複雑
マイクは一見、キリッとした顔で周囲を警戒しているように見えた。でも実際は違う。
そこで理解してしまう。
私の踊ったダンスが……不快だったんだ。
高潔な精神を持つ騎士からしたら、いくらサハリア国の伝統的なダンスだとしても、破廉恥に思えたに違いない。軽蔑しただろうし、本当は関わりたくないが、護衛の役目もある。従者や傭兵が他の踊り子を誘導しているのに、自分だけ何もしないわけにはいかない。
つまり生来の真面目な気質で、令息に囲まれる私を救い出してくれたのだろう。でもこれまでみたいに気軽に話すつもりはない……ということかな。
一瞬。
水晶玉を使い、彼のことを占いたいと思っていた。
その心の内を、それとなく知りたいと。
でも今の私は踊り子として動いているのだ。
そして何よりも隣にマイクはいるのだから、水晶玉に頼るまでもない。
直接、聞いてみよう。
もしも不快に感じているなら、せめて謝罪だけはしておきたい。もう優しくは、してくれないだろう。それでも嫌な気持ちにさせたなら、謝りたいと思っていた。
「あの、マイク様」
「はい」
「……不快でしたよね。ごめんなさい」
「えっ!?」
驚いた表情のマイクが私を見た。
その碧い瞳には、なんだか複雑な感情が入り混じり、何を考えているか読み取れない。
ただ、驚いた顔から、すぐにとてももどかしい表情に変わった。
そう思ったら、ぐいと柱の影に引っ張られた。
丁度階段があり、踊り場になっていたスペースだ。
背中に柱をつけ、マイクを見上げる形になった。
マイクは私の腕を掴み、片方の手は柱に押し当て、なんとも言えない表情を浮かべている。
「すまない。……ミーシャ嬢は何も悪くない」
苦し気に声を絞り出すマイクに、驚いてしまう。
一体どうしたというのか。
驚く私にマイクは、こんなことを言い出す。
「ミーシャ嬢は『自分の仕事で多くの人を幸せにしたいと願っていました。特定の人達のためにだけに、使うつもりはないのです』と言っていた。それは、踊り子とは別の仕事の話だと思う。……でも同じ。踊りなんだと理解しているつもりだ。特定の人に見せるものではなく、多くの人に見せる、ある意味ショーなのだと分かっている。分かっているが、あれは……」
マイクはとても切なげに吐息をはく。
唇をきゅっと噛み、さらに切なそうに続ける。
「だがあの踊りは……あれはダメだ。どれだけ多くの男が心を溶かされてしまうか……。あの踊りは……」
「えっと、マイク様。あの踊りはサハリア国の伝統的なダンスです。ハーレムという婚姻制度の枠組みの中で、時間を持て余した側妻により誕生したと言われています。女性の体型をいかした踊りであり、衣装の露出も多く……。つまり夫の心を掴むために、発展したダンスです。よって多くの人に向けた踊りではなく、特定の人に本来見せるべき踊りであり……」
「! そうだったのか! なぜそんなダンスを踊る!? まさかハーレムにいた経験があるのか!? そんなはず、ないはずだが……! だが、そうか。特定……。ならばもうあのダンスは皆の前で踊るな!」
なんだか口調といい声のトーンといい、いつもと違うような?
怪訝そうな顔でその目を見ると、ハッとした表情になり、マイクは咳払いをする。
「……ミーシャ嬢は、もしやサハリア国の出身、なのだろうか?」
「はい。そうです。私は今、旅の踊り子として動いています。ですがサハリア国に着いたら、そこでみんなとはお別れするつもりです」
「……! まさかあの国の大富豪の、いずれかのハーレムに入るつもりなのか……!? いや、つもりなのだろうか……?」
なんだかいつものマイクではなく思え、首を傾げてしまう。
マイクは柱についていた手を離し、髪をかきあげ、せわしなく深呼吸をしている。
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