理由
顔を赤らめた騎士は、こんなことを告白する。
「実は……わたしはとある貴族の三男で、両親から意に沿わない相手との縁談話をすすめられているのです。わたしは三男であり、結婚ぐらい自由にしたい。その気持ちを両親に分かってもらうため、家出中なのです……」
なんともピュア過ぎる理由で、聞いているこちらがもじもじとしてしまう。ただ、自由を求め、親元を飛び出したという点は、ここにいる全員の心を掴むことになった。
そもそも踊り子なんて、訳なしでやっている女性の方が少ない。つまりはみんな、訳ありだった。
子だくさんで親に娼館に売られそうになった。
人攫いから逃げてきた。虐待する親元から逃走した……みんな逃げ出したくなる理由があった。
踊り子には、稀に貴族の令嬢もいた。
いわゆる政略結婚で、後妻として、年の離れた男と結婚させられるのが耐えられないと、屋敷を脱走してきた……実はドナはこれだった。
ということで騎士の事情が分かると、ドナは彼を傭兵として雇うことを決めた。
そこで初めて、彼の名を知ることになった。
その名はマイク。
ファミリーネームはドナの方針で、名乗る必要はない。貴族だとこのファミリーネームですべてがバレるため、訳ありの時は伏せたくなるもの。この旅の踊り子のメンバーのファミリーネームを誰も知らないし、私自身も教えていなかった。
それにしても。
あの騎士の名が、マイクというのは、少し意外だった。
貴族であるし、あの容姿からすると、「ジークフリート」「アーサー」のような名前を想像したが、存外に普通。名はありふれているが、その容姿は類まれなものだった。しかも幌馬車に随行する形で騎乗していたが、その馬も大変秀麗。
体高は160㎝程で、芦毛だが、その毛はシルバーに見え、実に美しい。その馬に騎乗したマイクは背筋がピンと伸び、姿勢もよく、体幹の良さを見つけている。どう考えても王道の騎士であり、こんな騎士が護衛につくなんて、貴族のご令嬢……? と思うだろうが、幌馬車の中にいるのは、質素なワンピースを着た踊り子なのだ。すれ違う人々は、とても不思議に思っていることだろう。
こうしてマイクを護衛に幌馬車は進み、休憩となった。
休憩のため、幌馬車から降りる時は、従者兼御者の男性が手伝い、傭兵はノータッチ。ところがマイクは、踊り子たちが幌馬車から降りるのを手伝ってくれる。しかもそれは貴族の令嬢にするような、大変丁寧なもの。
私は従者の手で下りてしまったが、マイクに手伝ってもらったサチは「私、自分がお姫様になった気分」とウットリしている。
さらに、朝食も兼ね、パンとリンゴが配られたのだけど……。
皆、リンゴはそのままかぶりつく――つもりだった。だがマイクは手持ちのナイフで、器用にリンゴを切ってくれる。しかもなんだかウサギのような形に、皮を整えてくれた。皆がパンを食べている間に、全員分のリンゴをそうしてくれたのだから……。みんな大喜びだ。
女性の人気が急上昇すると、同性からのやっかみをうけそうだが、それはない。なぜなら自身はあっという間にパンとリンゴを食べ、率先して従者の代わりに馬の世話を手伝う。さらに別のタイミングの休憩では、傭兵に剣術を指導する。
こうなるともう、マイクは女性からも同性からも大人気となっていた。
「思いがけない拾い物をした気分だよ。どこまで護衛をしてくれるか分からないけど、できればずっと、あたし達と旅を続けて欲しいわね」
ドナにそう言わしめる程だった。
そんなマイクに護衛され、無事、ルイジ公国を抜けることができた。さらに日没前に、デュカン帝国へも到着。泊まった宿の主は、私達が旅の踊り子であると知ると、夕食での踊りの披露をリクエストした。勿論、お金を払ってくれる。
ただ、狭い食堂での披露なので、そこはドナとサチの二人が踊り、夕食の席を大いに盛り上げることになった。
私に踊りの出番はない。そこで喧騒が続く中、こっそり食堂を抜け出した私は……。