 それは唯一無二のあなただけの宝。

 誰にとって価値はなくともあなたにだけは価値のある、そんな存在()になりたいのだと彼は電報に想いを込めたのだ。


「電報の費用を押さえたいほどに、彼には紅林に贈りたい素敵な贈り物があったのね」


 クリスティアは虹のふもとで待っていたあの綺麗な五色の花束を思い出す。

 長雨が続いた後で手に入れるのは大変であったであろう。


 その想いがどうぞ伝わりますようにと虹のふもとで出会う二人を想像し、優しく細められたクリスティアの眼差し。

 その眼差しを見つめ、私という存在もあなたにとって価値のある宝になりたいとのだと心でそう願い、唇を開きかけた雨竜帝だったが……その想いを言葉にすることはなく。


 ただ唇を結ぶように強く、閉じたのだった。

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