別れ
翌朝。
夜明けと同時に起き出し、出発の準備となった。
身支度を整えている時、アデレンがとても真剣な表情で、ドナと話している。
どうしたのかしら? まさか昨晩、私が見ていたこと、バレていないわよね……?
少しドキドキしながら、スモークブルーのワンピースに着替えた。
踊り子として興行の時は、煌びやかな衣装をまとう。
だが旅の最中は化粧もなく、服も地味。
それは女性が主体の旅であり、身の安全のため、そうすることが必要だった。
身支度が終わり、後はドナの合図があれば、部屋を出られる状態だ。
そこでドナがこんなことを発表した。
「……みんな、聞いてちょうだいな。アデレンとハミルは、ここで旅を終えることになったよ」
これには皆、ざわざわと反応することになる。
その理由をドナは「アデレンのお腹には、どうやらハミルの子供がいるらしい」と明かした。これにはみんな、「えっ!」と反応することになる。どうやら二人がそういう関係だったことを、みんな気づいていなかったようだ。
さらにルイジ公国に残るのかと思ったら、二人はエルロンド王国に戻るというのだ。そこで結婚式をあげ、腰を据えることを決めたという。
「仲間が減るのは寂しいこと。でもおめでたいことが理由だよ。ここはみんなで、笑顔で祝福してあげようじゃないか」
確かにドナの言う通りだ。そこで短い時間ながら、アデレンとハミルに別れを告げることになった。それが終わると、幌馬車に乗り込み出発かと思った。
ところが。
「すみません!」
低い声であるが、よく響く声音だった。
そしてその声を、私は知っている。
幌馬車の後ろから、こちらを覗き込むようにしているのは、あのブロンドの騎士だ。
改めて朝の光の中、その姿を見て息を呑む。
それは周囲に座る踊り子のみんなも同じ。
長身でスラリとして、着ているセルリアンブルーの上衣とズボンが目に眩しい。白シャツにコバルトブルーのタイ。タイに飾られている宝石の煌めきもすごい。つまりとても高級そう。シルバーグレーのベスト、ダークブラウンの革のブーツ。パールシルバーのマントも朝陽を受け、輝いていた。
着ている衣装もそうだが、その整った顔立ちにも目を奪われる。
昨晩、暗くて気づかなかったが、口元にほくろがあった。
それがなんとも色気があるというか……。
鼻の高さや青い瞳、シュッとした顎のラインよりも何よりも、そのほくろに目がいってしまう。
「な、何だい、お兄さん」
ドナが声を上擦らせながら、なんとか応じると、その騎士はこんな申し出をした。
アデレンとハミルがここでお別れとなることで、護衛を担う傭兵が一人になってしまう。そこでダメ元でドナは、宿の主に、この辺りに腕利きの傭兵はいないかと尋ねていた。この後、デュカン帝国へ向かうので、できればルイジ公国の人間以外の傭兵がいい……と、ドナは伝えていた。
するとこれから向かう、デュカン帝国との国境手前の村に、周辺国の人間を含めた傭兵のギルドがあるという。主に戦争のため、各国を渡るような傭兵が所属していた。そこならルイジ公国以外の傭兵もいる。そこでドナは傭兵を雇おうと考えていたのだが……。
なんと昨晩の騎士が「自分のことを雇って欲しい」と言い出したのだ。
どう考えても傭兵などではなく、きちんとした貴族に仕えることができそうな騎士。腰に帯びている剣には、宝石が見て取れるし、着ている服も上質だ。何より育ちの良さがにじみ出ている。
ドナは驚き、まず「騎士を雇うような金はない」と断った。すると騎士は「宿代と食事代、そこに少しの色をつけくれれば、それで構わない」と答えた。そうなると別の不安が生じる。
訳ありなのではないか。
つまり何かをやらかし、正統な騎士として貴族に雇われることが難しい。なんなら手配書が出回っているのではないかと。
するとその騎士は、なんとも顔を赤らめ、こんなことを告白した。