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第10話

※第10話は大きな内容の変更はありませんが細かい修正が入る可能性がありますのでご了承ください。また、誤字脱字・矛盾などがあればコメントで教えていただけると幸いです。


「急にすみません…、でも、やっぱり話しておかなきゃと思って…」

「私も話がしたかったの、いいよ、座って…」


優希は杏奈の目の前に正座して座る。


「杏奈さん、その、すみませんでした…。僕たちは結婚はしているのに、その…」

「会話がなかったわね。」

「はい…、だから…」

「私もよ…」


杏奈も気まずそうに優希を見ている。

いつも強気の顔をしている杏奈が気まずそうに下を向く


「私、優希のこと何も知らなかったの、明代さんから聞いた。子どもが欲しかったってことも資格を取ろうとしているって話も…」

「あぁ、明代さんからですか、実は僕も明代さんから聞きました。杏奈さんの結婚生活の想いというか…」

「うん、まぁその幸せもよくわかっていなかったんだけどね…。」


2人の間に沈黙が広がる。

優希は明代さんから聞いた話をきっかけに話していこうと思っていたが、話の内容が内容なだけにどう話せば良いかもわからない。

しかも、改めて杏奈を目の前にして優希は緊張してしまっている。


「ちょっと私飲み物を取ってくるわね…」


杏奈が腰を上げる。


あっ、これはまずい、また話す機会を失ってしまう…


「きゃっ!!」

「ごめん、本当にごめんなさい…、いや違うのよ、飲み物でもどうかなと思って部屋に来たら入りずらい雰囲気で、あの、盗み聞きをするつもりはなかったというか、その、ごめん、本当にごめん。」


杏奈がドアを開けると目の前に明代さんが飲み物を持って立っており、杏奈がドアを開けるなり必死に謝り出した。


「あぁ、ありがとうございます。ちょうど飲み物が欲しかったところで…」

「明代…また2人にちょっかいを出しているのね。本当に懲りないわね、あなたも…」

「恵美さん!別にちょっかいは出していないですよ、まだ結婚式も新婚旅行の話もしていないですし…」


通りかかった恵美と明代が話し始める。

ただ、優希は明代の言葉でビリビリと衝撃が走り、気まずい空気も忘れて大きな声で行った。


「そうだ!新婚旅行だ!」

「ん?新婚旅行がどうしたの?」

「新婚旅行に行きましょう!杏奈さん!」

「えらい!よく言った優希くん!」


優希の言葉に明代がすかさず賛同するが、義母(恵美)と杏奈が間に入る。


「え?本当に行くの?ちょっと優希さん、いくらなんでも」

「そうよ、それに新婚旅行なんて、」

「適当にパッと行って遊べば良いのよ。じゃあ優希くん、どこに行こうか…」

「そうですねぇ…」


優希はいきなりすぎるのは重々承知していたが、どうにか新婚旅行にいこうと考えていた。


別に1週間旅行に行きたいわけじゃない。

例え県内で1泊の旅行だったとしても会話のきっかけにくらいは作れるはずだ。

こういう強引なのは好きじゃないけど、杏奈さんも僕のことは嫌いじゃ無いみたいだし、小旅行くらいなら許してくれるだろう。


何か2人で遊んだり、食事をしたりして少しでも仲良くなってやるぞ!


……………


ゴーーーーー…!


なんでこうなったんだ?


優希は今北海道行きの飛行機に乗っている。

元々は近くの福岡に行って美味しいものを食べたり、大分でゆっくり温泉に浸かったりして、なんて考えていたのだが、明代さんの「杏奈ちゃんは行ってみたい場所とかある?」という質問にじっくり考えた上で北海道と答えたのだ。


そこからの流れは早かった。明代さんが半ば無理やり恵美さんを説得し、決定してから3週間後に1週間の北海道旅行に行くことになったのだ。


「2人ともどう?これから北海道よ!杏奈ちゃんは初めてよね?飛行機!」

「あぁ、はい、あの落ちませんよね?大丈夫ですよね?」

「大丈夫ですよ、杏奈さん。あっ、明代さん、まだシートベルトは外しちゃダメですよ。」

「おっ、いけね…」


ここで新婚旅行になぜ明代がいるのか気になる方も多いかと思いますので説明させていただきます。

まず、皆さんは『蓮美はすみ』という人物を覚えているでしょうか?

蓮美とは恵美の妹、つまり杏奈の叔母にあたる人物で、親戚が集まった食事会で唯一参加をしていなかった人物になります。

蓮美は鈴野家の中で唯一他の家に嫁いでいる人であり、今の旦那さんから「君のことは好きだけど旅館を継ぐから君とは付き合えない」と断られた際に、「じゃあ私がついていけば結婚してくれるのね」と交際もしていない段階で北海道についていくことと結婚することを決めていた人です。

旦那さんについて行ったあとはわずか半年の交際期間で結婚をしており、今も北海道で旅館を経営しながら幸せに暮らしています。

ただ、鈴野家との縁が切れているわけではなく、何かの機会に結婚の報告や次の当主が誰になるのかという報告は必要だったので、旅行ついでに明代を蓮美の元に向かわせて挨拶をしようとしたのです。

いやいや、でも新婚旅行にはついていくなよ…と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、杏奈自身が人生初めての旅行で不安だったこと、恵美(義母)に旅行を承諾してもらうために「蓮美への挨拶も兼ねてですよ」と説得したことなどが背景にあります。


優希が旅行に緊張していると、隣に座っている明代が小さな声で話しかけてきた。


「優希くん、わかっているわよね?電話で蓮美さんへは事情を話してあるから、旅館に着いたら私とは完全に別行動よ。しっかり2人の時間を充実させてね。」

「はい、頑張ります。ありがとうございます。」

「大丈夫よー大丈夫、飛行機は落ちたりしないから、楽しい、ほら楽しく思えてきたじゃない。うぅ…」

「杏奈さんめちゃくちゃ怖がっていますね、僕たちの声なんて全く耳に入っていない様子ですよ。」

「本当ね、一応北海道旅行も窓側に座りたいって言ったのも杏奈ちゃんなんだけどね…」


数時間後…


「はぁー、やっと着いた…」

「杏奈ちゃん大丈夫?このあと車で少しだけ移動だけど…」

「あぁ、車は大丈夫です。ただ気を張っていたので少し疲れただけです。」

「そう、よかった、。もう少しでまいちゃんが迎えに来るはずだから待っていようね。」


※舞ちゃん、とは蓮美さんの娘で、年齢は25歳。身長は148cmと小柄なので学生を間違われることもありますが、元気でお喋りで可愛らしい女性です。


そう言って明代は杏奈の背中をさすりながら一緒に腰掛け、優希に目配せをする。

優希はハッとして杏奈に話しかけた。


「杏奈さん、水です。大丈夫ですか?」

「ありがとう、大丈夫だから…」

「あぁ!明代さーん!杏奈ちゃーん!」


優希が杏奈と会話しようとすると、遠くから可愛らしい女の子の声が聞こえる。

声の方に目をやると、背の小さな女の子が手を振りながら優希たちの元へ走ってきた。


「舞ちゃーん!迎えにきてくれてありがとう!久しぶりねー、随分と大人になったわね…」

「もー、明代さんったら相変わらずうまいわね!杏奈ちゃんは元気にしている?まぁ、新婚なんだから元気に決まっているか!あっ、あなたが杏奈ちゃんの旦那さんですね、こんにちは、私は高橋舞たかはしまいです。よろしく…、えっ…」

「…ん?こんにちは、舞さん、今日はありがとうございます。1週間お世話になります。」

「あぁ、はい…、大丈夫です。あの…、いえ、じゃあ行きましょうか…」


舞は急に落ち着いた様子になって優希から目を逸らす。

明代も杏奈も優希も頭にクエスチョンマークが浮かんでいたが、舞の様子から聞き出すこともできずにそのまま後をついて行った。


空港から出て少し歩くと、ミニバンの窓から女性が顔を出してこちらに手を振っている。


「おぉーい、こっちー、久しぶりー」

「蓮美さん!今日はありがとうございます!」

「明代!久しぶりね!でも、挨拶は後よ、早く乗って!」


ハスキーな声に豪快な仕草。恵美や杏奈とは全く似ていない豪快な女性だが、不思議と好感が持てる人だ。

そんな蓮美さんは優希たちが車乗り込むと、早速車を走らせて話し始めた。


「それにしてもびっくりしたわ、結婚したかと思えば急に北海道に来るってんだから。まぁ、使われてない部屋だけど結構良い部屋用意したからゆっくりしてね。それにしても杏奈ちゃんの夫はいい体つきしているね。鍛えてんの?」

「はい、多少は…蓮美さんも鍛えているんですか?」

「もちろん!元々は男にも舐められないように始めたんだけどすっかりハマっちゃってね。それにしても、どうしたのよ舞、すっかり黙り込んじゃって、具合でも悪いの?」

「大丈夫、大丈夫なの。」


舞はそう言うと車のバックミラー越しに優希を見てきた。

優希も舞の様子が気になっていたのでバックミラーに映る舞を見ると、バックミラー越しにしっかりと目が合う。

しかし、舞は目が合うと急いで目を逸らして俯いてしまった。

優希が首を傾げていると、杏奈が小さな声で優希に話しかけてくる。


「どうしたの?ここら辺来たことあった?」

「あぁ、いえ、この辺は来たことありませんよ。でも、やっぱり北海道はまだ雪が残っているんですね。」

「そうねぇ、今年は結構寒いから。ていうか、優希くんって北海道来たことあるの?」

「あぁ、はい。大学の卒業旅行で、まぁビジネスホテルでお酒を飲んだり小樽で海鮮丼を食べたりしたくらいですが…」

「なるほどね、じゃあ是非ともこの旅行で北海道を楽しんでちょうだい、すぐに着くから、もう少し待っててね。」


数十分後…


「綺麗な旅館…」

「ありがとう優希くん。今日は奥の広い部屋を準備しているからそこでゆっくりしてね。」

「はい、あの、さっき使われていない部屋を用意してくださったと言っていましたが、なんで使われていない部屋があるんですか?」

「うーん、細かいことまで説明するとキリがないけど、単純にお客様のニーズに合わなくなったっていうのが大きな理由ね。」

「はぁ、そんなことがあるんですね。」

「ほら、入った入った!今日は飛行機に車移動で疲れているだろうから、温泉に浸かってゆっくり寝てちょうだい!」


明代さんが会話に入ろうとしたのを蓮美さんが遮り、大きな声で話す。

しかし、蓮美さんが嫌がっているような様子は一切なく、明代さんに何かコソコソを耳打ちをして、2人でニヤニヤ笑っている。


やっぱり明代さんは鈴野家の人全員と仲が良いのかな?


「優希、行きましょう。もう部屋でゆっくりしたいわ。」

「はい、わかりました。」


………


「広い部屋ですね、…うわ、露天風呂まであるじゃないですか!?」

「そうなの、じゃあ今日はゆっくりとお風呂に浸かって寝ましょう。疲れちゃった…。」

「あぁ、はい、そうですね、じゃあ今日はゆっくりとしましょうか…」


今日は杏奈さんと話をしようと思っていたけど、無理そうだな、でもいいか、旅行は1週間もあるんだ。どうにかなるさ…


結局、今日はお風呂に入って夕食を食べたらゆっくり寝ることになった。

杏奈が先に風呂に入り、優希はのんびりと杏奈が上がるのを待っている。


綺麗な景色だな、卒業旅行に来たときは綺麗な雪景色を見ることができなかったけど、今は違う。なんて綺麗な景色だろう。


そんなことを考えながら温かい部屋で景色を眺めていると、優希はうとうとし始め、寝てしまう。


………


「ははは、でも、杏奈さんとこんな風になるなんて想像できませんでした。」

「何よ、今さら…、まだ結婚してすぐのことを気にしているの?」

「それは気にしますよ、話すことさえぎこちなかったのに、今では手を繋いで公園を歩いているんですから…、」

「確かにそうね、でも、幸せよ…」

「僕もです…」


………


バチンッ!!


「ギャッ!!痛っ、え?は?何?」


優希は顔に衝撃が走り、一瞬で眠りから覚めると、あたりをキョロキョロと見回した。


「杏奈さん?と舞さん…、は?え?何が起こったんですか?」

「説明しなさいよ…」

「は?」

「説明しなさいって言っているのよ!!」


杏奈は鬼の形相で優希に詰め寄ったが、優希は状況を飲みこむことができずにただキョロキョロとあたりを見回すことしかできなかった。

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