正解
着替えができないのは逃亡防止のためと言われ、「?」と首を傾げてしまう。
するとハロルド王太子は、その意図を明かした。
「ミーシャのことを、信じていないわけではない。それに無理強いをするつもりはない。だが話が終わらないうちに、わたしの元から消えてしまうのは……困る」
そういうことか……。
確かに私は、訪ねてきたハロルド王太子を出し抜くような形で、姿をくらましてしまった。
ゆえに今度こそは逃がしませんよ……という気持ちになるのも理解できた。
そしてこの服装であれば、確かに外へ出たら凍死してしまう。無茶はできない。
そうなると……。
さっき、馬車で話そうとしたことをすべて話し、理解してもらえれば、服を着ることもできる。そして諦めてもらうこともできるだろう。今だって、ちゃんと話さえつけば、無理強いするつもりはないと言っているのだから……。
話し合いがついた後。この状況だと、一晩はここに泊めてもらうことになるだろうが、明日には解放される。
でも明日からどうしよう。
ドナ達には、ハロルド王太子の婚約者だと思われているし、もうみんなの所へ戻れないかしら? 円満解決で婚約は解消したと言えば、再度仲間にしてくれる……?
考え込んでいると、扉がノックされ、メイドがワゴンで食事を運んでくれた。
恐らく、公爵邸を出発する前に、食事の用意を依頼していたのだろう。急な食事は冷めたものが多いはずなのに、ローテーブルに並べられた料理は、すべて湯気を立てている。
「軽食だから、格式ばる必要はない。よってこのローテーブルに用意させた。気楽に食べるといい」
私が街で暮らす占い師だったから、気を使ってくれたようだ。
ただこう見えて、テーブルマナーはちゃんと知っていた。
マーサが意外にも、食事でのマナーに厳しかったのだ。
でもそんなこと、打ち明ける必要はないだろう。
「殿下、お気遣い、ありがとうございます」
こうして食事が始まる。
温かいオードブルをつまみ、シチューを食べると、胃袋から歓喜が伝わってきた。喜びは「もっと!」という胃袋の大合唱となり、これまた焼き立てのように温かい白パンを、口に運ぶことになった。
しばらく食べることに集中し、意を決することになる。
話さなければならない。
明日からどうなるのか。その算段も目途も立っていない。だがこのまま踊り子の衣装のままでいるわけにはいかなかった。何より、ハロルド王太子に気を持たせるわけにもいかないと思う。
「殿下、馬車で最後に話そうとしていた件をお話しますね」
こうして私はハロルド王太子に、全てを話すことになった。
彼が賢王になることを。でも伴侶選びを間違えば、凶王になりかねないことを。
「つまり殿下の伴侶になる女性は、殿下と同じぐらい聡明でありつつも、殿下を支え、殿下に安らぎを与えられる女性なければならないのです。何よりも強運が必要。最期の時まで殿下に連れそう、運の強さを持つ女性が、伴侶に相応しいのです」
「なるほど。では問題ないな」
「問題ない……?」
「このわたしを出し抜き、隣国まで逃走し、あわや酔っ払いに何かされそうなところを助かっている。友人の大ピンチも救われた。何より、ザ・ワールドの運命を引き当て、賢王になる男から愛されている。愛されているだけではない。相思相愛だ。こんな強運が、他にあるか?」
デザートのケーキを食べるために、手にしていたフォークを持ったまま固まる。
なぜならハロルド王太子が言っている女性、それは……。
「まさに灯台下暗しか? 占い師は自分自身を占わないのか? ミーシャ程の強運の女性が、他にいるか? いないであろうな。わたしが愛する者は、ミーシャだ。その時点で、ミーシャにかなう女性など存在しない」
何か言おうとするが、言葉が出ない。
結果、情けなくも口をぱくぱくさせることになる。
「それにわたしのそばにあって、ミーシャが危険にさらされることなど、ない。愛する女の一人を守り切れずして、民を守ることなどできぬであろう」
それは……その通り。
え、そうだったの?
私でよかったの……?
声は出ず、隣に座るハロルド王太子の顔を見上げると、彼の意志の強さを感じさせる瞳と目があう。
「答えは最初から出ていた。占い師として類まれな力を持ち、聡明だが、自分自身のことになるとまったくの無頓着。よもや自分が正解だとは思い至ることがなかった。だが、この指輪も正解だと言っている。わたしだってこれだけ言葉を尽くしている」
そう言うと、ハロルド王太子が私の手をとった。
そして手の甲へと口づけを行う。
一気に心拍数を上げられた状態で、彼はそのグレーに近い碧い瞳を甘く輝かせる。
「ミーシャ・シチリアナ・ラファティ」
きちんと私の名を、フルネームで呼んだハロルド王太子は、さらにこう続けた。
「ハロルド・ミカエル・ダグラスは君に求婚する。わたしの伴侶となり、支え、安らぎとなり、共にあってほしい。同じようにわたしも、君の支えとなり、安らぎとなり、共にあることを誓う」