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新たな約束

 「同じ時間を生きる……? それは……つまり……」

 人間の寿命は長くとも百年前後。そしてあのソロモン王でさえ、それを越えることはできなかった。

 だが、彼はすでに数百年の時を生き、これからまださらに数百年の時を生きるという。

 その彼と、同じ時間を生きるという事は――

 「私も……、あなたと同じ吸血鬼に……?」

 なって欲しい、と、そういう事なのだろうか?


 しかし、アルフレートは首を横に振った。

 「いや、その必要はない。ただ、本来の老化速度を極端に遅くして、寿命を引き伸ばす。だから、お前は人間のままだが……長く生きる分、他の多くの人間たちを見送っていかなければならなくなる」

 けれど、ライラが親しくしていた人たちは、あの「赤竜の牙」に殺されてしまった。

 でも、もしかしたらこの先、新しく出会い、親しく付き合える人物に出会えるかも知れない。その人たちは、きっとライラより先に逝ってしまうのだろう。

 「だけど、あなたはずっと一緒に居てくれるんでしょう?」


 なら、ライラが選ぶ答えは一つだけだ。

 「幾千の夜も、あなたが居てくれるなら怖くない。だから、いいよ」

 ライラは彼に手を差し出した。

 「ずっと一緒に居てくれると約束してくれるなら、私は百年でも二百年でも、あなたと共に生きると約束する」

 はっきりと、誓いの言葉を口にする。

 「ああ、約束しよう」

 アルフレートは眩しいものを見るような目でライラを見上げ、そっとその手を取り、その甲に口付けを落とす。

 

 アルフレートは、己の手首に牙を立て、自らの血を啜り上げて口に含んだ。

 怪我をしていない方の手でライラの頬に触れ、ぐっと顔を近づけた。

 思わず目を閉じたライラの唇に、柔らかく温かいものが触れ、そして口腔に鉄錆に似た血の味が広がる。


 それをこくりとライラの喉が飲み下したのを確認した彼は、もう一度軽く彼女の唇に口づけを落とし、間を置かずに彼女の首筋に牙を立てた。


 一気にライラの体が熱くなる。

 街中とはいえ、夜は冷える。だが、その冷たさがむしろ心地よく感じるほど、全身が熱い。


 「……大丈夫か?」

 昨日、最後だと思って吸血したばかりである。

 アルフレートは必要最低限の量だけに留めたつもりでも、彼女にはかなりの負担のはず。

 そう思って気遣いの言葉をかけるが、彼女は―ー

 「それは、こっちのセリフです」

 と逆に問い返してきた。


 「ああ、問題ない。元々傷自体は大した事は無かったんだ。だが、俺の体はやはり魔物のものだ。聖なる武器によるダメージは俺にとっては毒に等しい。しかし、血を飲んでその毒のダメージも回復できた。もう、大丈夫だ」

 そう言ってアルフレートは立ち上がる。その様子に無理をしている感じはもうない。

 

 「さあ、新たな城を築くにも、新たな臣下を集めるにも、まずはあいつをさっさと片付けてしまわなければな」

 ライラを抱え、、アルフレートは大きく崩れた通風孔へと身を踊らせた。


 「――悪い、待たせたな」

 大きな風穴が空いたせいか、あの嫌な空気が少し和らいだ気がするが、にらみ合う両者の間に漂う空気の緊張感は先程よりも遥かにピリピリと張り詰めている。


 けれど、アルフレートの声が響いた途端、その空気が一気に動いた。

 アルフレートは壁際にライラを下ろし、リーに目配せをする。

 リーはアルフレートと入れ替わるように後ろに下がってライラの前に立ち、アルフレートはベヒモスとカインの間を抜けて、悪魔の前に立った。


 ベヒモスとカインはそろそろと後ろへ下がり、リーを庇うように立つ。

 「あれはそうとう怒ってるわね」

 「……ってことはアレが出るか?」

 「うへぇ、またしばらくまともに飯が食えなくなるぜ」

 げんなりした顔をするベヒモス。


 ――アルフレートの赤い竜がぱくりと悪魔を喰らい、怯えた男二人が腰を抜かして床にへたりこんだのは、その直後のことだった。

 

 彼ら程ではないにしろ、青い顔をしたベヒモスとカインが、アルフレートに場を譲り、その場に膝をついた。

 「リー」

 アルフレートに名を呼ばれたリーは、それだけで全てを理解し、へたりこんだままの男たちの前に立った。

 「悪いけど、今夜のことは綺麗さっぱり忘れてちょうだいね?」

 彼らの前で微笑み――


 アルフレートが、彼女の姿を隠すようにライラの前に立った。


 「さて、ではベヒモス」

 アルフレートは彼を振り返ることなく、ライラの前に立ったまま、彼の名を呼んだ。

 「まずはお前に、新王誕生の一報を皆に知らせると共に、新たな臣下を求めていると情報を広めるよう命じる」

 「――御意に」

 彼は跪いたまま、さらに頭を下げて首肯する。

 「そしてカイン、新たな城を定めるまで、王のための仮住まいの提供と、食事の世話を命じる」

 「――御意」

 彼もまた、先日の少々不遜な態度が嘘のように、そう答えた。

 「そして、リー。お前にはライラ付きの侍女として、彼女の身の回りの全てを任せる」


 「あら、アタシでいいの?」

 にんまり楽しそうに微笑む彼女を、アルフレートは軽く睨んだ。

 「お前より相応しいと思えるものが現れたら、即交代させるぞ」

 「あら、じゃあその前に、ライラちゃんには色々教えてあげなきゃね?」

 悪戯っぽく微笑み、ライラに抱きつく。

 「アレやコレやのコト、ライラちゃんってば殆ど知らないでしょ? うふふ、おねえさんが手とり足とり優しく教えてあ・げ・る」

 「リー!」

 

 「んじゃ、俺は先に戻るぜ。本格的に嬢ちゃんや、これから集まってくる連中を住まわすなら、さすがにちゃんと手を入れないとだからなぁ」

 傍から見るとじゃれあいにしか見えない、アルフレートとリーの争いを尻目に、カインが立ち上がり、彼らに背を向ける。

 「なら、俺も行くぜ。頼まれた仕事を片付けちまわねえとな」

 そして、男二人の襟首を掴んで引きずっていく。

 「ついでにこいつら、表に捨てて来といてやるよ」

 

 「じゃあ、アタシたちはひとまずどこかに宿をとりましょうか。ライラちゃん、ひどい格好だもの。お湯を使って着替えないと。それに、もしかしてここに着いてからまともに食べてないんじゃない?」

 リーはちらりとアルフレートに視線を流す。

 「……分かった。取り敢えずこいつで泊まれる宿を確保して来い」

 アルフレートはずしりと重い革袋をリーに投げ渡した。宙を舞う袋の中からチャリチャリと金属の触れ合う軽い音が響く。

 「りょーうかーい!」

 わざとらしく間延びさせた声を残し、彼女もまた部屋から出ていった。


 必然的に、部屋に残されたライラはアルフレートと二人、静かになったそこに立ち、ぼんやりとリーの出ていった通風孔の大穴を眺めた。

 「……あ、ベヒモスさんとカインさんにお礼を言うの忘れてました」


 そもそも、ライラが閉じ込められていた部屋からここまで来れたのは、彼らから渡されていた物のおかげだった。

 「……すぐにまた、会う事になる。その時に言えばいい」

 そして、アルフレートは改めてライラに向き直った。


 「ライラ、お前は王だ。お前が望むなら、大概のことは叶うだろう。……お前の村の子どもたちの事も」

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