見つけるべき答え
一日目は、ひたすらライラの好きなものを尋ね続けたアルフレート。
……が、他に何もない砂漠で、他に口を挟む者も居ない中でその問いだけで会話を保つのは、やはり一日が限界だった。
二日目は、逆にひたすらライラの苦手なものを尋ね、2人の間に気まずい空気が満ちるのを必死に防いだ。
こんなにも、一人の人間と――それも異性、しかもこんな少女とひたすら問答を続けた覚えは、アルフレートの永すぎる生の中をいくら探ってもない。
ここまで、一人の人間の好みに関して詳しくなったのも、初めてだった。
ワルダとすら、ここまでひたすらに問答を続けたことはなかった。……他愛ない話をする事はあっても、ここまでしつこく何かを尋ねた事はなかった。
お陰で、アルフレートはすっかりライラの好みの傾向を把握しきってしまった。
味覚は、年頃の娘らしく甘いものが好きで、辛いものは苦手。
高いところも、狭いところも、暗いところも恐れないが――例の襲撃以来、血の匂いや男たちの怒声、武器の類や争いの気配は大の苦手になった。
動物は好き。――虫や爬虫類も、毒等の害がないものならば特に苦手ではないらしい。
一通りの家事仕事も嫌いではなく、弟妹の世話をするのも、喧嘩はしょっちゅうしたが楽しかった、とライラは言った。
歌や、踊りが得意なのだとも、彼女は言った。
「村のお祭りで踊る踊り、上手いといつも褒められてました。私も、みんなと歌を歌って踊るのが楽しくて……」
ライラは、寂しそうな顔で言った。
「村では、年頃の娘たちは皆、輪の中で踊るのです。村で一番の踊り手に選ばれると、よい縁談に恵まれるので、皆必死に踊りを覚えて、練習しては競い合うのです」
村の女なら、老若問わず誰でも踊りの輪に加われるが、輪の中心の、目立つ場所で華やかに着飾って踊りを披露できるのは、年頃の、選ばれた乙女たちだけ。
「私も、今年からは真ん中で躍らせてもらえるはずでした」
――だが、それはもう永遠に叶わぬ夢となってしまった。
そんなライラの様子に、アルフレートは改めて盗賊団“赤竜の牙”への憤りが増していくのを感じる。
ワルダも、ライラも。彼らの襲撃さえなければ、今も平穏な生活を送っていたはずだ。
日々、神に祈りを捧げ、神の教えにそった生活を送り、慎ましやかな幸せを享受しながら平穏に暮らす毎日。
――神の教えに背く罪に心を痛め、辛い過去の記憶に苛まれ、それよりなお過酷な未来と戦わなければならない、こんな現実を見ずとも済んだはずなのに。
けれど、“赤竜の牙”に襲われた村は、彼女たちの村以外にもいくらも存在する。それこそ、先日のオアシスのように。
平穏な生活を、彼らによってぶち壊され、過酷な運命に堕とされたのは、何も彼女たちだけではない。それこそ、ごまんと居るはずなのだ。
もちろん盗賊たちには、死後、神から相応の罰が与えられるだろう。
だが、彼らによって罪を犯さざるを得なくなった者たちにも、平等に罰は下る。
戦う力を持たなかったが故に、罪を犯さざるを得なかった者たち。その、非力ゆえの罪。
――女は、神がアダムを創った後、その肋骨から創った存在であるから、常に男に従うべき存在。
その教えに従順に従ったが故に、他に生きる術のない女たちは、罪を犯さざるを得ない。
それであっても、罰は平等に、犯した罪に相応しいとされる罰が下る。
……それは、平等と言いながら酷く不平等に思えてしまう。
自分は、神の教えに従う存在であるはずなのに。それが、こんな事を考えるなど、自分にも罰が下るだろうか?
「とは言え、俺も……かの王に従う以前は、他と変わらぬまごうことなき魔物だった訳だしな」
神などロクでもないと考え、欲の赴くままに血を啜り、暴れる――。それが、アルフレートの本来の姿だ。
そんなアルフレートが、それまでの考えを改め、神を信じ、神の教えに従い生きると誓ったのは、他でもない、かの王に惹かれたからだ。
ただの人間でありながら、天使も、悪魔も、魔物も使役するだけの器を備えていた。――それだけの魅力を持ち得た人間だった。
神は、人間界の事に手出しなどしない。
その分、かの王は従えた者たちの力を借り、理想的な政を行った。
彼が今も存命であったなら、アルフレートはこんな理不尽を見ずに済んだだろう。
だが、彼は人間だった。
人の寿命は、アルフレートからすると酷く短い。
彼は、人間としての寿命をまっとうし、逝った。
――だが。
ふと、アルフレートは突如、不安定極まりない場所に立ち尽くしているような気分になる。
アルフレートが、次代の指輪の主に願うことは、そういう事。
しかし、かの王は男で、ワルダは女。
かの王は、王に立つ資格を持つものとして生まれ育った。が、ワルダはごく普通の村娘として生まれ育った。
指輪の主としての素質は申し分なくとも、かの王と同じものを彼女に求めるのは、流石に無理がある。
そも、政には相応の知識や教養が必要となる。
幼い頃から当たり前にそれを与えられてきた王と、そんなものとは全く無縁に育ったワルダ。
それを支える事こそ、指輪の主の選定者たるアルフレートの役目なのだとしたら。
(俺は、もっと色々考えなければいけないのかもしれない……)
かの王と並び立てる様な存在を探し歩き、そんな人間を見つけられず、それどころか見るに耐えない光景ばかりを見続け、絶望していた過去。
誰かに全てを託そうとし、自らでは何もしないまま絶望を抱いていたが――。
(それでは、いけないのか……)
では。アルフレートがライラの様な娘たちを救うには、いったいどうしたら良いのだろう……?
アルフレートは、ライラに様々な質問を続ける傍ら、考える。
――都まで、このまま順調な旅が続けば、あと半月もあれば十分たどり着けるはず。
それまでに、しっかり自分の答えを見つけなければならなかった。