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新たな王の誕生

 「ライラ、俺の新たな主になってくれるか……?」


 その言葉がライラの鼓膜を震わせたとき、ライラは純粋に嬉しいと、そう思った。アルフレートがライラを選んでくれた。この胸の内に灯った恋という名の炎を封印せずとも良いのだと。

 ……しかし、その言葉がライラの脳に浸透する頃には、同時にとてつもない恐怖も感じた。

 

 全ての天使と、神に忠誠を誓った魔物を従える、王――。

 ライラは、貴族の娘ではない。それどころかどちらかといえばそう裕福ではない遊牧民の村の、ごく一般家庭の娘だ。

 ライラに出来る事なんて、せいぜい家事と子守りと簡単な雑用くらいのもの。教養なんて全く無いし、お行儀だってさっぱりだ。

 それが、王だなんて……。それも、あの伝説の王と名高いソロモン王の後継……?


 この指輪を手にするだけで、本当に天使や悪魔がライラに従ってくれるのか……。

 こんな小娘に使われるなんて、彼らを怒らせてしまいそうな気もする。


 その、あまりに美しく、あまりに魅惑的な輝きに、ライラの心は惑う。

 胸の高さまで上げた右手を、そこからほんの少し前に出す――その勇気が出ない。


 でも、それを差し出すアルフレートの目を見てしまったら、簡単に断ることもできなかった。

 ……彼が、その後継を探すのにどれだけ苦労したのか、そのほんの断片的な心を、ライラは以前聞かされた。そんな彼がようやく見つけたと思ったワルダに期待を裏切られたその失望は、彼の心にどれほど重く伸し掛ったのだろう?


 ライラを見つめるその目の奥に隠された、ほんの少しの怯え。

 もしもライラが今ここで断ったら、彼はまた果てのない旅を続けなければならないのだろうか?

 それに何より、目の前に差し出された、彼と共に居られる未来を自ら放棄するなんて、そんな勿体無い事はとても出来そうになかった。


 ゆっくり手を前に出し、差し出された彼の手の上で、再びライラの手が止まる。

 後ほんの少し手を下に下げれば、指輪にライラの指が触れる。

 だけど、そのほんの少しの距離が、ライラにとっては果てしなく遠く感じる。


 ただこれだけの距離を詰める、その覚悟。


 いつの間にか止めていた呼吸に、心臓が抗議するように大きく脈打ち、耳の奥でドクドクとやけに大きな脈の音が聞こえる。


 「ライラ、もしもお前が望むならば、俺は、俺の持てる限りの力の全てでもってお前の補佐をしよう。お前に足りないものがあるなら、俺が補ってやる。ただ、王として立つ、その覚悟さえ負ってくれるのなら、知識も礼儀作法も、他全て、これから身につけていけばいいことだ。……もちろん、俺が責任もって指導してやる」


 ライラの恐れの理由は、どうやらアルフレートにはお見通しだったらしい。


 そして、彼が示した未来は、ライラにとっては夢のような話だった。

 何も諦めなくても良くて、何も我慢する必要もなくて。もちろん、ものすごく大変な努力をしなければならなくはなるだろうけれど、その結果得られるものの大きさを考えれば、ひどくちっぽけな心配に思える。


 ライラはごくりと唾を飲み込み、意を決してその指輪に触れた。

 

 アルフレートは、そのライラの手を指輪ごと包み、その場に跪いた。

 「我が名は、アルフレート。“赤竜せきりゅう”の名を二つ名に頂く者。我が名を以て主に忠誠を誓い、我が身の全てを捧げることをお約束致します」

 そっと手の甲に口づけを落としてから、アルフレートはするりと、指輪をライラの左薬指に嵌めた。


 どう見てもライラの指には大きすぎる男物の指輪――だったはずが、不思議なことに、指の定位置におさまる頃にはぴたりとライラの指にちょうどいい大きさと重さのものに変わっていた。


 「さあ、なんなりとご命令を、我が主」

 アルフレートがライラを見上げる。

 「……それよりも、怪我は? 大丈夫なの?」

 彼が吸血鬼であり、並の怪我でどうにかなる存在ではないと知っているライラだが、聖なる剣とやらで負わされた傷だ、普通の怪我ではない。

 「ふん、さすがにいつものようにはいかないが、2,3日もあれば塞がる。大したことはない」

 彼は何でもない事のように言うが、しかしその爛れた傷は見ていて痛々しい。


 「それより、ここは空気が悪い。とっととこんなところは出て、どこかもっとマシな場所へ移動しよう」

 アルフレートは怪我をしていないほうの手をライラに差し出した。


 「……待て、貴様。ソロモン王だの何だの、そんな眉唾話を信じて、吸血鬼などという魔物を野に放つわけにはいかん。もし今の話が本当だと言うなら、我らが聖堂に来い。本当にソロモン王の後継だというなら、我らにとっても大事な聖人。むしろ我らの上に立っていただくべき方ではないか」

 そう言って、彼は無理やり貼り付けたような笑みを浮かべた。

 けれどその目は全く笑っておらず、瞳の奥では嫉妬や欲、羨望がぐるぐると渦巻いている。

 薄寒い気分になるその笑みのまま、彼はライラに手を伸ばした。


 「さあ、娘、私と共に来るのだ!」

 「――させるか!」

 当たり前のように、アルフレートは男とライラの間に割って入り、その手を叩き落とす。


 「……ああ、そうだとも。連れて行かせるわけにはいかん。何しろそれは、私の物なのだからね」

 ピリピリと空気が緊張に尖る中、少々間の抜けた、それでいて背筋を寒くさせる声が、新たに割って入った。

 「旦那様!」

 真っ先に叫んだのは屋敷の使用人だ。

 訳も分からぬまま妙な場面に居合わせることになってしまった哀れな男は、自らの主人に救いを求めるような視線を向けた。

 だが、彼はそれを一顧だにする事無く、にたりと嫌な笑みを浮かべた。


 「娘、お前は私の物、そしてお前の物は私の物、つまりその指輪は私のものだ。……その邪魔な指輪、お前の肉体ごとろうてやろう」


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