危険
「えっ」
水晶玉の中に見えたのは、口に布を噛まされ、あのドレス姿のまま、でも足首には鎖、その先に鉄球をつけられたサチの姿だ。逃亡できないような状態にされ、声を出せないようにされているのに、なぜか手には乗馬で使う短鞭を持っている。奇妙に感じ、水晶に手をかざし、サチの周囲の様子を確認したところ。
「あああ」と嘆くことになる。
貴族の子供を叱る時、鞭が使われると聞いたことがあった。そこから変わった性癖を持つ者もいると、噂には聞いていたけれど……。まさかジュリアーラ公爵がそうだったとは!
つまりジュリアーラ公爵は、サチに自分のことを鞭で打つよう懇願していた。
ただ、これならサチが害されることはないと思う。
あとは居場所よ……。
二人の背景を見ようとするが、何せそこは、ロウソク一本と暖炉の炎の明かりしかない。つまりは薄暗い! 広い部屋ではなく、周囲は防音のためなのか、本棚で囲まれている。天蓋付きのベッドがあり、そこから少し離れた場所に、暖炉があるようだ。
公爵の寝室にしては狭すぎる。
そうなると……隠し部屋の可能性が高い。
そこでドナ達が戻って来た。慌てて水晶玉を布にくるみ、ソファのクッションの下に隠す。
「ドナ、ジュリアーラ公爵様とは、会えたのでしょうか? 捜索はしてくれるのですか?」
私が問いかけると、ドナはため息をつき、口を開く。
「それがさ、お酒を飲み過ぎて、今は寝込んでいると執事長に言われたの。代わりにジュリアーラ公爵夫人が、探してくれるとなったのだけどさ……」
そこでドナが、悔しそうな顔をする。
「どうしたの、ドナ?」
「以前、公爵が招いた踊り子が、同じように屋敷で迷子になった。その時の踊り子は、興行の後、窃盗を働こうとした。だが公爵邸が広くて、盗んだはいいが、案内された控え室に戻れなくなった。だからサチもそうじゃないのかと嫌味をさ、言われて……。サチはそんな子じゃない。でも仕方ない。一人の踊り子の過ちで、レッテルを貼れるなんてよくあることだから」
「ドナ……」
いわゆる偏見だが、それはこの世界で当たり前のようにまかり通っている。
悔しいが、仕方ない。
それよりも今は、サチを見つけ出すことだ。
害される危険はないが、サチは泣いていた。嫌な思いをしているのだ。待っていれば解放されるかもしれない。しかしその時には、サチは心に深い傷を負うことになる。そうなる前に助け出さないと!
「ドナ、気持ちは分かるわ。そんな風に思われるのは、とても屈辱的よ。でも今は、サチを探しましょう。私達も」
「ここで待っていろってさ。使用人たちに探させるからって。よそものが屋敷の中をうろついて、金目の物を盗まれたら困るそうだよ」
ドナと同様、テェーナも悔しそうな顔をしている。
これを聞いた私は、考えることになった。
ジュリアーラ公爵の隠し部屋に、サチが連れ込まれているなら、使用人では絶対に見つけられない。隠し部屋はかなりの確率で、執務室や寝室に作られている。この二つの部屋を、使用人はさっと見てお終いか、見ることすらないかもしれない。
そこで嫌な想像をすることになる。
「ねえ、ドナ、さっき言っていた窃盗をしたという踊り子は、その後どうなったのかしら?」
既に私の対面のソファに、テェーナと共に腰をおろしていたドナは「ああ」と口を開く。そして「あたしは聞いていないのに、公爵夫人がわざわざ教えてくれたよ」とドナが語った内容は……。
その踊り子は、黄金で出来た置物を持っており、それをあろうことか『公爵様がくれた!』と言い出したのだという。盗んだくせに、嘘をついてと叱ると『公爵様が鞭を自分に打てば、これをくれると言った』と訳の分からないことを言い出した。埒が明かないと、そのまま皇都警備隊に引き渡したところ、その踊り子が鞭打ちの刑となり、その後の消息は不明……。
間違いない。
その踊り子もまた、サチのように隠し部屋に連れ込まれ、ジュリアーラ公爵の変な性癖に付き合わされた。でもそれに応じることで、褒美としてその金の置物をもらったのだろう。だが控え室に戻ろうとして、屋敷の広さに迷子となり、窃盗を疑われ……。
当然だが、公爵は庇わない。その結果その踊り子は、鞭打ちの刑となり、もしかするとその傷が原因で、命を落とした可能性もある。
サチは今、この踊り子と同じ運命を辿る危険があった。