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ワルダの懸念

 何だか、部屋の外が騒がしい。

 ワルダがそう気づいたのは、あの娘の部屋から自室に戻ってしばらくしてからの事。

 程なく、部屋の扉が叩かれた。

 「失礼、この部屋に先ほどの小娘がやって来たりはしておりませんよね……?」

 屋敷の使用人が、おずおずと尋ねる。

 「……まさか、逃げたの?」

 「いえ、扉には間違いなく頑丈な施錠がされ、見張りも居りました。……しかし、部屋から忽然と姿を消したのでございまして」

 そう自ら口にしながら、自分でも信じきれていないように、自信なさげにそう説明されたワルダは、

 「そう、……悪いけれど、ここに彼女は居ないし、もちろん彼女を見かけたりもしていないわ」

 と答えながら、素早く考えを巡らせた。


 ワルダも、先程彼女の部屋を訪ねた際、その頑丈な施錠と見張りの存在を自分の目で確かめている。確かに普通の少女が突然部屋から消え失せるなど、お伽噺じゃあるまいし、有り得ない。……しかし、彼女はあのアルフレートと共にこの屋敷にやって来た。それだけでもう、“普通の少女”ではない。

 「あの娘……、あいつの居場所を気にしていたわね」

 どんな手段を用いて部屋を脱出したかは知らないが、彼女が向かう先だけは容易に想像がついた。


 すでにいつもの方法で彼女に脅しをかけた後だが、まだ完全に懸念がはれたわけではなかったところだが、もしも彼女があいつと共に滅ぼされてくれるなら、願ったり叶ったりだ。

 そう思うが、この部屋に居ては地下牢の様子など一切分からない。

 自分の与り知らぬところで現時点で最大の懸念が巻き起こす騒動が進む。

 それが我慢ならなくて、ワルダは部屋を飛び出した。


 居なくなった少女を探して右往左往する使用人たちを尻目に、ワルダは知らぬふりをしながら楚々と廊下の端を慎ましやかに歩き、一瞬だけ彼らの目を盗んで、その暗く空気の悪い地下へ続く階段に足をかけた。


 そして、階下の騒ぎの中で聞こえてきたその言葉に、ワルダは慄然とした。


 「――俺は、かの神の預言者であり、天の使いも魔のものも従えし偉大なるソロモン王の臣下、アルフレート。王の最期の命により、かの王の後継たる新たな指輪の主を探す者。そして今ここに、アルフレートの名を以て、この娘、ライラを、我が主として認め、その手足となり、剣となり、盾となろう」


 ワルダは思わず自分の胸元を飾るペンダントに触れた。

 『実はかの有名なソロモンの――かの偉大な王と共に聖典に記されたあの、指輪なのだとか――』

 あまりに胡散臭い話だと、あの時は思った。

 いくら聖典に記された事とはいえ、あまりにお伽噺じみた話だし、まさかそれほどの貴人が身に着けた宝玉などが、そうほいほい出回っている訳が無い。……そう、思ったから。


 なのに、まさか……。

 (そんな身近に、本物があっただなんて)


  「お前がこの指輪を受け取り、王として立つ覚悟を負うならば、お前は神の教えに従う全ての魔物と、天の使いを従えるだろう」

 

 続いて聞こえたその言葉は、ワルダの耳に甘露のように響いた。

 天使に、悪魔を従える王――! 王というなら、もちろん貴人、それもその頂点に立つものだ。

 当然だが労働とは無縁、それどころか誰に媚びることもなく、この国一番の贅沢な暮らしができる。

 一気に舞い上がった気分に、しかし次の瞬間頭から冷水をかぶせられた。


 「俺は、一度ワルダを次代の王に据えるつもりで、しかしそれを彼女に告げる前に、あの盗賊どもに彼女を奪われ、その行方を追っていた。……しかし、彼女は既に王たる最低限の資格すら自ら捨ててしまった


 思わず息を詰めたところへ、さらに聞き捨てならない台詞が追い打ちをかける。


  「ライラ、俺の新たな主になってくれるか……?」


 ――冗談じゃない。ワルダは咄嗟に強くそう思った。

 (全く、本当にあの男が連れてくる女は油断ならないわ!)

 これまで、全ての邪魔者を、すべからく排除してきたワルダだったが、しかし現状はこれまでの方法は全く通用しない。

 部屋の中の気配を探れば、アルフレートの他に、すでに聖職者が居て、彼をここへ案内したのだろう屋敷の使用人も居る。

 ワルダにどうこうできる相手ではないし、下手をすればワルダの方が窮地に立たされかねない。


 あれだけはっきり否と言ったのだ、アルフレートはもう、むしろ邪魔だし、「ソロモン王の指輪」などという代物は聖職者にしてみれば垂涎の品に違いない。

 (……なんとか、指輪だけでも手に入れる方法、何かないかしら)

 ワルダは必死に頭を働かせ、考える。


 「――ワルダ、お前こんな所で何をしている?」


 あまりに必死だったせいか、その気配に気づくのが、遅れた。

 「旦那様……!」

 彼の屋敷であるとはいえ、その主たる彼が居るはずのない場所で、彼は不審な目をワルダに向けた。

 「どうして……」

 どうしてこんなところにいるのか。そう尋ねようとしたワルダの声は恐怖と緊張で掠れた。

 

 「吸血鬼退治の現場など、滅多に見れるものではあるまい? せっかくの機会だ、話のタネに、高みの見物を決め込もうと思ってな。……それで、お前はこんなところで何をしている?」

 ワルダよりも高い段に居る彼の目線は常より高く、ワルダは彼を見上げるのに首をだいぶ後ろに倒す必要があった。

 そして階下まではまだ距離も高低差もある。

 ワルダは、男の不気味な笑顔に震え上がった。


 「しかし……、お前のそのいい感じに薄汚れた魂、なかなか美味そうだ。どうも吸血鬼狩りは上手くいかなかったようだし、私としては第二のソロモン王など不要、どころか迷惑極まりない」

 ニヤリと笑った男の目が、暗がりの中で赤く灯った。


 「――娘、俺と契約を交わせ。その魂と引き換えに、お前の願いを一つだけ、この私が叶えてやろう」

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