過去(2)
「あなたのお父さんは、ミーシャが生まれたことに気づいてしまったの。お父さんは正妻の他に、側妻が三人いるけれど、子供が一人もいない。そこでミーシャを跡継ぎにしたいって言いだしたの。まだ私の親友は、ミーシャが私と彼の子供であると気がついていない。それに跡継ぎになっても、女であることで、他の大富豪や富豪に、足を引っ張られる可能性もあるわ」
サハリア国の大富豪なんて、雲の上、いやそれ以上に手の届かない存在だと思っていた。まさかその大富豪が自分の父親だなんて。驚愕するしかない。
「ミーシャは自由の中でこそ輝く星の元に生まれたと思うの。自分の意志で、どこかにおさまるのなら、大丈夫よ。でも誰かから無理矢理押し込められると、うまくいかない。だからね、この国を出ることにしたの。世界は広いのよ、ミーシャ。この国とは全く違う文化の国があるから、そこへ行きましょう」
母親は踊り子を生業にしていた。だが実際は私のような、占い師の素質はあったのかもしれない。それをそれとなく自身と私のために使っていた……そんな風に思える発言だったと、後から気づいた。でも当時の私は母親に言われるまま、サハリア国を出発。いくつかの国を経て辿り着いたのが、エルロンド王国だった。
エルロンド王国に辿り着くまでの間に、サハリア国とは全く違う文化と慣習を目の当たりにしてきた。幼い私にはそれはとても刺激的で斬新で、面白かった。よってエルロンド王国で家を見つけ「ここで暮らしましょう、ミーシャ」と言われても、文句などなかったのだけど……。
母親は街にある演劇小屋で、バックダンサーとして働き始めた。でもすぐにその踊りが認められ、オペレッタへの出演が決まる。しかしそこである貴族に目をつけられ、母親は半ば強引に愛人にされてしまう。でもそれがその貴族の妻にバレた結果――。
母親は馬車の事故を装い、命を奪われてしまった。
あの日のことを思い出すと、母親は何かを予感していたとしか思えない。しきりと私の将来を心配し、家を出る前に何度も私を抱きしめたのだから。結局犯人は、貴族ということしか分からなかった。母親がその相手の名を、私に明かすことはなかったからだ。
だが占い師として力を持つようになった時。母親の命を奪った貴族の名を知り、タウンハウスまで見に行ったことがある。でもそこで見かけたのは、平和そうな家族の姿。
復讐……。
そんなものとは無縁な、昼下がりの家族の団らんを見て、何ができるだろう。文句を言う。人殺しと叫ぶ。死に対しては死の報いを――ダメだ。そんな負の連鎖は断ち切らないといけない。
占い師として、他者の悩みと接する私は、その悩みを解決するために、自分の力を使っていた。誰かを貶めるためではなく、その悩みから救い出し、幸せになれるよう導く。それが私の仕事だった。
その真逆となるようなことは……できない。
大人の私はこんな風に、どこか気弱だったが、当時、子供だった私は違う。
サハリア国は不倫が禁止されていた。代わりに側妻が認められていたので、こういった身分の高い女性による、ドロドロとした犯罪はなかった。この時は、エルロンド王国が心底嫌になり、自棄っぱちになり、サハリア国に戻ろうとも考えた。
だが、そこで一人の老婆に引き留められる。彼女はこの街で占い師をしており、私と母親が暮らしていた建物の隣で、店=占い屋を営んでいた。
母親が仕事のために家をあける時、私はその老婆、名はマーサに預けられ、占星術やタロットカードについて、教えてもらっていたのだ。
そのマーサはタロットカードで、あの日の私のことを占っていたと明かした。
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