理由
ハロルド王太子は間違いなく将来、賢王になる。
自らの国に最高の繁栄と幸福をもたらす。
そしてこの国の発展が続くため、重要なのは、後継者だ。
つまりは跡継ぎ。
ハロルド王太子の伴侶になる女性は、彼と同じぐらい聡明さが求められる。
彼を支え、同時に彼へ安らぎを与えられる必要があった。
何よりも強運であること。
もし彼女が、命を落とすようなことがあれば。
彼の未来も変わる。
ザ・ワールドのまさに逆位置を引き当てたも同じになってしまう。
賢王ではなく、凶王になりかねない。
「その表情は、どうやら今のわたしの話だけでは、納得できない――ということなのだろう? あの夜にも言っていたな。『仮に純粋な気持ちによるプロポーズだとしても、私ではダメなのです』と」
そこで馬車が止まる。
どうやら公爵邸と皇宮がある宮殿は、想像よりも近かったようだ。
ジュリアーラ公爵は痛い性癖を持つが、それでも公爵。屋敷が宮殿近くでもおかしくない。
こうして話は一旦中断となり、毛皮に包まれたまま、私は皇宮の離れにある客間に案内された。その部屋は広々として、何よりも既に暖炉の火がともり、とても温かい! ふかふかの絨毯が敷かれ、分厚いカーテンは二重になっており、外気を遮断してくれている。ソファの足元にはさらに毛皮が敷かれていた。ソファ自体にも、毛織物が広げられている。
「食事をしていないから、腹が減っただろう? 用意させよう」
ソファに私をおろし、ハロルド王太子は、食事を出すと言ってくれた。それはそれで嬉しかった。お茶の時間に軽食をとって以降、水ぐらいしか飲んでいない。興行もあったし、通常であれば、それが終わって食事の流れだった。でも今日はいろいろあり、それどころではない。よってお腹はぺこぺこだ。でも……。
「あの、殿下」
「なんだ? 食べたい物のリクエストがあるか?」
「違います! 食事を用意いただけるのは、とてもありがたいです。お腹はぺこぺこですので。ありがとうございます」
私と横並びでソファに腰かけていたハロルド王太子が、グレーに近い碧い瞳を嬉しそうに輝かせる。ドキッとして視線を彷徨わせ、婚約指輪を見てしまい、一気に全身が熱くなった。
やはり私はハロルド王太子のことが好き……なのだろう。
落ち着いて、冷静に。
深呼吸して、再度ハロルド王太子の口元を見る。
目で瞬殺されそうになったので、口を見ることにしたのだ。
だが口を見ると、唇が目に入る。
形のいい唇は普段からケアをしているのかというぐらい艶があり、潤いを感じさせた。血色もよく、何より触れ心地がベルベットのようで……。
そこで彼とのキスを思い出し、またも一気に全身が熱くなる。さっきまでの寒さが嘘のように思えるぐらい、急激に血流がよくなったように感じた。
私がそうやってあたふたしている間にも、ハロルド王太子はハーツに声を掛け、食事の用意を頼んでくれていた。仕事がはやいっ!
「お食事も嬉しいのですが、着替えを……」
「それはできない」
「え」
「まだミーシャは、わたしの婚約者になると、明言してくれていない。……わたしへの気持ちは、この指輪で分かるが」
不意に左手を持ち上げられ、「チュッ」と甲にキスをされ、腰砕けになりそうだった。
既に唇で口づけをされているだ。手の甲ごときで腰を抜かしそうになるなんて!――そう思うものの。ハロルド王太子の唇に触れられるだけで、自然と体が反応してしまうのだ。これはもう仕方ないと思う。それだけ彼の唇が……素晴らしいということだ。
なんとか理性を保ち、言葉を絞り出す。
「明言していないのと、着替えができないことの関連性は、何ですか?」
「簡潔に言えば、逃亡防止、かな」
逃亡防止……?