追及
「……!」
一瞬、感じたマンダリンの香りに驚いたと思ったら、ハロルド王太子に……口づけられていた。それは人生で初めての口づけ。だが口づけている相手は、逃げるべき対象なのに、抵抗ができなかった。
なぜならハロルド王太子の唇は温かく、弾力があり、心地よい触れ心地。頭の中は真っ白で、何も考えられない状態になった。一体どれぐらいの時間、口づけられていたか、それすらも分からない。
でもその唇が離れると同時に私の全身から力が抜け、もう彼に抱きとめられていないと、立っていられない状態。そしてハロルド王太子はそれを心得ているかのように、しっかり私を抱きしめていた。
その上で。
「ジュリアーラ公爵!」
信じられないぐらいの大声で、公爵の名を呼んだ。
公爵は度肝を抜かれ、口から泡を吹きそうな状態で「は、はいっ」となんとか返事をした。
「ミーシャはわたしの最愛の婚約者だ! 我が国からさらわれたと思ったら、貴公が連れ去ったのか! その上でこの書斎に閉じ込めていたのではないか! まさか手籠めにでもするつもりだったのか!」
これには公爵の顔が瞬時に蒼白になる。
「で、殿下、決してそのようなことはございません! 濡れ衣です!」
「ではこの扉はなんであるか! 隠し扉ではないか! よもやこの部屋に一人ずつ踊り子を連れ込み、不埒な行いをするつもりであったのでは! そこにわたしの婚約者が、未来のエルロンド王国の王妃も含まれているのでは!」
“未来のエルロンド王国の王妃”の一言に、公爵は腰を抜かす。
「ち、違います、断じてそんなことは!」
「ならばこの隠し部屋は、何であるのか!」
頭が真っ白になった私でも、さすがにハロルド王太子の怒りに満ちたこの声に、意識を取り戻した。ハロルド王太子はサチを助け出すため、公爵自らが隠し部屋の鍵を開ける方向へ誘導している。しかもそれはかなりハチャメチャな理論。でもこれはもう勢い。王太子という立場だからできる発言で、公爵を追い込んでいた。
冷静に考えれば、なぜ公爵が私を攫ったことになっているのか、書斎に閉じ込められていることになっているのか、おかしなことばかり。でも間髪をいれずこうまくしたてられると、公爵はまともな判断はできない。
結果、自身の無実を証明するため、隠し部屋の鍵を開けた。そしてサチに対して何をしようとしていたのか、自身の性癖についてハロルド王太子に話し、謝罪することになったのだ。
すべてを聞き終えたハロルド王太子は……。
「なるほど。ではわたしの誤解であったのか。……誤解ではあったが、自身の欲を満たすために、踊り子を閉じ込めるなど、あってはならないこと。踊り子たちには心から詫び、相応の償いをするべきであろう。今回は貴公の特殊な性癖ということで、公にはしたくないと思うので、皇帝陛下の耳にだけ、お伝えしておこう」
「そ、そんな……」
「同じ過ちをしなければ、皇帝陛下も寛大に対処してくださるだろう」
ジュリアーラ公爵は絶望的な顔でその場に再び座り込み、一方のハロルド王太子は涼しい顔で「ではわたしたちはこれで失礼させていただく」と、私の肩を抱いて歩き出す。近衛騎士隊長であるハーツと別の近衛騎士が、ドナとテェーナに手を貸し、立ち上がらせている。サチも鉄球をはずしてもらえたようだ。二人の近衛騎士に支えられ、ゆっくり隠し部屋から出てきた。
ハロルド王太子は、一見すると私の肩を優しく抱き寄せ、手をとり優雅にエスコートしているように見えるだろう。だが実際は……。肩に置かれた手は、ちょっとでも変な動きをすれば、がっしり掴まれるということが伝わってくる。エスコートされている手も、余計な行動をとれば、瞬時に強く握りしめられるだろう。
つまり。
逃げたいが、逃げられない!
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【ご報告】
第4回一二三書房WEB小説大賞
一次選考通過しました(御礼)
『断罪終了後に悪役令嬢だったと気付きました!
既に詰んだ後ですが、これ以上どうしろと……!?』
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未読の読者様用にページ下部にイラストリンクバナー設置しています!
この機会にお楽しみくださいませ☆彡