逢瀬
喧騒が続く中、こっそり食堂を抜け出す。
誰にも見られていないことを確認し、部屋へと戻った。
ハロルド王太子の様子を、念のため、水晶玉で確認するためだ。
「あら、どうしたのかしら?」
いつもならすんなりその映像が水晶玉の中に映るのに、今日はなかなか映像がでない。思わず独り言を漏らしていた。
ここはデュカン帝国であり、エルロンド王国の王都はとても遠い。いくら水晶の中の精霊が万能であったとしても、この距離は遠いのかしら? しばらく映像が乱れ、でもようやくハロルド王太子の姿が現れる。
どうやら舞踏会の最中のようだ。
純白のテールコートを着て、美しい令嬢とダンスをしている。
その様子を見て、もう大丈夫ね、と安堵できた。
手配書をばらまかず、国境の警備も固めなかった。ある意味、去る者は追わず……というタイプの人間だったのかもしれない。
婚約契約書や婚約指輪を携えていたので、よほどのことかと思い、構えてしまった。
だが冷静に考えれば、私はしがない占い師。王太子が全力をかけ、追うような相手ではない。
そう、思う一方で。
少しの寂しさも感じる。何しろそこまで自分を追いかけるような人物は、これまでの人生でいなかった。王室から声はかかるが、それはあくまで毎日のように届く書簡であり、国王陛下が出向いたわけではない。……一介の占い師のために、国王陛下が出向くことなどないと思うが。
ガタッという音に、ビクッとして慌てて水晶玉を隠す。
勢いよく毛布を動かしたので、起きた風により、ベッド横のサイドテーブルに置いたロウソクも、消えてしまった。別に明かりまで、消すつもりはなかったのに!
「マイク様……♡」
「かなり酔っていらっしゃいますね、テェーナ嬢」
部屋に入って来たのは……踊り子の一人テェーナと……マイク……!
テェーナは、黒に近い栗色の髪で、琥珀色の瞳をしている。肌も健康的に日焼けしていた。ドナが柔らかそうな色白であるのに対し、テェーナは引き締まった体でメリハリがある。そのテェーナとマイクが、部屋に入ってきた。
急にロウソクの火を消し、暗闇になってしまったので、今の私は目が見えず、音に頼る状態。足音が……一人分しかしない。
ということは、マイクがテェーナを抱きかかえているのかしら?
そこでドサッという音がしてので、マイクに抱き上げられたテェーナが、ベッドに降ろされたのだと理解する。
「マイク様は本当に、騎士様みたいです!」
テェーナのこの言葉には、マイクが苦笑し「ええ、騎士ですから」と律儀に答えている。
私はこの状況に、どうしたものかと心臓をドキドキさせていた。
声をあげるなら、二人が部屋に入って来た瞬間にすべきだった。
それをせずにいたから、もはや声を出すこともできない!
「騎士だからとそんな真面目にならず、ね、マイク様」
甘えるようなテェーナは、完全に酔っ払いだと思った。
普段のテェ-ナは、割とツンとした無口なタイプ。
今日は珍しくお酒が進んでしまったようだ。
衣擦れのような音が続き、テェーナの少し荒い気遣いだけが響く。
マイクの声はしない。
これは……もしや……。
とんでもない場に居合わせることになった。
どうにかしてこの部屋から出るしかない。
というか……なんだか昨晩も似たような状況に陥ったような……。
覗き見をするわけではないが、そうしているような状態。
「参ったわ」と心の中で思い、ため息がでそうになり、それを呑み込む。
水晶玉は隠したので、後は音を立てず、慎重に扉まで向かう――頭の中で、自分のすべき行動を確認した。
よし。行こう。
ベッドから片足をおろし、床についた瞬間。
ミシッという音に、飛び上がりそうになる。
それが自分の立てた音なのか、テェーナ達が立てた音なのか、分からない。
でもとにかく心臓が止まるかと思った。
もう、どうしたらいいのだろう!
軽くパニックになったその時。
テェーナの荒い息遣いと、衣擦れのような音が、止んだ気がした。
え、もう、終わったの……?
そう思った瞬間、ベッドに仰向けで押し倒された。
いつもお読みいただき、ありがとうございます☆彡
本日バレンタインということで、活動報告でちょっとした診断を公開しています。
お時間ある方はのぞいてみてくださいネ。
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3258230/
それではお仕事&通学の方、気をつけていってらっしゃいませ。
家事の方は、頑張りましょう~!