甘い
そこからは極悪人を捕えるための準備を整える。
辺境伯の嫡男であり、その優秀さで知られるルシアス・クレメントの協力を得られたことは大きい。
父君と母君とも話し、用意を整え、宮殿へ向かった。
自身の誕生を祝う舞踏会を、わたしが病に伏せっているというのに、ド派手に行う弟ロッド・ブレッド・ダグラス第二王子を捕えるために。
「茶番はそこまでだ、ロッド!」
目の前には狂宴が広がっている。
天井が鏡になったホールには、異国の踊り子やエレファントまでいた。けばけばしい装飾が施され、酒と香水の匂いが満ちた奇抜な空間に、ロッドの姿を捕らえる。
「わたしが目覚めないと踏んで、好き放題やってくれたようだが、それもこれまでだ。よくもわたしに呪いをかけてくれたな。王位を狙い、王太子であるわたしに呪いをかけるなど、言語道断。近衛騎士に命じる。極悪人のロッド・ブレッド・ダグラス第二王子を捕らえ、連行せよ」
◇
「殿下、ロッド第二王子は拘束の上、既に第一監獄の地下牢へ連行いたしました。共犯の男爵令嬢やその取り巻きの令嬢たちも捕え、ひとまず幽閉できています」
「そうか。夜を徹して動かし、申し訳なかったな。後は尋問するだけだ。それは調査官たちに任せよう。……ハーツ、お前はもう休むがいい。わたしはこれから街へ向かう」
青みを帯びた長い黒髪を後ろで一本に結わいたハーツは、「え!」という表情で顔をあげる。伯爵家の三男であり、騎士にしては線が細い。だがその分身軽でスピードがあり、私より三歳上で、近衛騎士の隊長におさまっている。令嬢達に人気だと聞くが、今、その整った顔は、鳩が豆鉄砲を食ったようになっている。
驚き過ぎだ、ハーツ、と心の中で笑ってしまう。
「……こんな早朝に、街へ行かれるのですか?」
「そうだ。そのために身支度も整えたからな」
王太子にのみ着用が許されている最上級の儀礼服、純白の軍服に黄金のマントをまとう。飾緒、飾りボタン、階級を示すバッジもすべて純金、サッシュは銀糸と金糸で出来ている。国賓を迎えた晩餐会で着るような服であるが……。
わたしの恩人に会うのだ。
これぐらいして当然だろう。
眠りについていた間に少し伸びた前髪は少し後ろに流し、少しだけマンダリンの香油をつけ、剣を腰に帯びる。
「殿下がそのようなお姿であるということは。お会いになる方は、よほどのお方でしょう。殿下の近衛騎士隊長として、お供しないわけにはいきません。……同行させていただきます」
「眠気で落馬しても知らぬぞ」
「ここまで気合が入っていらっしゃるのです。居眠りする間もない速度で向かうおつもりでしょう」
ハーツの言葉に頬が緩む。その通りだ。
ロッドを捕らえることが最優先事項と分かっていた。
だがわたしの心は、別のことばかり考えていた。
ミーシャ・シチリアナ・ラファティ。
父君によると、ここぞという時に協力を仰ぐ、類まれな力を持つ占い師。
大変優秀であり、王室のお抱えになるよう、何度も懇願しているが、彼女は折れない。幅広い人物を占わないと、能力が落ちると言って。そして街の一角で細々と占い師を続けているというのだから、驚きだ。
そして彼女こそが、わたしが呪いにかけられていると看破し、励ましの言葉をかけてくれた。悪夢から救うため、ドリームキャッチャーを持たせ、エールを送ってくれたのだ。さらに呪いを解くためのポーションを手に入れ、私に飲ませてくれた。
王太子を助けたというのに。通常の占い料しか求めない。「私が王太子を救ったのです!」と大々的に声をあげ、多くのお金や地位や名誉を望める立場なのに、そんなことはしない。
腕の立つ占い師でありながら、信じられない程、謙虚だった。しかも王室のお抱えになることを拒む、権力に媚びない意志の強さ。その一方で、呪いで眠るわたしに適切なアドバイスをした上で、優しく励ましてくれた。
こんなに素晴らしく優秀な占い師を、街に放置するなんて、父君は甘い。