納得
「書斎ですね。書斎に隠し部屋があります」
「ならすぐに書斎へ……と思うけど、この話、信じてもらえるかね?」
ドナの言葉に、全員が黙り込んだ――そう思ったが。
マイクが突然、こんなことを言い出した。
「先程、わたしの知る人物の姿がありました。その人物が訪問していると知ったら、公爵は隠し部屋から出てくるしかなくなるでしょう。これからわたしが動きますから、三人は公爵が隠し部屋から出たら、すぐに書斎へ向かってください。使用人には相応の金を握らせば、書斎ぐらいなら案内するはずです」
「マイク、あんた、知り合いって……。相手は公爵様だよ? 貴族社会の頂点の爵位だ。皇族にでも呼び出されないと、出てこないと思うけど」
ドナの言うことは尤もだと思う。でも皇族が招待されているなんて聞いていない。
一体、公爵がお楽しみの最中の隠し部屋から出てくるような相手、この舞踏会にいるの? いるならそもそも隠し部屋にいないのでは?
そんな疑問が浮かぶが、マイクは「サチを助けたいなら、わたしを信じてください」とキッパリと言い切る。こうなると「分かりました」と応じるしかない。
水晶玉に続き、マイクの知り合いでどうにかなるという件といい、ドナとテェーナにとっては、半信半疑の連続。でもとにかくサチを助けたいのは事実。ゆえに、マイクの提案に従い、動くことになった。
ドナは仲間を助けるため、金に糸目をつけない。書斎を案内するよう声をかける使用人には、恐らく彼らにとって、半年分の給金に当たる金額を握らせるつもりだ。しかも明確に案内する必要はない。書斎のそばまで歩いて行けば、勝手に後をつける。つまり後で問われても、気づかないうちに後をつけられていた……で言い逃れできるようにするというのだ。
その辺りはもう、ぬかりないと思う。
ドナが動く間、私は水晶玉で書斎の中を確認していた。隠し部屋の入口となる扉は、本棚の後ろに隠されている。本棚がスライドし、そこに扉が現れる仕掛けだと推察した。まだ実際に出入りするところを見ていないから、確信はないけれど。
それにしてもマイクの知り合い。
そもそもマイクがどこの国の出身かは分からないが、もしやここ、デュカン帝国の出身だったりするのかしら? もしそうなら、例えば公爵夫人の両親とマイクが知り合いだとしたら……。夫妻はこの舞踏会に来ている。そして彼らが義理の息子を呼んでいるとなれば、隠し部屋から渋々出てくる気もした。
「あ!」
「どうしたの、ミーシャ!」
対面のソファに座るテェーナが、立ち上がる。
私は水晶玉で見えていることを、説明した。
「ヘッドバトラーが書斎に入ったわ。本棚の上から三段目。左から三冊目の本を取り出した。あ、本棚を押したら、左側にスライドしたわ。扉が見えてきた。ノックして、声をかけているわね。扉が細く開いて、公爵が顔をのぞかせているようだわ。かなりひそひそ話をしているから、何を言っているかは聞こえない。でも……慌てた様子ね。今、扉が閉まって、ヘッドバトラーが本棚を元の位置に戻した。今度は隠し部屋の中を見るわ」
テェーナはこくりと頷き、自身の胸の前で、両手を握り締めている。
水晶玉に手をかざし、隠し部屋の中を確認すると……。
「公爵は大慌てで服を着ているわ。サチは鞭を手に立ち尽くしている。公爵からは『ここから出るな』と言われているわね。……よくよく考えると、足につけられた鉄球があるから、あれでは書斎から出ることができても、この控え室に戻るのは無理だわ……」
マイクに鉄球のことを伝え忘れていた。サチを隠し部屋から連れ出せたとしても。書斎から廊下へ出るだけでも、一苦労になりそうだった。それに今、確認したところ、隠し扉から慌てて服を着て出てきた公爵は、鍵をかけている。
つまり、隠し部屋の扉まで暴けても、鍵もないし、鉄球もあるしで、サチを助け出すことができない!
どうしよう……。
この事態をテェーナに話すと、しばし考えた彼女が口を開いた。
「じゃあ、こうしましょう。私はマイクを探し、鉄球と鍵の件を伝えるわ。隠し部屋の扉を暴けても、サチを連れ出せないし、書斎で立往生になってしまうと」
テェーナがそう言ったところで、ドナが部屋に入って来た。
「こっちはバッチリ。いつでも書斎へ案内してもらえる」
ドナの方は上々だが、こちらはそうでもない。
隠し扉の鍵や、サチの足の鉄球の件を伝えると「そうかい」とドナは頷いた後、「でもさ」と続ける。
「マイクは『三人は公爵が隠し部屋から出たら、すぐに書斎へ向かってください』としか言っていないよ。つまりあたし達は、書斎で待てばいいんじゃないかい? つまりマイクは、その知り合いと公爵を、書斎まで連れてくるつもりでは?」
「「なるほど!」」
そこで隠し扉が見えている状態で、ここにサチが閉じ込められていると主張すれば「本当に?」となり、隠し扉の鍵を開けることになる。隠し扉の鍵は公爵が持っているのだ。閉じ込めたのは公爵となり、言い逃れも出来なくなるはず。
「マイクは気がよく回るし、なんか只者ではない気がしたけど……。もしかしたらどっかのスパイなんじゃないかい? 実はここの公爵の悪癖を、暴露するつもりだったとかさ」
ドナに言われると、なんだかそんな気もしてくる。
マイクは人柄も良く、騎士としても強そうであり、とにかく普通ではない気がしていた。それはスパイだから……と言われたら、納得できるものだった。
「ともかく書斎へ行こう。もう公爵は隠し扉から出たんだよね?」
ドナに問われ、私とテェーナが同時に頷く。
するとドナがウィンクする。
「じゃあ、行くよ!」