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ソロモン王のエメラルド

「――あら、綺麗な宝石いしね」

 きらきら輝く緑の石に目をやり、彼女は言った。

「ほう、さすがでございますな。いや、お目が高い。――実はこちら、大変貴重な掘り出し物でして。……ここだけの話、実はかの有名なソロモンの――かの偉大な王と共に聖典に記されたあの、指輪なのだとか」

 読めない笑みを浮かべながらすらすら謳う商人の言葉に、それを聞いていた娘の左眉がピクリと僅かにしかめられた。

「――よく言うわね、このペテン師が」

「商人ですから」

男は、娘の足元にかしずいたまま、表情には愛想笑いを浮かべながらにべもなく言った。

「……まあ、いいわ。ソロモン王云々はともかく、この宝石いしは確かに掘り出し物の様だから。――いただきましょう」

「まいど、ありがとうございます。では、こちら、お品物になります。お支払いは、いつものように?」

「ええ」

「かしこまりました」

商人は一礼し、

「では、是非次回も御贔屓にお願い致しますよ。次回は、久々に良い品を仕入れる機会に恵まれそうですので」

自分の台詞に突然表情を険しくした少女に冷たく笑う。

「――まあ、せいぜい頑張れよ。飽きられて捨てられない様にな」

パリン――。投げつけられた花瓶が男の頬を掠めて背後の壁に当たり砕け散った。中の水が飛び散り、毒々しい程に赤い薔薇の花びらが床を染める。

「いいわ。誰でも連れてくると良い。すぐにでも潰してやるから」

「好きにしろ。だが、俺の商売の邪魔だけはするんじゃねぇぞ――ワルダ」

 先程まで傅き笑みを浮かべていたのと同一人物とは到底思えない、凄みのある表情と低い声音で、男はニヤリと笑いながら言った。

少女は、ビクリと身を竦めた。

「――わ、分かってるわよ」

「ならいいんだがな。――くれぐれも、ここのご主人が金を納めてくれるまでは商品を傷つけてくれるなよ」

 そう言い残し、商人は部屋を去った。

 一人残された少女は、床にばらまかれた花びらを鷲掴み、力いっぱい握りしめた。

「……分かってるわよ」

呟いた少女の掌から、ぐしゃぐしゃに潰された花がこぼれ落ちた。

 少女は、腹立ちまぎれに部屋の窓を開け放った。外はすでに暗く、満月の明かりが街を照らしていた。昼は大いににぎわった市もすでに畳まれ、商売は午後四時までと聖典に書かれた掟を忠実に守る街の通りは静まり返っている。

 この土地の女性としてははしたないを通り過ぎ、破廉恥とすら言える露出の多い衣服は、煌びやかで、窓の外の街の風景とは酷くちぐはぐで。

「――ワルダ様」

 部屋の扉をたたく音。聞こえたのは侍女の声だった。

「ワルダ様、ご主人様のお召しにございます。」

「――すぐに伺うと、伝えてちょうだい。」

ワルダは開けた窓を閉め、買ったばかりのエメラルドを服の胸元に飾った。

「どんな娘が来るか知らないけど――ご主人様の寵愛は譲らないわよ」

侍女に手伝わせ、身支度を整えながらワルダは呟く。

「絶対に、渡さないから――」


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