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ぶつかり合う牙

 目を閉じていろ、とそう言われていたのに。耳を塞いでいろ、と、そう言ってくれていたアルフレートの腕に守られながら、ライラは目を見開き、その様を目に焼き付け、怒号も悲鳴も余さず拾い、その戦いの中に彼と共にあった。

 もちろん、アルフレートが見ている景色と、ライラが目にしているそれには明らかな差があった。

 

 賊たち以上に夜目の利かないライラの目に映るのは、間近でアルフレートの剣に切り伏せられていく賊たちの姿ばかりで、戦いの趨勢すうせいなど全く分からない。

 だが、けぶる血飛沫の量は半端ではなく、時を追うごとに辺りにただよう血の匂いは濃さを増していく。

 轟く怒号と悲鳴は絶え間なくライラの鼓膜に突き刺さり、激しく動き回る馬の背で、ライラの身体は前後左右上下なく無茶苦茶に揺さぶられる。

 アルフレートが、しっかりと抱きかかえていてくれるから、ライラはまだ馬の背に跨っていられるが、この腕がなければライラはあっという間に馬から放り出されてしまうだろう。

 到底、口を開く余裕などあるはずもない。

 口が開けない以上、悲鳴を上げることもできず、呼吸をするのすらやっとの有様の中で、ライラは密着する彼の胸の中に収まる心臓の鼓動が早まっていくのを感じていた。

 

 これだけの乱戦中にもかかわらず、息を乱すことなく、華麗な剣さばきを見せながら、鼓動だけ早まっている。

 彼の目は煌々と赤く輝き、口元には笑みが浮かび、時折牙が覗く。

 口元を濡らす血飛沫を、舌で舐めとりながら、不快そうな顔をする様を見ると、興奮し、血に餓えてるようだ。

 

 彼の戦いぶりは鬼神の如く、戦神の如き見事な剣捌きで、次から次へと敵を屠っていく。

 あれだけ大勢居た賊たちは、見る間にその数を減らしていく。


 ――そう、彼は紛う事なき鬼。吸血鬼という名の魔物なのだ。それも、そこらの魔物よりはるかに強い、古の吸血鬼。

 かのソロモンが寵愛した、有能な臣。


 あの日、あれ程までに圧倒的な力量差をもって村を襲った賊たちが為す術もなく倒れ伏していく様を眺めながら、その一方で強く優しくライラを守り続ける彼の腕の暖かさを感じる。

 やがて、残る人数が数える程まで減った頃、アルフレートは一人の男と正面から対峙した。

 ――赤竜の牙の、頭目。


 松明で明るく照らされた相手の顔に、ライラは確かに覚えがあった。

 間違いない。村を襲った賊の中に、確かにあの顔があったのを覚えている。村から無理矢理連れ出され、他の子ども達と共にどこぞへ連れてかれる道程の最中にも、あの男は居た。


 だが、頭目というだけあって、他の有象無象とは明らかに違う、強い存在感が、疎いライラにも分かるくらいに満ち溢れていた。

 怯える手下を叱りつけ、アルフレートに向かって槍を振るう。

 ――その顔は、冷たく笑っていた。


 見れば、似たような表情を張り付けたアルフレートの顔が目に入る。

 両者は馬の腹を蹴り、互いに武器を構え、ぶつかり合う。


 次の瞬間、金属同士が強くぶつかり合う音が、静かな砂漠の空気を裂いた。


 これまで、その一刀で倒れ伏してきた他の賊とは、明らかに違う。――頭目だという男は、悲鳴を上げることも、倒れることもなかった。

 アルフレートの刀に払われた槍の穂先を即座に返し、馬の尻を狙って突きを繰り出してくる。

 剣のリーチでは、その攻撃を払うには届かない。

 アフルレートは馬を操り、強い後ろ蹴りを放ち、牽制する。


 互いに馬首を返し、位置を入れ替え再び対峙する。

 無言のまま、なのに合わせたように同じタイミングで、再び両者は馬の腹を蹴り、武器を交わした。

 

 長い相手のリーチを躱すため、相手の懐に飛び込む寸前で、大きく左に踏み込ませ、即座に踵を返しながら、男の脇腹めがけて剣を振るう。

 だが、相手の馬はそれよりはるかに素早く機敏だった。

 アルフレートの馬が左に飛ぶより一瞬早く右に飛び、アルフレートと間合いを取った。

 こうなると、間合いの長い槍の方が圧倒的に有利だ。

 男は大きく槍を薙ぎ払った。

 確実に攻撃を叩き込むため馬の速度を緩めていたアルフレートは躱しきれずに、初めてその身体に一筋の切り傷を刻まれた。

 だが、皮一枚。――傷は即座に塞がる。この程度、アルフレートにとって負傷に入らない。


 だが、その様を見た周囲の賊たちはざわめいた。


 「ば、化け物だ! 間違いねえ、そいつは化け物だ!」

 場を囲む輪から、ちらほらと離脱を試みる者が現れ始める。

 「騒ぐなと言っている。見ていなかったのか、俺はその化け物の身体に今、傷を刻んだ。……今はもう、消えちまったようだが。だが、化け物とて傷は負うのだ。ならば、倒すことも不可能ではない! 我らが赤竜の牙は、化け物如きに怯む臆病者は必要としない! 逃げるものはその場で斬り殺せ!」

 それを制するべく、頭目は声を張り上げた。

 「我らは、一度狙い定めた獲物を決して逃がしたりはしない。そこの娘は、モハメドが連れ出した我らの獲物。そして被った被害は倍にして返すのが我らの流儀。そうだな!?」

 頭目の声に呼応するように、男たちのときの声が重なり響いた。

 「ならば、この戦い、最後まで見届けよ!」

 

 三撃、四擊――。剣と槍との応酬の中、頭目は士気を上げるため声を張り上げる。

 「被った被害は倍返し、ね。……お前たちの流儀など俺の知った事じゃないが、そう掲げるからには恨み言を抜かすなよ。俺やこの娘から奪ったものの重み、倍と言わず十倍にして返してやるから」

 怒鳴る頭目に、アルフレートは低く唸った。

 「お前たち全員、地獄へ叩き込んでやる。俺は、魔界の王たる明けの明星とも顔見知りなんでね。丁重にもてなしてくれるよう頼み込んでやろう」


 武器を交わすごとに、少しずつ頭目の息が上がってくる。――頭目の乗る馬の息も。

 だというのに、アルフレートは勿論、アルフレートの操る馬も、一向に息を乱すことなく、機敏に動き続ける。


 初めこそ、ライラというハンデ分鈍かった動きが、徐々に逆転し始める。

 

 さすがにこれだけの大集団の頭目を張るだけあって、彼の強さは目を見張るものがあった。

 幾度か、槍の穂先がアルフレートの身体をかすり、その刃先を赤く染めていたが、なかなか決定的なダメージを与えられない。


 それを理解すると、頭目は即座に狙いを切り替えてきた。

 槍でアルフレートの剣を払った直後、馬の手綱から手を離し、なんと腕をライラへ伸ばし、その襟首を掴もうとしてきたのだ。

 ライラを抱えていた腕でその手からライラをガードするが、ライラから手を離せば、ライラはその瞬間落馬するだろう。

 そうと分かっているから、アルフレートは間合いから離れる。

 頭目は、しめたとばかりにしたり顔で笑った。


 「何だ、後生大事にそんな小娘一人抱えて? 暁の狼の名で知られた凄腕の護衛剣士が何故そんな金にもならん娘を守ってるんだ?」

 にやにやと嫌な笑いを浮かべる。

 「お前、可愛い顔してやるじゃないか。堅物で有名な狼を誑し込むなんて。ムカつくが、女の素質を見抜く目に関してモハメドにはかなわねえな。お前は間違いなく高く売れる」

 舐めるような目つきで、じっとりとライラを眺める男の視線に、ライラは嫌悪に顔を歪めた。

 「お前を連れ出したのは、モハメドだ。……あの時までは俺たちの仲間だった男だ。だから今戻るなら、お前は俺らから逃げたわけじゃねえと認め、お前の兄弟を開放してやってもいいぞ?」

 男は、誘惑の言葉を囁いた。


 ――だが、既に真実を知るライラは憤りに恐怖も忘れ、怒鳴り返した。

 「ふざけないで! 知ってるのよ、あの子達にあなた達がした事を!」

 強く、目の前の男を睨み据え、ライラは決然と言った。


 「あなた達の言う言葉なんか、何一つ信用できない! ……心配しなくとも、都の“ご主人様”のお屋敷には行くわ。でも、あなた達とは行かない。私は、自分で信じると決めた彼と行く」

 

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