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ライラの選択

 うっそり微笑むその笑顔は、とても美しかった。だが、その裏に潜む毒を、ライラは敏感に感じ取る。

 いや、毒があるからこその美しさと言ってもいいかもしれない。

 毒花の艶やかさを存分に引き立てる扇情的な衣装を身にまとい、大粒の宝石をいくつもつけて、彼女は扉を背にして寄りかかるように立ち、ライラを上から見下ろした。


 「あなたが……ワルダさん?」

 「ワルダ様とお呼びなさい、薄汚い小娘。私は、このお屋敷で飼われている娘たちの頂点に立つ者。ご主人様や、ご主人様のお仕事を手伝う上級使用人にならともかく、私と同じ立場の、それも最も下位の女にそんな呼ばれ方をされる筋合いはないわ」

 その口から吐き出した罵り文句の通り、何か汚いものを見るような蔑みの目をライラに向け、ワルダは命じ、そして改めて口を開いた。

 「それにしても、あの男――モハメドはどうしたの? 何で彼と一緒にいたの?」 

 「モハメドは……あの人が所属していた盗賊団、『赤竜の牙』を裏切って、勝手に私を連れ出したから……多分、もう生きてはいないだろう……って……。アルフレートさんは、困っていた私を助けてここまで連れて来て下さった恩人です」

 「ふうん、恩人ねぇ……? 彼が、何者なのか知らないわけじゃあなさそうだけど……」

 ライラの首筋に残った牙の痕を眺め、ワルダは不快そうに顔を歪めた。


 「アルフレートさんは、あなたをずっと探していたんだって、そう言っていました。なのに……、あなたはここから逃げたいとは思わないんですか?」

 「思わないわね。だって……ここに居れば、辛くて苦しい労働なんてしなくても綺麗な服が着られて、美味しいものが食べられるの。今更吸血鬼の花嫁だなんてごめんだわ」

 躊躇いもなく言い切り、笑う。

 「でも……あの男がもうこの世に居ないというなら、あれももう無効よね」

 ――俺の商売の邪魔だけはするな。くれぐれも、ここのご主人が金を納めてくれるまでは商品を傷つけてくれるなよ……?

 そう言った男が消えたなら、その約束も無効だろう。笑みを深め、ワルダはライラに牙を剥いた。


 「随分と綺麗に支度をして貰ったのね。まあ、せいぜい頑張るといいわ。なにせ、今夜の成果次第で今後の未来はほぼ決まってしまうのだもの」

 どう言う意味かと怪訝な顔をしたライラを、ワルダはねずみを前に舌なめずりする猫のように愉快げに笑う。

 「もうじき、あなたは旦那様の寝室へ招かれるわ。そこで旦那様のお気に召されれば、二度、三度と寝室に招かれ、この私と同じように、綺麗な服で着飾って、美味しいものが食べられるわ」

 ぴくりと彼女の体が一瞬強ばったのを見て、ワルダはここぞとばかりに畳み掛ける。

 「でも……旦那様に気に入らなければ、下働きの使用人にも劣る奴隷同然の扱いになる。当然服なんてボロ切れ一枚与えられたらそれきりだし、食事も干からびたパンだけだと聞いたわ」

 そんな扱いの少女たちを憐れむような仕草をしながら、彼女の瞳は笑っている。

 「せいぜい、大人しくしている事ね。あなたはただ、旦那様のご機嫌を損ねないよう、じっとしていればいいの」

 そっと、甘い声音で囁く。

 「大丈夫、たった一晩よ。一晩耐えれば、後は楽な暮らしが出来るのよ」

 痛みも苦しみも辛さも、それを思えば安いもの――。

 ワルダはそう、ライラに教え諭すように甘く囁いた。


 今晩――。覚悟していたつもりが、実際にそう告げられ、ライラは恐怖に身を竦ませた。


 「そろそろ、お呼びがかかる時間ね。じゃあ、私はこれで失礼するわ」

 望みの反応をライラから引き出したワルダは、揚々と部屋をあとにしようと、扉に手をかける。


 「……待って!」

 だが、ライラは慌てて彼女を呼び止めた。

 「あの人は……? アルフレートさんは、今どこに?」

 「さあ? 多分屋敷の地下牢じゃないかしら? 聖職者が来るまで、うかつな事はできないものね」

 迷惑そうな顔でそれだけ答え、今度こそワルダは部屋を出ていく。


 パタン、と狭い部屋に扉の閉まる音、そして錠が落とされる音が虚しく響いた。


 「地下牢……」

 聖職者を呼ぶと言っていた。……彼を、退治するつもりなのだろうか?

 しかし、彼は神に忠誠を誓っている。かのソロモン王の側近として仕えていたのだ。

 そんな彼が、そこらの聖職者ごときにどうにかできるものだろうか?

 (でも、ここは都……)

 門をくぐり、この屋敷に着くまでの道のりだけでも、他のどの街より栄えていたここには、きっと一流の聖職者が集まっている。

 どちらにしろ、地下牢だなんて……。


 「――助けなきゃ」

 ……でも、どうやって?


 部屋の扉は鍵が閉まっている。窓もない。

 例え扉を破ることに成功しても、あの迷路のような通路。この広い屋敷のどこに問題の地下牢があるのか、ついさっきこの屋敷に足を踏み入れたばかりのライラには全く分からない。

 ライラが一人でうろうろしていれば、あっという間に屋敷の人間に捕まってしまうだろう。

 万が一、運良く誰にも会わずに上手いこと地下牢を見つけることができたとしても……牢、というからには当然、この部屋の扉にかかっているものより遥かに頑丈な鍵がかけられているはず。

 それをどうにかしない事には、助けに行った意味がない。


 解決しなければならない難題が多すぎて、ライラは頭を抱えた。

 「どうすれば……」

 ――と、ふと頭を抱えた手に、冷たい感触が触れる。


 「これは……」

 カイムにもらった髪飾りが、淡く光っていた。

 「何……?」

 それに呼応するように、胸元に何か熱を感じ、ライラはそれを取り出した。

 「これも光って……」

 ベヒモスからもらった牙のペンダントもまた、髪飾り同様淡い光を明滅させていた。


 「もし、もし」

 どこからか、小さなささやき声が聞こえてくる。

 きぃきぃ甲高い声。


 ごそごそと、寝台の下からごそごそと物音がする。

 ひょいっとシーツをめくって覗いてみれば、くりりとした瞳でこちらを見つめる――

 「ねずみ……?」

 まさか、今のは……

 「こっち、こっち」

 体躯の立派なねずみが、つたないながらも言葉を話し、前足で奥の壁を指差している。


 そこには――

 「抜け穴……?」

 大人では通り抜けられないだろう、ライラでもギリギリ通れるかどうかという狭い穴。

 「でも……、今は贅沢言ってる場合じゃないよね」

 ライラは、邪魔になりそうなアクセサリーや邪魔な布を放りすて、ベッドの下に潜り込んだ。


 ライラを案内するように前を行くねずみを追いかけ、埃っぽい穴の中をほふく前進しながら進む。

 髪飾りとペンダントを握り締め、ライラは光のささない暗闇の中で祈る。


 (どうか……間に合いますように……!)

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