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ライラの信条

 「――今度こそ、試しでなく本当に契約の代償を支払ってもらおう」

 彼は、ライラにそう言った。

 あの、砂漠の真ん中の小さな水たまりのようなオアシスからこの街まで、彼は約定通りライラを無事に連れてきてくれた。

 その対価を払うのは当然だし、ライラもその覚悟は出来ている……と、そう思っていた。


 けれど、ぐらぐらと揺らぐ思考に食い込むその提案は、ライラの心をも揺るがせた。

 「吸血鬼に血を吸われるって事がどういう事なのか……。お嬢ちゃんは知っているの?」


 契約して後、まだ一度も彼に血を差し出したことのないライラが、そんな事を知るはずがない。

 「その彼の牙にかかるというのがどういう事か……あなたの知りたいこと、色々教えてあげる。吸血鬼のこと、アイツのこと、何でも教えてあげる」

 ――彼のことを、もっと良く知りたいと、そう思っていたライラにとって、それはとても魅力的な提案に思えた。


 知りたい、という欲が、心臓の鼓動を逸らせる。……だが。

 「代わりに、アタシにあなたの生気をちょうだい?」

 続いた彼女の言葉に、心臓の鼓動が乱れる。……生気、とうのがそもそも何なのか良く分からない。それを彼女に奪われたら、ライラはどうなってしまうのだろう?

 その結果として、もしも彼に血を差し出すことがかなわなくなってしまったとしたら……。本末転倒どころの騒ぎではない。

 ただでさえ、足手まといのお荷物で。……今食べている食事も、今日の宿も、お代は彼が支払っていたのだから、その分も含めて、ライラには彼に対価をしっかり払う義務がある。


 だから、ライラはなけなしの意思をかき集め、首を横に降った。

 「……食事、御馳走様でした。美味しかったです」

 食卓の上の皿の料理を綺麗に片付け、ライラは彼女に頭を下げた。

 「彼のこと、もっと知りたいと思うけど……。でも、彼の居ない間に、他のひとと別に取引きするのは、何か良くない気がするので。――ごめんなさい」


 ライラの答えを聞いたリーは、ぷうっと膨れ、つまらなそうな声を上げた。

 「……類は友を呼ぶって、本当なのかしら。あなたもアイツに負けず劣らずクソ真面目な性格してんのねぇ?」

 だが、その声音に反し、彼女の目はなお一層面白そうな物を見つけたように輝いている。

 「生気を吸うっていったって、吸血鬼みたく牙を立てて咬み付こうってんじゃないんだから、痛くなんかないんだよ? むしろ、こう、気持ちよーく夢心地を味あわせてやれるんだけどねえ?」

くすくすと笑いながら、とくとくと飴色の液体をボトルからグラスに注ぎ、そっとそれで唇を湿す。ぺろりと舌を出して舐めとり潤った唇に妖艶な笑みを浮かべてずいっとライラに顔を寄せ、そっと耳元で甘く囁く。

 「大丈夫、アイツにバレない程度にちょーっと味見させてくれたらそれでいいんだから」

 魅惑的な声が、鼓膜を揺さぶる。にこにことやさしげに微笑みながら――。

 

 どんどんぼんやりしてくる頭で、ライラは必死に首を横に降った。

 「せめても、私は……あのひとに――神様に誓った約束を違えるような事はしたくないんです」

 この旅が終われば、ライラは決定的な罪を背負わねばならない。――その運命は、未だ変わらずにあるのだ。


 だからこそ、せめて。

 「こんなことで、罪が赦されるとは――その程度で神のもとへ召される事を赦されるとは思いませんけれど。……でも」 

 自らの力が及ばぬ故に犯さざるを得ない罪に、己の不徳故の罪を重ねる事だけはしたくはなかったから。


 「だから、……ごめんなさい」

 ライラは、テーブルに手をついてふらつく身体を支えながらゆっくりと席を立つ。

 「……あの、部屋はどこですか?」

 そして、リーに尋ねた。

 「もう、休まないと。……どこの部屋を使えばいいですか?」

 卓についた手を離せば、その途端に倒れてしまいそうなライラの様子に、リーは呆れたようにため息を吐いた。

 「部屋は2階なんだけどねぇ。……アンタ、そんな調子じゃ階段から転げ落ちるのがオチだよ」

 

 リーは、乗り出していた身体を元へ戻して立ち上がると肩をすくめる。

 「どうやらこ時間切れのようだし。この際だから抱えてって貰えば?」

 リーは、キラキラ光る、小さな何かをこちらへ向けて放った。


 ふらふらのライラがハッとした時にはもう、それが何かを把握するより早く、それはライラの頭上を越え、視界から消えていた。

 ちゃり、と金属の触れ合う軽い音がライラの後ろから聞こえると同時に、ふらつく身体を背後から大きな手に支えられ、ライラは首を上向けた。


 「――リー。お前、何をしていた?」

 低い声が、厳しくリーを問いただした。

 「何って……、契約交渉を少し、ね。……ものの見事にフラれちゃったけど」

 リーはつまらなそうにぷいっとそっぽを向いて唇を尖らせた。

 「俺は、お前を信用したからこそ、この娘をお前に預けたんだ。――その分のお代も確かに渡したはずだが?」

 「ちょっと、たまの贅沢を楽しもうと思っただけよ。分かっているでしょう? お互い、神との誓約に縛られた身なんだから。……ま、これは返しとくけど」

 リーは、銀貨を2枚と銅貨を5枚をまとめてアルフレートに投げ返した。


 「部屋は、2階の一番奥の右の扉だよ」

 アルフレートは、改めて先程投げつけられた物を検め、不機嫌そうな表情を深めた。

 「……鍵がひとつしかないんだが?」

 「ああ、だって言ったでしょ? 上客が来てる、って。だから、空いてるのはそのひと部屋だけ。心配しなくとも、寝台はちゃんと2つあるから」

 そんな彼の顔を見た彼女は楽しそうに意地悪い笑みを浮かべる。

 「……まあ、アンタがどんな種類の心配をしてるかなんて、アタシは知らないけど?」

 ますます冷たくなる彼の視線を受けながら、彼女は卓の上の食器を重ね、片付けながら飄々と言った。


 「とりあえず、その今にもぶっ倒れそうなお嬢さんを部屋へ連れて行ってやんなよ。……その娘が、アンタがずっと待ち望んだ運命、ってやつなんだろう?」

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