過去(4)
「誰かを幸せにすると、自分も幸せな気持ちになれます。ですから私は占いを通じ、誰かを幸せにしたいです。少しでも多くの人に、幸せになってほしい。そして温かい優しい気持ちで、心を満たし、幸せに生きていきたいです」
――なるほど。まだ若いながらも、さすがマーサの弟子だ。よかろう。その望みのために、我の力を貸そう。
「ありがとうございます!」
返事をして瞬きをした次の瞬間。
部屋に戻っていた。
「どうやら精霊に会えたようだね。ということは、ミーシャはこの水晶玉が使えるわけだ。これなら安心だ。明日からはミーシャに、店を任せたよ」
マーサにそんな風に言われた、翌日。
初めて、来店した女性を占った。
黒に近い紺色のフード付きのローブで、身分を隠すようにしているが、ローブの裾から見えているドレスのレース。豪華な飾りがついたパンプスから、彼女が貴族の令嬢であると分かった。
これには驚いてしまった。
街の一角にある占い屋なのに。その建物も、店の様子からも、貴族が来るようなお店には思えなかった。だがマーサの占い屋には、貴族まで足を運ぶ。
その事実に驚愕したが、それだけではなかった。
貴族の屋敷にマーサと共に呼ばれ、占いを披露することになったのだ。
私にとって貴族のお屋敷は、宮殿みたいだった。占いを披露すれば、私がまだ子供だったこともあり、お菓子ももらえた。時にはぬいぐるみやお人形、高そうな宝飾品やお古だという、子供用のドレスまでもらったこともある。
これにはもう驚き、でもそれぐらい自分の力を使うことで、相手が喜ぶと知り、嬉しくてたまらなかった。
こうしてマーサと共に占い師として働きだし、多くの人を占い、彼らから感謝されることで、私は確かに笑顔になり、幸せな気持ちになれた。持続する、心が優しく満たされる幸せ。この状況に私は、とても満足していたのに。
マーサまで、母親と同じ場所に旅立ってしまった。
もうその時は悲しくて、悲しくて。
占い師を続ける気持ちになれなかった。それなのに。なぜかそう言う時に限り、多くの客が店にやってくるのだ。しかも皆、真摯な思いを抱えている。無下になどできない。
気づけばマーサの死を乗り越え、新たなるこの街の占い師として、私は多くの顧客を抱えるようになった。その中には、マーサから引き継ぐことになった王族も含まれていた。
その王族からは、王室お抱えの占い師になることを、何度も請われている。でもそれは断り続けていた。「幅広い人物を占わないと、能力が落ちる」ということにして、王族にはなんとか納得してもらっている。
でも本当は違う。
水晶玉にいる精霊に私は「少しでも多くの人に、幸せになってほしい」と伝えている。王室のお抱えの占い師になれば、それは王族ばかり占うことになるだろう。それは私の望むところではない。
さらに言えば、今の私が置かれているこの状況。王太子からの突然の求婚。
これが意味することを、私は考えた。
切れ者であるハロルド王太子は、王室お抱えにできないならと、自らの婚約者に私を据え置き、そして占いの力を利用しようとしているのではないか? そうでなければ占い師と結婚なんて、考えるはずがない!
その上で、タロットカードで自分を占ったところ、旅立ちを意味するザ・フールのカードを引いた。さらに占星術では、サハリア国を目指せと出たのだ。こうなったらこの街を、エルロンド王国を出るしかない!
こうしてサチ達旅の踊り子に声をかけ、動き出したわけだ。
ハロルド王太子は機動力もあり、賢いが、なんといってもその立場がある。病ということで伏せていた期間もあり、執務はたまっているはず。だが自身の身動きがとれないなら、存分に権力を振るえばいいのに。
手配書を国中にばらまき、国境を押さえる――そのことを自身の近衛騎士隊長が提案しても、「ハーツ、そんなことをしても無駄だろう」と答えている。これが意味すること、それは追っ手がこない、だ。ようするに捜索はされない。つまり、私は予定通り、サハリア国に無事辿りつける!
そう思っていたが……。