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突きつけられたもの

 これまでの街も、砂よけ、獣よけ、盗賊よけのための壁が、街をぐるりと取り囲む様は目にしてきたライラだったが、それを見上げて思わず息を飲んだ。


 首を後ろいっぱいに傾けてようやくその一番上を視界に入れることが出来る。

 そのくらい高い壁は、日干しレンガをきっちり隙間なく、規則正しく綺麗に並べて固めて作られていて、これまで見たどの壁よりずっと丈夫そうに見えた。


 その壁に取り付けられた重厚な門、その前に立つ兵士も、これまでの傭兵崩れの自警団などではなく、正規の兵士だ。

 きっちりした兵装に身を包み、直立不動のいかつい男が門のこちら側左右に一人ずつ、門のあちら側の左右にもやはり一人ずつ、計4人でそこを行き交う多くの人間たちに鋭く目を光らせていた。


 「ここが、都……」


 ここの、ひとつ前の町も、宿場町として大変賑わっていた。情報屋のベヒモスが居たあの町も、交易の拠点として栄えていたが――。


 それとは比べ物にならないほど、大きな建物が所狭しと並んでいるのに、門から続く大通りはとても広く、長く、その両脇に並ぶ露天の数は数え切れないほど。

 道を歩くのは、ラクダや馬、それに引かせた車をいくつも抱えて歩く隊商の商人たち。それも一隊や二隊ではない。数区画ごとに、立派なモスクが設けられ、きちんと建物に納まった大店がいくつも並ぶ。

 その店先には、ライラの見たことのない珍しい品物がたくさん並べられていた。

 右を向いても、左を向いても、見逃したくないものばかりで、ライラは忙しくきょろきょろと辺りを見回した。

 「すごいです……。話には聞いたことがありましたけど……、見ると聞くとは大違い、って、本当なんですね……」

 すっかり感心し、もはやため息しか出てこないライラは、ぽつりと呟いた。


 日が昇ってそれなりに時間の経った今、街中はとても賑わっていた。

 「……あれだな。オットー・ハイムの屋敷は」

 表通りに堂々と構えた店も、屋敷のほんの一部でしかない。そのくらい広い屋敷。店の看板には店の責任者オーナーであるその男の名が掲げられていた。

 アルフレートは、懐から革袋をひとつ取り出し、店の人間の手に握らせた。

 「――モハメドの使いの者だと、店の主人に伝えろ」


 袋の大きさの割に、ちゃりちゃり音のするそれは相応の重さがあった。

 その中身を瞬時に悟った店員は、即座に奥に消え、しばらくの後、再び店先に戻り、アルフレートに告げた。

 「店の裏手の、屋敷の裏口に回るようにと、主人が申しております」

 店員は、大通りから大樹の枝のように伸びる路地を指して言った。

 「了解した。手間をかけさせたな」

 

 アルフレートは、ライラの手を引いて、示された路地に入っていく。

 広い屋敷は、歩けど歩けどなかなかその裏口とやらにたどり着かない。


 ――きっと、アルフレートとはその裏口でお別れだろう。

 「……あの」

 だから、ライラは思い切って彼に声をかけた。きっと、今を逃せばもう、言えなくなるから。

 「……ありがとうございました。あなたのおかげで、無事にここまでたどり着くことができました」

 

 ほんの、ひと時の安らぎも、もうすぐ終わる。ライラの試練は、これから始まるのだ。

 「どうか、あなたの未来に神様のご加護がありますように……」


 本当に伝えたい言葉を飲み込んで、ライラはアルフレートに感謝を伝える。

 「ん……いや、俺は、ただお前との契約を果たしたまで。感謝など……」

 だが、アルフレートはこれまで見た中でも特に不機嫌そうな顔で語尾を濁した。


 「ああ、あれが件の裏口か?」

 白っぽいレンガの積まれた高い壁面に、ひっそり設けられた木戸の前に、男が一人、佇んでいた。

 「――主が、待ちくたびれておいでだ。さあ、こちらへ」

 男は木戸を開き、建物の中へと二人を導いた。

 そのまま、早足に建物の中を歩いていく。アルフレートに手を引かれたライラは、ついてくのに軽く駆け足しなければならない程だ。

 なのに、男はそんなライラを見て目を顰めた。はしたない、と、その瞳が雄弁に語っている。


 少なからず男の態度がカンに障ったが、しかしこれからはこんなことが日常茶飯事になるのだろう。初日から問題を起こして自らの立場を悪くするのは得策ではないと無理やり自分に言い聞かせ、堪える。

 それに――気のせいだろうか? 先程から嫌に視線を感じる。

 まっすぐ伸びた廊から左右に枝分かれしている廊下の影や、壁にいくつも並ぶ扉の影から人の気配を感じる。

 ひそひそとひそめた人の声も。

 なのに、どんなに目を凝らしても、実際に人の姿がライラの視界に写り込むことは、前を行く案内の男がひとつの扉の前で立ち止まるまで、ついに一度も無かった。


 「旦那様、お連れいたしました」

 男は、扉をノックした後、中へと声をかけた。

 「――入れ」


 中から聞こえた男の声に、ライラの心が竦んだ。

 ――きっとこれが、この屋敷の主の声。……ライラの主となる男の声だ。

 そう思ったら、その声がひどくおぞましいもののように聞こえた。


 しかし、ライラの心中など当然のように無視して、男は扉を開いた。

 広い屋敷は、廊下のそこここに絢爛豪華な絵画やつぼ、ライラには何だか分からないような置物がいくつも飾られていたが、この部屋の金ピカ具合はそれを遥かに上回っていた。


 都の美的感覚など、ライラには分からない。お金持ちの趣味も、分からない。

 物の価値も、何も分からないけれど……。

 それでも、思わず思ってしまう。

 (何、これ、何か凄く趣味悪……)

 つい顔をしかめてしまいそうなのを必死にこらえる。


 小奇麗な格好をしてはいるが、残念ながらそれらは中身までは覆い隠してはくれない。

 ――彼はこれでも大店の主人だ。普段はそれでも取り繕っているのだろうが、たかだか人身売買を生業とする闇商人と、その商品たる奴隷に等しい娘の前で店の客らと同じ対応をする必要はない。

 

 あからさまに値踏みされ、不快な気分になるライラの隣で、アルフレートが一歩、部屋の中へ足を踏み入れる。

 「お初にお目にかかる。私の名は――」

 そして、自らの名を名乗り、挨拶をしようと口を開いた――その時。


 がちゃがちゃと耳障りな音がした。

 ちゃき、と冷たい音とともに、鈍色の輝きが、いくつもいくつもライラの視界に写りこんだ。


 鋭く尖った切っ先が、いくつもいくつも、人体の急所となる場所にぴたりと突きつけられる。

 「……これは、どういうことだ?」

 だが、アルフレートは取り乱すことなく、冷静に屋敷の主を睨みつけた。

 しかし、屋敷の主はその問いに答えることなく、武器を構える、人相の悪いいかつい男たちに冷たく命じた。

 「――連れていけ」

 いつの間にか部屋の外、廊下にも、武装した男たちが並び、揃って武器をアルフレートにつきつけていた。そのうちの一人が、乱暴に彼の腕をひねり上げた。


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