疑惑
サチは今、窃盗を疑われ、逮捕された挙句、鞭打ち刑になった踊り子と、同じ運命を辿る危険があった。
そんなことになったら大変だ。
隠し部屋の場所は、もう一度水晶を見れば分かる。問題は、そこへどんな理由をつけて踏み込むか、だ。
踊り子が、公爵の隠し部屋に踏み込む? 私達を盗人と疑っている公爵夫人を納得させるような理由は、そう簡単に浮かばない。
だったら大勢が屋敷から避難する状況を作り、隠し部屋に向かうのはどうだろう? 火事だと騒げば、みんな避難するだろうが、それはかなり大事になる。皆が避難するような大規模なプランはなしだ。
そうなると……そうだ、メイド! サチと一緒にいたメイド。彼女が間違いなく、サチを公爵のところまで案内したはずだ。あのメイドに隠し扉のところまで案内させて……。
チラリと見かけたメイドのことを思い出す。
ある程度年齢がいっているように思えた。どう考えても公爵に忠誠を誓っており、サチを公爵のところへ案内したとは白状しないだろう。さらにあのメイドが何か言えば、それはこの公爵邸で、信じられる気がした。
例えばサチのことなど案内していない……と言われる可能性だってある。
つまり古参であり、この公爵邸で信頼されているメイドだ。
どうすれば……。
「ミーシャ嬢」
不意にこちらへ近づいたマイクが、私の耳元に顔を近づける。
マンダリンの香りに、心臓がドクンと反応しそうになった。
「……水晶玉を持っているな? デュカン帝国に到着した日に泊まった宿で、君をからかった時、ベッドで丸いガラスのような物に手が触れた。あれは水晶玉だったのでは? それにサハリア国について話した時、君は『ただ、占ったところ、故郷に戻るといい、と出たので……』と言っていた。誰かに占ってもらった、とは言っていない。占い師に見てもらった、とも言っていなかった。そこから推察するに、君の別の仕事というのは、占い師なのではないか?」
あの時、水晶玉の存在に気づかれていたの……!
いや、でも、確かに慌ててベッドに隠した。
バレていても、おかしくはない。
それに「占ったところ」と言っていたのなら……いや、言っていたのだろう、きっと。そんな風にうっかり言っちゃうなんて、私、どれだけマイクに気を許していたのかしら。
「その顔はイエスだな。なぜ隠す? その水晶玉で、サチの居場所が分かるのでは?」
マイクはなんて鋭いのか。
占い師が水晶玉を使うことは多いの……? その辺り、自分自身が疎くて分からない。でもマイクが水晶玉の話しを持ち出すということは、占い師=水晶玉、というイメージがあるのかもしれない。
ともかく!
これまで私が占い師をしていたことは、伏せていた。もしハロルド王太子が私を探しているなら、「エルロンド王国で“占い師”をやっていた踊り子がいる」と誰かが話し、それが噂として広がり、居場所がバレてしまう可能性があったからだ。
だが、今は緊急事態。ドナやテェーナに話しても……。それにここはデュカン帝国で、エルロンド王国は遠い。ハロルド王太子が私を探している気配もなかった。ここで占い師であるとドナやテェーナに話しても、何も変わらないだろう。
そこで手短に、自分が占い師であり、サチの居場所は水晶玉で分かると打ち明けた。すると……。
ドナとテェーナは、半笑いになる。
でもそれも仕方ない。突然、そんなことを言われ、信じろと言われても……。怪し過ぎる!
それでも水晶玉で見えた、サチが現在置かれている状況を説明した。さらには窃盗と疑われた踊り子の件と、サチの状況を重ね合わせて話すと……。
「あたし、鳥肌が立った。でもミーシャが言うことは、本当に思える。だってその窃盗を疑われた踊り子は『公爵様が、鞭を自分に打てば、これをくれると言った』と弁明しているんだ。それで、ミーシャ、サチはどこに?」
ドナに促され、水晶玉を取り出し、手をかざす。
ドナとテェーナ、そしてマイクも興味深そうにこちらを見ている。
少し緊張するが、すぐに隠し部屋の場所は判明した。