趣味
テェーナの荒い息遣いと、衣擦れのような音が、止んだ気がした
そう思った瞬間、ベッドに仰向けで押し倒される。
同時に、首に冷たい気配を感じ、全身の鳥肌が立った。
ふわりと感じたマンダリンの香りに、ときめく余裕はない。
「何者だ、この部屋で何をしている」
押し殺したマイクの声に、恐怖で声が出ない。
ここにいることが、バレたんだ!
「余計なことを言えば、この喉を掻き切る」
血の気がサーッと引く。
まさか、テェーナとベッドでお楽しみをしているところを、覗き見したと思われている? それでマイクは怒っているとか……!? 昨日からなんの因果か、男女の逢瀬の現場を目撃し、ピンチになっている。どうしてこうなるの……!?
「自分の置かれている状況は理解しただろう。……再度尋ねる。何者だ? 何をしに来た? 答えによっては即死だ」
もう心臓が大爆発寸前。でも恐らく短剣かナイフ、それが首から離れた。
その瞬間、自分が「はぁ、はぁ」と呼吸が激しくなっていることに気づく。
お、落ち着いて。呼吸を整えて。
一度深呼吸をすると、なんだか笑い声が聞こえたような気がした。
いや、この緊迫の場面で、笑う人なんていない。
テェーナのいる方からは、なんの物音もしないのだ。テェーナは、寝落ちしたに違いない。
それよりも、刃物は首から離れたのだから、ちゃんと自分が何者であるか明かさないと。
「わ、私です。ミ、ミーシャです」
もうガタガタぶるぶると震えながら答えると「クッ」という空耳ではない笑い声が聞こえた。
「ミーシャ嬢。あなたは覗き見が趣味なのか?」
心臓が止まるかと思った。
あまりにもマイクの声が近くて!
おそらく馬乗り状態で、自身の顔を私の耳元に近づけたのだ。
耳にマイクの熱を帯びた吐息がかかり、失神しそうになる。
「ち、違います。偶然です! 眠くなったので、まさにロウソクを消し、横になろうとしたら、お二人が入って来ただけで……。じゃ、邪魔をするつもりはありません。すぐに出て行きますから、どうぞ続けてください」
「邪魔をする? 続ける? 何のことだ?」
そ、それを私に聞くのですか、マイク!
あなたは高潔な精神を持つ騎士なのでは!?
なんだか鼻息を荒くしながら、答えることになる。
「で、ですから、その、男女の……そういうことです……」
「男女のそういうこと――とは何のことだ?」
再び耳元で囁かれ、理性が吹き飛びそうになる。
先程より、マイクの低めの声に甘さが加わり、全身から汗がぶわっと吹き出している気がした。
皆の前では敬語を使うのに、いきなり二人きりの今、砕けた調子で話していることにも、ドキドキしている。もはや何に対しても、バクバクしてしまうのかもしれない!
気持ちを静めようとするが、全く落ち着く気配がなかった
結局あまりにもいっぱいいっぱいになり、遂に私は「ご、ごめんなさい」と涙声になってしまう。
その瞬間、マイクの気配が遠のいたと思ったら、ぐいと上半身を支えられ、体を起こされていた。
「失礼したな。ミーシャ嬢の反応があまりにも新鮮で、ふざけ過ぎた」
横並びでベッドに腰かけた状態になると、マイクが謝罪の言葉を口にした。
「テェーナ嬢がお酒を飲み過ぎたようなので、部屋まで運んだ。ベッドに寝かせ、すぐに立ち去ろうとしたが、なぜかテェーナ嬢がわたしの上衣を掴むので……。それを外すとまた掴まれ、もう一度外して、再度掴まれ……をしばらく繰り返していただけだ。最終的にテェーナ嬢が寝落ちしてくれたようで、解放された」
「そ、そうだったのですね」
「驚かせてしったな、失礼した。……そういえばミーシャ嬢は、あまり酒を飲まないのだな」
ようやく心臓のバクバクが落ち着き、冷静になってきた。
そして今言われた言葉について考える。
お酒をあまり飲んでいない。
確かに乾杯の一杯しか、飲んでいなかった。
でもマイクはよく見ているわ……と思ってしまう。
みんなドナとサチの踊りに夢中だったのかと思った。
「酔ってもいないのに寝るには、まだ早いのでは? 本当に休むつもりか?」