第12話
「瑞希さーん!」
舞は瑞希を見つけると、ハイテンションで駆け寄った。
「あぁ、舞ちゃん。」
「ごめんごめん…、いやー聖地巡礼はたまらんですな…、もう小樽でやり残したことはありますまい…」
「何その話し方…」
ふざけた話し方をする舞を見て瑞希はくすくすと笑う。
舞は根っからのアニメ・漫画好きだ。
漫画やグッズを購入することはもちろんだが、それと同じくらい聖地巡礼(アニメなどの舞台や縁のある場所、思い入れのある場所を巡る文化)は大切にしている。
しかし、これまでの舞は浪人生だったため、勉強に打ち込んで北海道内の聖地巡礼に行くことすらできなかった。
ただ、合格が決まったとなればもう我慢する必要はない。今日この日、やっとの思いで漫画の聖地である小樽に来ることができ、たった今、聖地巡礼を終えたところだ。
「ねぇ、舞ちゃん。これからしばらく北海道にいるんだし、小樽でやることが終わったなら一度旅館に戻っちゃダメかな?」
「え?私は良いけど、どうしたの?何か忘れ物した?」
「ううん、違うの。ちょっと悠雅に会いたくなっちゃったの。」
「うわー、何それ〜、でもいいよ、私はもうやりたいこと終わっちゃったから。」
舞は瑞希の提案を素直に受け入れる。
明るく話しているが、涙で化粧が少し崩れているし、表情も少しだけ無理しているように感じる。
やべっ、1人にするとまた自分を追い詰めるかもしれないから気をつけるように悠雅さんに言われているんだった。
やっぱり泣いていたのかな?
ガタンガタン…
………
「じゃあ私部屋に戻るから…、ごめんね、急に予定を変更しちゃって…」
「いいですよ、でも私こそごめんなさい、瑞希さんを1人にしないように言われていたのに。」
「いいのいいの!私も大事なものが見えたような気がするから!じゃあまたね!」
パタパタと瑞希は部屋に戻っていく。
舞はそんな瑞希を見送ると、旅館の入り口付近にあるソファに腰を下ろした。
ふぅー、やりたいことは終わったし、今日は何をしようかな…
「やっと着いた…、なんとか間に合った…」
「よかったよかった、優希が迷子になったせいで遅れるところだったぜ…」
「宏樹、半分はお前らが聖地巡礼とか言ってほっつき歩いていたせいだ。」
「まぁ和樹もいい加減機嫌治せって、明日の昼飯は奢るからさ、優希が…」
「そうか、じゃあ考えてやらんこともない。」
「え?俺?」
後ろを見ると、疲れた様子の4人組が入ってきた。
体つきの良い強そうな男性、少し長い髪に細めのメガネをかけた男性、面長な顔でくるくるのパーマがかかっている男性、そして軽くパーマをかけた細身ので綺麗な女人、なんとも不思議な組み合わせだ。
うわぁ、変な組み合わせだけどあの女の人可愛い…、女性が男性3人と止まりの旅行なんて大丈夫なのかな?
興味深い4人組を舞が見ていると、可愛らしいと思っていた人が口を開いた…
「まぁ、とりあえず間に合ったからよかったじゃん。奢るどうこうの話は後にして今日はゆっくり休もう。ご飯も部屋に届くみたいだし、露天風呂もあるんだからゆっくりできるでしょ…」
え!?あの人男!?
うそ…、あの見た目で?でも声はどう考えても男だし…
「ん?」
「!?」
舞がじっと可愛らしい男性を見ていると、ばっちり目があってしまった。
やべっ、見すぎた…
舞は急いで目を逸らすと、そそくさとその場を後にした。
「あっ、お母さん。」
「舞?もう帰ってきたの?」
「うん、瑞希さんが戻りたいんだって。だいぶ早く帰ってきたから今日の食事会の準備手伝うね。」
「そう、助かる。じゃあ準備ができたら瑞希さんを呼びにいってね。」
「うん。」
今日は小さいながらも舞の大学合格祝いをすることになっている。
父親は旅館の仕事で参加できないが、悠雅に瑞希、舞、蓮美(舞の母親)で集まるのだ。
………
「ふぅ、まぁこんなもんかな?自分のお祝いなのにほとんど私が1人で準備をするっていうね…、でも思いの外時間がかかったな〜、もう瑞希さん呼びにいっちゃおう。」
コンコンコン…
ドタドタ…、ゴン…
ん?何かあったのか?
「大丈夫!?瑞希さん!?」
ガチャ…
「大丈夫!大丈夫だから…、もう食事会かな?すぐに行くから…」
「あぁ、うん。」
パタン…
うひゃ〜、ラブラブなことで…
………
「それじゃ!舞!北海道大学合格おめでとう!!」
『かんぱ〜い!!』
「おめでとう舞ちゃん!」
「おめでとう!」
「いや〜、ありがとうございます!実のところ不安だったんですけど、合格できてよかったです。」
「すごいな…、俺は国立には遠く及ばなかったからな…」
「でも、あの時は俺は行けるはずなんだ!って思っていたのよね?」
「言うなよぉ…」
「あははは…」
お祝いの時間は楽しく進んでいった。
本当はいけないが、舞もお酒を飲んで気持ちよくなっていた。(未成年がお酒を飲むことを勧めているわけじゃないよ!)
「ぐぉーー…ぐーー…」
「よいしょっと…、じゃあ悠雅さん運んでくるわ。そのまま旅館回ってくるからしばらくゆっくりしててね。舞!飲み過ぎはダメ、わかった?」
「はい、もう飲みません…」
ガララ…
「蓮美さん悠雅さん抱えて行ったわよ?すごいわね…」
「あぁ、確かにそうですね。もう見慣れちゃいましたけど…」
確かに、よく考えれば女性のお母さんが成人男性を抱えて歩いているのは珍しい光景かも…
ガララ!
「宏樹〜、正志〜、仲良しになった?」
「ん?」
蓮美が出て行ってすぐに襖が開いたかと思うと、今日入り口で目が合った可愛らしい男性と一緒にいた体つきの良い男性が立っていた。
「え!?」
「あっ!あの時の!」
「誰?」
「なんで優希が忘れるんだよ!お前がナンパしていた女性だろうが!」
「ナンパ?」
可愛らしい男の子、優希は顔をほんのり赤くして首を傾げている。
可愛い…
「あぁ、もういいわ…、やっぱり酔っ払っているとめんどくさいな…。優希が間違えちゃったみたいで…、急に開けちゃってすみません、こちらの旅館に泊まっていたんですね。えぇっと、お名前は?」
「瑞希です。こちらは私の親戚の舞ちゃんです。確か、和樹さん、でしたよね?」
「はい、和樹と申します。こんばんは、舞さん。本当にすみませんでした。それじゃあ、失礼しますね…」
和樹が優希の首根っこを掴んで連れて行こうとすると、瑞希がカズキを引き止める。
「すみません!少しお話ししませんか?実は今日のお礼も言いたかったんです…」
「お礼?あの、優希とどんな話をしたかはわかりませんが、お礼言われるようなことをしたんですか?」
「あ、いえ、話を聞いてくれるだけで嬉しかったので…」
瑞希と和樹はそんな会話をしながら立ったまま話し始めた。
優希は相変わらずぼーっとしながら宙を見つめている。
舞はそんな優希をしばらく眺めていたが、はっと我に帰ると和樹と瑞希に声をかけた。
「あの、別に今日は堅苦しいお祝いをしていたわけじゃないんです。もしお時間があればですけど、少し中に入ってお話ししてはどうですか?お酒も少しありますし…」
「あぁ、そうですか。あの、図々しいかもしれませんが、少しだけお邪魔しても良いですか?実はもう2人友達がいたんですが、喧嘩を始めちゃって…2人で時間を潰していたところだったんです。」
「大変ですね、もちろんですよ。さぁ、入ってください。」
和樹は瑞希の言葉に申し訳なさそうに入ってくる。
優希もふわふわと後ろをついて来て和樹の隣に座ったが、眠そうに頭がカクカクと落ちているため、横になってもらった。
少しすると、和樹は瑞希と話が弾んでいるようで笑い合いながら楽しそうに話している。
この和樹って人、見た目は怖いし優希って人には言葉遣いが乱暴だけど、人を元気付けるのがすごく上手。
言葉の1つ1つが刺さるし、聞いている私も元気が出て来そう。
それに比べてこの優希という人はなんか…犬みたい…
そんなことを考えながら、舞は優希に見惚れていた。
実をいうと舞はこれまでの人生で友達感覚で異性と付き合ってみたことはあるものの、恋愛感情を抱くことはできなかった。
むしろ『これは恋なのでは?』と感じる相手は全て女性であり、自分が同性愛者なのではないかと悩んでいる真っ最中だったのだ。
そんな中で舞の目の前に現れた優希という男はあまりにも特殊で、不思議な存在。舞はまともに話したこともない優希のことが気になってしょうがなくなり、ただ寝ているだけの優希からどんどん目が離せなくなっていた。
「本当に女の子みたいでしょ?」
「え?あ、いや、確かに綺麗な人だとは思いましたけど…」
「優希はよく女の子に間違われるんですよ。特に今は髪も長いですからね。間違われたくなかったら筋トレしろって言っているんですけど、きついからやだって頑なにやらないんですよ。あ、そうだ瑞希さん、僕の両親が言っていた夫婦円満になるコツはですね…」
「ふむふむ…」
この綺麗さで本当に男性なんだ。
でも、一目見ただけでドキッとしたな…。
女性だと思ったから?いやいや、私が同性愛者って決まったわけじゃないし、それに、私がもしこの人を好きになったら別に同性愛者ってわけじゃ…
あぁ、もう、何を変なこと考えているんだ。これがお酒の力か…
「好きになるのにルールなんかないんだぞ…、人と違っていても良いんだ…」
「え?」
むにゃむにゃとしながら優希が話す。
え?なんで?もしかして声に…
「さぁ、もう行きます。あまり長居するのは悪いですから、それに優希を放置していたらこのままここで完全に寝ちゃいますからね。おい、優希行くぞ!」
「うぁい…」
「空きっ腹に酒を入れるからこんなことになるんだ…。じゃあ、失礼します。今日はありがとうございました。」
「いえいえ、まさか偶然ここで会えると思っていなかったので驚きましたけど、すごく楽しかったです。今日教えてもらったこと、夫に試してみますね。」
「えぇ、ぜひ。それでは…」
瑞希は満面の笑みで、舞はぽっと顔を赤らめながら和樹と優希を見届けた。
「まさかここで偶然会うなんて驚きね!それに夫婦円満になるコツまで聞いちゃって、本当に得した気分!」
「瑞希さん本当に楽しそうでしたね。」
あの人なら、私のことを話しても偏見を持たずに聞いてくれるのかな?
………
………
「大丈夫か?優希?」
「好きになるのにルールなんかないんだぞ…、人と違っても良いんだ…」
「あ?まだそのこと気にしているのか?俺はただ魚は見るのもダメで食べるなんてありえないって言っている奴が刺身と寿司だけ食べれるって言うのが変だし、そんな奴なかなかいないぞって言っただけだ。」
「でも、うまいもんはうまい…」
「わかったわかった…」




