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千の夜の約束

 「あ……」

 「お前が望むなら、彼らの居所を突き止め、保護する事も可能だ」

 ライラの目が、一瞬ハッと見開かれた。

 だが、すぐに考え込むような顔で、思いついた疑問を口に出す。

 「でも……保護って、どこで……?」

 彼らの――ライラの生まれ育った村はもうすでに無く、おそらく彼らの肉親ももう生きてはいまい。

 「それに……」

 ライラ個人の話であれば、取り敢えず身内の者さえ無事ならそれで良い、というのでも許されたかもしれない。人が一人で抱え込めるものなど所詮タカが知れている。

 多くのものを抱え込もうと欲張れば、むしろ身を滅ぼすだろうから。


 でも、ライラは指輪を受け取った。

 仮にも王たる者が、個人の感情だけで動いたらどうなる?

 ライラには難しいことは分からないけれど、それがあまり褒められた事ではない事くらい理解できる。


 救うなら、ゼロか、全てかのどちらかしか選べない。

 本心を言えば、今すぐにでも助けてやりたいけれど……。


 「もっと、ちゃんと勉強して、きちんと力をつけて、それから、彼ら全員を助けられる方法を見つけるまでは……やめておきます」

 まだ、名前ばかりで何をしようとしても力不足だ。

 幸いにも、時間だけは沢山出来た。今は無理でも、十年、二十年後には可能かもしれない。

 「……そうか」

 彼は、少しだけ嬉しそうに笑った。

 

 「おっ待たせ〜」

 頃合を見計らったように、穴の外からリーの声が降ってきた。

 「上宿確保してきたわよ」

 「では、行くか。お前も流石に疲れただろう、今夜はしっかり休むといい。明日からは、俺が責任を持ってビシビシ指導してやるからな。覚悟しておけよ?」

 そう言って笑った彼に抱えられ、ライラは三度、その穴を抜け、外へ出た。



 「……、あ、あぁ、危ねぇトコだった。危うく食われるかと」

 階段半ばで、ぜえぜえと荒い息を吐く男は、ニヤリと彼女を見下ろした。 

 「な……、何よ。失敗したなら、契約不履行、契約は無効よ!」

 ワルダは、階段の隅に追い詰められながらも言い返す。

 「いや? 俺との契約は、俺があの二人から指輪を奪う代わりにお前の魂を差し出す事。特に期限は定めてねぇからな? 残念ながら契約はまだ有効だ」

 まあ、確かに今回は失敗したから、まだお前の魂を食うわけにはいかねえがな、と背筋が寒くなるような笑みを浮かべて彼は言った。

 「付き合ってもらうぜ、とことんまで。奴らの周りに面倒なのが集まり切る前にもう一度、隙を見て娘を襲うんだ。さあ、来い」

 「やっ、ちょっと……離してよ!」

 ワルダは必死に暴れるけれど、悪魔の握力に、人間の女の力がかなうはずもない。

 彼女の悲鳴だけが、長くその場に響き渡った。




 「……ん、ねえ、何か聞こえなかった?」

 ライラが首を傾げる。

 「そうか? 気付かなかったが」

 吸血鬼の彼の聴力は、ライラより遥かに優れている。その彼がそういうのだから、きっと自分の気のせいだろう。

 ライラはそう納得した。

 「ところで、もう、自分で歩けるから、下ろして!」

 あの大穴の高低差を、ライラ一人で越えるのは難しく、だからそこまでは大人しく彼に身を任せていたけれど。

 聖典の掟に従い、通りにはすでに人気はないが、周りの建物には明かりが灯り、人の気配がする。ひょいと窓から顔が覗けば、彼らから今のライラの恥ずかしい姿は丸見えだ。

 「もうすぐ宿に着く。それまで待て」

 「ふふふ、ライラちゃん、ほら、膝と……肘……他にもほら、こことか、怪我してる。それに、履き物もどこかに落としてきたでしょ? 素足で歩かせて怪我を増やさせたくないのよ」

 だから、もう少し我慢してあげて? と、リーに諭され、ライラは仕方なく口をつぐんだ。


 案内された宿は、高貴な身分の人間が泊まるような豪奢な建物で、それはこれまで使ってきた簡素な宿とは別物だった。

 ライラは、リーに服を剥かれ、数時間前のあれを再度繰り返すように念入りに磨かれ、着せ替えられ、かなり強引に部屋へ押し込まれた。


 「んじゃ、朝までに彼女の身の回りの色んな物を調達してくるから。どうぞごゆっくり」

 ひらひらとわざとらしく手を振って、彼女はパタンとこれみよがしに扉を閉めた。


 部屋は、とても広かった。

 これまで見てきた宿の部屋が余裕で四つは入りそうな部屋なのに、なぜかベッドはひとつしかない。

 ……いや、その一つのベッドはとても広くて、詰めれば大人三人は寝られそうだけど――。

 「……リーめ。やっぱりアイツに任せたのが失敗だったな」

 アルフレートは恨めしそうに閉じた扉を睨んだ。


 「えっと……、これは……」

 本当なら、今頃はあの男とこういう状況になっているはずだったのだから、ライラも詳しいことは分からずども、これがどういう状況なのかくらいは理解できる。

 「……頼むから、そうあからさまに固くなるな。心配しなくとも、俺はどこか他所で寝る」

 彼はそう言って立ち上がり、たった今リーが閉じた扉の取っ手に手をかけ――ぴくりとこめかみを引きつらせた。

 「……リーめ」


 低い声を出した彼は、今度は窓辺へつかつか歩いていき、留め金に手をかけた。

 「……リーめ」

 しかし、彼はさらなる低い声で呻き、頬を引きつらせた。


 ……彼の様子から察するに、どうやらリーによってこの部屋に閉じ込められてしまったらしい。


 「ライラ、俺は床で寝るから、お前が寝台を使うといい」

 アルフレートは頭痛をこらえるように頭を押さえて言った。

 「え……、でも」

 「ライラ、昨日俺が言った事を忘れたのか……?」

 「わ、忘れてません……」


 『俺は吸血鬼だがな、そう言う意味では、人間の男となんら変わりはない。俺はずっと、血の渇きと共に雄としての本能も抑えていた。……だが、ここまで無防備に迫られれば、理性のたがが外れるのも無理はないと、そうは思わないか……?』


 彼は確かにそう言った。けれど……。

 「だけど、私も言いました。私は、あなたが好きだと」

 その上で、彼と同じ時間を生きると決めたのだ。

 それは、つまり――。


 「私には、それを報告するべき家族はもう居ません。でも、もうさっき誓いは立てましたから」

 千と一夜、その先まで続く夜の、今日がその始まり。初めの夜。


 「一緒に居てくれると、言ったでしょう……?」

 ライラは、彼に手を差し出した。

 アルフレートは一度天を仰いでため息をつき、それから苦笑を浮かべてその手を取った。

 「そうだな、言ったな。ついでに、全部俺が教えてやるとも言ったな」


 アルフレートは改めて意地の悪い笑みを浮かべた。

 「……なら、明日と言わず、早速覚悟して貰わないとな」

 アルフレートは彼女の唇に口付けを落とした。

 

 これから先続いていく、幾千の夜の約束。

 「この命尽きるまで、全身全霊をかけてお前を愛すと、今ここで神に誓おう」

 彼は、もう一度ライラに口づけを落とし――



 翌朝意気揚々とやって来たリーに冷やかされる事になるのは、また別の話である。

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