過去(3)
「ミーシャ。実はお前さんには、死神のカードが出ていた。母親との別れを暗示していたのだね。でも今朝引き直したら、法王のカードが出た。このカードが意味することは学びだ。今は辛いかもしれない。ただ教えを請い、学ぶことで、道は拓かれる。わたしの元で占いを学ぶことは、ミーシャにとって必ずプラスになるだろう」
この街を、この国から出たいと思ったものの、その頃はまだ十三歳になったばかり。まだ半人前で、母親から十年以上ダンスを習っていたものの、興行へ参加したこともない。つまりは自分でお金を稼ぎ、一人で生きて行く自信は、まだそこまでなかった。さらにマーサから習う占いは興味深く、面白いと感じていた。
今は無理して動かず、学んだ方がいい。そこで何かを得たら、自由に動けるようになるかもしれない――そんな風に考え、占い師であるマーサに弟子入りした。
結果としてマーサへの弟子入りは、正解だった。私は占い師が天職だったようだ。マーサから学ぶことが楽しくてならない。何より、母親を失い、ぽっかり空いた心の穴は、マーサが埋めてくれたと思う。もしマーサに弟子入りしなかったら、なんだか今より不幸な人生を送ることになったのではないか。そう感じていた。
こうして母親の死を乗り越え、マーサの指導で占星術とタロットカードもマスターし、さらに……。
「この水晶玉は、私が若い頃、最果てに住む精霊使いのマギアノスから貰ったものだ。マギアノスと契約している精霊が、この水晶玉の中で生きている。精霊に認められれば、水晶玉の持つ不思議な力を使えるようになるのさ。未来を見通し、人間では見えないものが見え、欲しい答えを得ることができる――。さあ、ミーシャ、試してごらん」
そう言われたのは、マーサの占い屋の店の中。
古びたソファの前にはローテーブルがあり、そこには紫色の水晶玉が置かれている。
テーブルを挟んだ対面のソファに座るマーサは、グレーのローブ姿。
一方の私は、くすんだ青のワンピースを着て、マーサの対面のソファに座っている。
「ゆっくり、手を水晶玉にかざすんだよ」
マーサに言われるままに、水晶玉に手をかざすと。
足元には、足首が浸かるぐらいの水が、一面を占めている。頭上にはウィステリアの花が、雲のように広がっていた。太陽はなく、ランタンがあるわけでもないのに、淡い光を周囲に感じる。
いきなり別世界に、自分がいることに気づいた。
音は聞こえない。でも声が聞こえる。
――人の子よ。望むことは何だ?
突然問われ、驚く。
もしやこれが水晶玉に住む精霊なのか。
私は水晶玉の中に、取り込まれてしまったというの?
しかも望むことは何かと、急に言われても……。
十五歳の私はしばし考え込み、そして答える。
「母親に……また会いたいです」
――会えるだろう。いつの日にか。やがてその地に、いやでも至る。
それはつまり……生あるものはいつしか死に至る。そこで母親に……母親の魂に会える……ということ?
きっとそうなのだろう。
そうなると、私が望むことは何なのか?
お金? 豪華な生活? お腹いっぱいに食べること?
それは……満たされたらその一時は、幸せかもしれない。
ただ、儚いものでもある。
お金も、豪華な生活も、沢山の食事も。
尽きたらそこでおしまいだ。
そこで思い当たる。
求めて得る幸せは、それを得られなくなった時に、終わってしまう。
でもその逆はどうだろう?
与えることができる幸せなら、自分が与えられる限り、続くと思う。
誰かを幸せにできたら、その相手は笑顔になる。その笑顔を見たら……間違いない。幸せな気持ちになれるはずだ。きっとマーサもそうなのだと思う。だから私を弟子にして、無償の愛で、占いを教えてくれているのだと思った。