表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/14

EP3 ~戦闘訓練~

  

  ~戦闘訓練~



 翌朝。


 模擬戦闘訓練の当日を迎えるにあたって募る不安に、眠りの浅かったリオは早朝に目を覚ました。

 まだ実力の全く分からない仲間たち、不敵な笑みを浮かべるリーゼロッテの表情、全てを思い出した彼は薄暗い部屋の中、深い溜息を吐き、勢いよく掛布団を捲るとベッドから降りて窓辺へ歩みカーテンを開ける。

 上り始めたばかりとは言えども初夏特有の強い陽光が彼の瞳を眩ませ、リオはその瞳を細めて眼下に広がる街に活気が満ちてゆく様を暫しの間眺めていた。


 (考えてばかりでも始まらない、なるようになるだろう…)


 着替えや洗顔を済ませ、腰のベルトに剣を納めて、寝乱れた髪の毛を乱雑に手櫛で整えながら部屋を出て階下に降りようと階段へ歩を進めれば_

 昨夜、苛立ち紛れとは言え、明らかに通行の妨げになる場所に、置き去りにしたはずのポコの姿が見えない事にリオは首を傾げた。


 (あの大男を退かすのは一苦労だろうに、それともまさかこの時間に起きたのか?)


 早すぎる、と首を捻りながら階段を降りていくと階下には、そこに既に見慣れたというべき少女たちの姿があった。

 2人は何やらお茶を啜りながら談笑しているが、その中で真っ先に気が付いたシオンが振り向く。

 視線重なる彼女に軽く微笑んでゆったりとした足取りながら、彼女たちの元へ足を向け、空いてる席へ腰を下ろした。


 「おはよう2人とも、随分早いね。よく眠れたかい?」

 「おはようございます、なんだか今日の事を考えたら緊張して早起きしてしまいました。」

 「私はコトネに起こされた…まだ眠い…」


 早朝から気が昂っているのか少し興奮した様子のコトネと、反対に眠気に負けそうなのか半分目が閉じているシオン。

 そんな二人の様子に苦笑しながら、リオは紅茶を頼み室内を見渡した。

 一目で見つけられるであろう彼の姿が辺りには見当たらない。

 運ばれてきた紅茶を一口啜り、リオはその疑問を口にした。


 「ポコの姿が見えないが、彼は何処に行ったんだろう、二人とも知ってるかい?」

 「そうなんですよね、私たちが下りてきた時には居ませんでしたし、まだ部屋で眠ってるのでしょうか。」


 コトネの言葉に同意を示すかのようにシオンが、知らない、と首を左右に振ってみせる。


 「そうなのか。一応説明しようと思っていたんだけど…彼にはあとから伝えるとしようか。今日の模擬戦、個人の力量を見極める為に個人戦になると思うんだ。」

 「個人戦?」


 コーヒーカップに手を添えたまま訝し気にシオンが問いかけた。

 湯気立つ紅茶のカップに蜂蜜とミルクを注ぎながらリオが頷く。

 スプーンで紅茶をかき混ぜるたびに、蜂蜜が溶け紅茶と混ざり合い辺りに甘い香りが広がる。


 「そう、個人戦。ロッティ…、リーゼロッテの実力は見た目で侮っちゃいけない。特殊な空間魔法の使い手だし、それに体術も使ってくるだろう。スタイル的には僕と似通っているところもあるけど、僕より遥かに強い。おそらくポコには魔法で…シオン、君には体術を仕掛けてくるかもしれない。」

 「確かに。リオの武器は剣だけど魔法も使うもの。」

 「でもこれはあくまでも単純な読みでしかない。当たるかどうかも分からない、分の悪い賭けだ。コトネには後衛で二人が戦闘する際には防御障壁を掛けてあげていてほしい。物理戦闘力のない君には、空間魔法に抗する神聖魔法の強さ、所謂、≪抗魔力≫の強さが見極められるだろうから。」


 頬杖を付いて淡々と言葉を紡ぐリオの言葉に二人の表情は次第に硬くなっていく。

 なにかに縋る様に銀の杖をぎゅっと握りしめたコトネ。

 それに気づいたリオは、もう片方の手を緩やかに振って笑みを浮かべた。


 「そんなに心配しなくても殺される訳じゃないし、大丈夫だよ。いざとなったら僕が止めるから。食事を済ませたら訓練場の方へ行ってみようか。ただしシオン、体を動かすんだから食べ過ぎはだめだよ?」

 「うぐ…お腹空いてるのに…」


 シオンに対し釘を刺しつつ、そういって、リオは食事を頼むべく店員に声をかけて注文をしたのだった。





 結局食事の時間になってもポコは帰ってこなかった。

 仕方なくリオ、コトネ、シオン、の3人は冒険者ギルドの裏手にある訓練場へと来ていた。

 見た目は古く、高く積まれた蔦が絡む石レンガで円形に造られた、ドーム状の建物。

 魔法や近接戦の衝撃にも耐えられるようにこの建物には衝撃を緩和させる結界が張られている。

 以前リオも冒険者になりたての頃、此処で模擬戦闘を行ったものだ。


 「このような古い建物で、模擬戦闘を行うんですか…?」

 「そうだよ、見た目は古いけど頑丈だし、そう簡単に壊れたりしないから安心して大丈夫だ」


 建物を見上げて不安そうに呟くコトネに対してリオは見透かしたように苦笑して答えた。

 気を取り直して建物の扉を開けて中を覗くと、そこには既に腕組みをして立つリーゼロッテと、ポコの姿があった。


 「ポコ、先に来ていたのか。良くここが分かったね」

 「あぁ、目が覚めたら何故か廊下に転がされいてな?体が痛くて解そうと外に出たところで彼女に出会ったんだ。」

 「どうせ今日は模擬戦闘でしょう?『何処かの先輩』はまだぐっすりお休みだったみたいだし、先にお連れしたの。」


 昨夜の酔いは何処へやら、すっきりとした表情のポコに続いて、リーゼロッテが皮肉気に告げてリオへと視線を流す。


 「それはお手数をおかけしました、リーゼロッテ嬢。朝食くらいとらせてやってくれたんだろうね?」

 「この私がそれくらいしないとでも?貴方じゃあるまいし、当然じゃないかしら。」


 軽口をたたき合うリオとリーゼロッテの間で視線が絡み、火花すら飛び散っているようだ。

 模擬戦闘の前に彼らの間で一騒動起きそうな空気が漂い始めたその時_。

 ドームの天井に吊るされた大きな鐘の音を4回程鳴らした。


 「時間もちょうど良いようですわね、面倒ですが…始めましょうか?」


 鳴り響く鐘の音を聞き、宙を見上げていたリーゼロッテがそう呟くと、ゆったりとした足取りで一同から離れ距離を取る。

 左右違う色の瞳は、言葉とは裏腹に楽し気に揺れていた。

 が、リオが発言を求めるように片手を上げて一歩前へと進み出る。


 「ロッティ、今回は模擬戦闘というより彼らの実力を見極めてほしい。僕は審判役へ廻らせてもらうよ。」

 「あら?あなたのパーティーじゃないの。随分と負け犬じみた言い分です事?」

 「君と僕の本気がぶつかり合ったら彼らに被害が及ぶ、だから今回は身を引くと言っているんだ。ちゃんと手加減はしてやってくれよ?やりすぎの際にのみ、僕も参戦しよう。」


 挑発的なリーゼロッテの物言いに、何時もの事だと聞き流しては、蒼色のマントを翻してリオはその場から少し離れた位置に、片手を剣の柄にかけると佇んだ。

 些か面白く無さげな表情を浮かべるリーゼロッテも、不満気にふんと鼻を鳴らし、橙色のマントの前を開き、左手に模擬用のナイフを握るものの構える事無く無防備ままだ。

 その様子を見守るリオは3人の方向へと顔を向けて目を細めた。


 「それじゃあ、一番手はポコ。君から行こうか。全力で向かっていった方が良いよ?……コトネ。」


 ポコとリオの視線が絡み、了解したとばかりにポコが頷いて模擬戦闘用のハルバードを両手に持ち高く掲げ、状態を反らし上段から振り下ろせる体勢を取る。

 名前を呼ばれたコトネは、慌てて銀色の杖を握りなおすとその先端をポコに向けて片手を胸元に、瞼を伏せ謳う様に神聖魔法の祈りを捧げた。


 「慈しみと労わりを司りし神よ、彼の者に≪耐える力≫を≪護りの祝福≫をお与えください…」


 杖の先が発光し、金と緑の柔らかな光点が螺旋を描きながらポコの身体を包み込み、その体に浸透するように馴染んでいく。

 神聖魔法を掛けられたポコは普段とは違う感覚に違和感を抱きながらも、にやりと唇の端を持ち上げて笑みを浮かべた。


 「あらまぁ、神聖魔法の≪二重詠唱≫とは珍しいものを見させていただきました。そちらの神官さんは強い精神力をお持ちのようね。」


 コトネが掛けた2種の魔法を一目で見抜いたリーゼロッテは驚いたような表情を浮かべ、それでも愉快そうに笑っていた。

 予想以上のコトネの魔法にリオもほう、と感嘆の声を漏らす。


 ー別呪文の≪二重詠唱≫ー


 属性魔法を使う者も、神聖魔法を使う者も、通常は一度に一つの魔法を発動する事が限界である。

 呪文もしくは詠唱を変化させ、より多くの精神力や魔力を消費することにより≪二重詠唱≫できるという訳だ。

 だが失敗率も高く、噛み合わない魔法の組み合わせなどでは発動せず、魔力や精神力を多く失うだけの事も多々ある。

 故にこの≪二重詠唱≫を扱えるものはそう多くない。


 「なんだか分からんが、不思議な力を感じるな!いざ参る!」


 咆哮と共に鈍い音を立て、地を蹴ったポコがリーゼロッテの元へと疾り寄り、模造武器を振り上げる。

だがリーゼロッテは薄く笑んだまま微動だにしない。

幾ら模造武器とは言えども彼の力で殴られたら良くて骨折、悪ければ気絶は避けられないだろうに。

風の唸る音を立て、華奢なリーゼロッテの頭上から振り下ろされる模造武器。

_だが。


「≪減速≫」

「ぐっ!?」


 リーゼロッテが短く呟くと彼女の右耳に嵌められている黄金色のピアスが妖しく輝いた。

 凄まじい風圧さえ伴いながら、勢いよく振り下ろされていたポコの身体が靄に覆われ動きが急激に鈍くなる。

 傍目から見ていてもポコの攻撃速度が圧倒的に遅くなった事が手に取る様に分かった。

 ≪無詠唱≫の魔法を放つと同時に彼女_リーゼロッテは軽く地を蹴り、体を後方に1回転させつつポコの胴を力強く蹴り飛ばした。

 華奢な体からの蹴りとは思えない衝撃を受け、やむなくポコはリーゼロッテと距離を取る。


 (やはり魔法で来たか…しかも≪無詠唱≫とは容赦ない)


 ポコの攻撃を弾きながら、優雅に着地したリーゼロッテは楽しげな表情を浮かべて、左手に持っていた模造用のナイフを逆手に持ち自らの眼前に水平に構え_。


 「虚空を漂う者よ、時の流れよ。その力をここに示せ≪重圧剣≫(アンツィーウング・スクラフト・ブレイド)」


 闇色をした靄が彼女の持つ模造武器に宿っていく。

 鈍化の魔法を掛けられた上に、魔法の宿った剣で切られては、流石のポコと言えど無事では済まないだろう。

 出来るなら手を貸すつもりのないリオだったが、ポコに掛けられた魔法を解いてやろうと左手を掲げた時。


 「ふんぬぬぬぅおおおぉぉ、なんのこれしきぃぃ!」


 重たい体に鞭打つような咆哮を上げるポコ。

 硬いガラスが砕けるような甲高い音と共にポコの身体に纏わりついていた闇が掻き消えた。

 その状況に、魔法に誰よりも詳しいはずの、リオとリーゼロッテが揃って声を上げる。


 「なっ、なんですって!?」

 「気合でロッティの魔法を振り払っただって!?」


 本来の魔法は、解呪もしくは反属性の魔法で打ち消すのがポピュラーなところである。

リ オにしろ、リーゼロッテにしろ、気合で魔法がかき消されるところを見るのは初めての経験だった。


 (気合で魔法って解けるんだ…初めて見た。解呪の魔法って必要なくないか?)


 コトネが掛けた≪抗魔術≫の力があったとしても、ありえない光景に魔導士として名を馳せる二人は思わず目を見開いて固まっていた。


 「魔法も不思議な力も。全て気合でどうとでもなるものだな!さぁもう一度行くぞ!」

 「え…えぇ…、お相手いたしましょう?」


 流石に自分の掛けた魔法を、謎の力というか気合、で振り払われたリーゼロッテは多少動揺しているようだった。

 ナイフに掛けられた魔法の力がブレているのか安定しておらず、刃に纏わりつく靄が少しばかり揺らいでいる。


 (おー…ロッティが動揺してる、それもそうか…あんな真似されちゃ僕でも驚くし…)


 内心、ほんの少しリーゼロッテに同情しつつ、二人の様子を再度眺めるリオ。

 一方、身体が軽くなって調子を取り戻したのか、ポコは気分よさげに模造武器を片手に持ち換えてぶんぶん勢いよくと振り回した。

 余裕の笑みを消したリーゼロッテは、ポコの突進に備えてか、左半身を後ろに引き、右上半身を前傾に屈めて体勢を整える。

 蹴り空けられた距離を再び一瞬で詰め、武器の届く範囲ギリギリからポコが模造武器を大振りながら横凪ぎに凪ぎ払った。

 模造武器とは言えど、力加減のない攻撃に風が唸る音さえ響く。

 リーゼロッテはそれをバックステップで躱すと、退がった反動を使って前に跳びながら更に距離を詰めて、武器を持つポコの腕に擦りつける程度にその靄で触れた。

 模造武器に纏わりついていた靄が、擦り付けられた個所を締め付ける様に纏わりつき蠢く。


 「んぬぅ!?また魔法か!?」


 その途端、ポコは、武器を持つ右手を左手で抑え、眉間に皺を刻みつつ苦悶の声を上げる。

 彼の腕に巻き付く黒い靄はどんどんとその個所を締め上げ、皮膚に食い込み、蛇が巻き付いたの様な痣を刻み始めた。

 強い締め付けに耐えるかの如くポコの腕が小刻みに震え始め、勝負あったとばかりにリーゼロッテがほくそ笑んだ次の瞬間_

 唇を噛みしめて居たポコが大きく息を吐き出すと同時に、ポコは瞬時に反対の手に武器を持ち換え、くるりと半回転させると模造武器の柄の部分をリーゼロッテの腹に叩き込んだ。

 予期せぬ一撃にリーゼロッテの身体が前のめりに傾き、それでも彼女の意地からか決して膝をつくことはなく寧ろ悔しげに表情を歪ませていた。


 「かはっ…!?」


 (あの子が油断を理由に一撃をもらうなんてね…ポコの耐久力と意志の力を見くびりすぎていた、ってところかな…)


 「そこまで!」


 リーゼロッテが本気に目覚めぬうちに辞めさせるべく、リオが静止の声を張り上げる。


 「…ッ、まだ、終わっていません!私が、膝をついてからでも遅くないで_」

 「言うと思った、ロッティ。君にはまだ見極めるべき相手がいるんだよ?分かってるよね?」


 額に脂汗を滲ませつつ、噛みつくように言い募るリーゼロッテに対し、言葉の裏に”本気を出すな”という意味を込めつつリオが言うと、ますます悔し気にリオを睨みつけて力を抜いて膝をついた。

 倒れかけかけたロッティの身体を片腕で受け止め、心配そうに傍に駆け寄ってきたコトネに大丈夫だと告げると、体力を即効で回復させるポーションを差し出す。

 ”要らない”とばかりにそっぽを向く彼女の手を取り強引に握らせると、リオはにっこりと綺麗な笑みを浮かべて言葉を続ける。


 「今度“は”油断しないようにね、リーゼロッテ嬢。それ、銀貨15枚だから。」

 「力量も見せないようなヘタレに言われる筋合いはありませんわ、その程度安いものです」


 再び軽口をたたき合うリオとリーゼロッテ。

 リオから手渡されたポーションを一息に飲み干すと、腹部の鈍痛も引いたのか、額の汗を拭って立ち上がると普段通りの立ち振る舞いに戻っていた。

 リーゼロッテの状況を確認したリオは、先程までいた場所にもどると、今度はシオンに向かって声をかける。


 「よし、じゃあポコは下がって…次はシオンだ。存分に相手をしてもらうとイイよ」

 「…分かった。」


 シオンの姿を見ると、すでにナイフ形の模造武器を片手に1本ずつそれぞれ握って準備万端とばかりに頷いた。

 コトネがポコの時と同じように、シオンに神聖魔法を掛ける。

 その姿を見たリーゼロッテは、また楽し気に笑みを浮かべて、長剣型の模造武器を1本選んでは手に取り納得した様に呟いた。


 「今度は双剣使いなのね、なるほど?」

 「そう。よろしく。」


 挨拶が終わるのが早いか、シオンはリーゼロッテに向かって駆けていた。

 ほんの一瞬で二人の距離が縮まり次の瞬間には、真正面から武器を振り下ろしたシオンの攻撃、リーゼロッテも武器をを横に構えて受け止める。

 木製の武器がぶつかり合う乾いた音が、ドームの中に響く。

 シオンの右手が正面から突きの形で動き、リーゼロッテの武器がそれを刃の部分で横に滑らせ受け流す。

 一際華奢なシオンが身体を回転させながら、相手の首元を狙って振りぬけば、リーゼロッテは低い位置からの攻撃を上段からの攻撃で叩き落とした。

 互いに譲らぬ、一進一退の素早い斬撃の応酬に、ポコがうるさ…ではなく、吠えているのが聞こえる。

 自らの体躯の弱点を利点に変えて、素早さで攻めるシオン。

 幼いころから仕込まれた、鮮やかな剣捌きで応じるリーゼロッテ。

 二人の動きは剣舞と言っても良い程に美しかった。


 「ほんっと、ちょこまかと、動き回る子ですわねっ…」

 「これでもまだ、全力じゃない」


 余りにも素早いシオンの連撃に、うんざりとしたように言うリーゼロッテに対し、シオンは彼女の足元に滑り込む様ににしゃがみ、同時に思いきり背伸びする要領で武器を上に向かって突き出した。

 その動きすら一瞬で傍からは、シオンの動きを視認するのが一苦労だ。

 シオンの攻撃を後へと飛び退って躱すと、小さく呟いたリーゼロッテの左耳に嵌め込まれた緑色のピアスが鮮やかに輝いた。

 その途端、薄青の光がリーゼロッテの身体を包み込み淡く発光する。


 「…なにそれ、ずるい」

 「あなたには遠慮していられない気がしたんですもの、いいでしょう?」


 リーゼロッテの呟きを聞き取れたシオンだけが不満げに呟き、それに対しリーゼロッテは余裕の笑みを浮かべて答えた。

 直後。

 今までの速度をはるかに上回る速度で距離を詰めたリーゼロッテが、シオンの胴体に長い脚を使って遠慮のない蹴りを叩き込む。

 反射的に後ろに跳ぶものの、その速度に追いつけず、衝撃を殺しきれなかったシオンは、軽々と吹き飛び地面の上を数度転がって倒れた。


 「シオン!!」


 本能的に駆けだそうとするコトネ。

 それをリオが厳しい声音で留めた。


 「手を出すなコトネ!」

 「ですが…!!」

 「黙ってみて居ろ、まだ勝負はついちゃいない。」


 冷徹なリオの言葉に、珍しく怒りと焦燥を露わにするコトネに対し、リオは無言で地面に転がったままのシオンを指さした。

 すると、リオの言葉通り、土埃に塗れたシオンは地面に両手をつくと立ち上がって苛立たしそうにリーゼロッテを睨みつける。


 「ずるい…」


 口の中に入った土を女の子らしからぬ態度で地面に唾と共に吐き出しながら、シオンはいう。


 「狡くても卑怯でも結構、さぁまだ終わりではないでしょう?それともその程度なのかしら?」


 右手で剣の柄を握り、左手の掌へ剣の腹をトントンとリズミカルに当てながらリーゼロッテは笑った。

 再び正面から突っ込んでいくシオン。

 受け止めるべく真正面に剣を構えるリーゼロッテ。

 互いの武器が触れ合う寸前に、相手の横を駆け抜けるように進路を変えて進みすり抜け、振り向きざまに武器をクロスするように握ってシオンは振るった。

 明らか先程よりシオンの行動速度が上がっている。

 これまた本能的に、というか、反射的に身を翻したリーゼロッテだったが、その橙色のマントがクロスの形に裂かれていた。


 「なん、て速さですか…でも。この程度じゃ傷になりませんよ?」

 「…分かってる。まだ、これから」


 先程までとは立ち位置が入れ替わり再び対峙する少女二人。

 未だ青白い光を身に纏ったままのリーゼロッテが僅かに言葉に焦りを滲ませた。

 淡々とした口調で応えるシオンは休むことなく地を蹴り、リーゼロッテの懐に飛び込もうとする。

 時には受け流し、また時には武器の柄を使い、と防衛に転じるリーゼロッテ。

 そしてその激しい攻防がいつまで続くのかと思われた時、唐突にシオンの左の瞳が煌々と金色に色を変えた。


 「!?あなたのその目…!!」


 間近で見たリーゼロッテが困惑の色を浮かべる。

 その場からシオンの姿がかき消えた_と表現したほうが正しいのかもしれない。

 誰もが視認しえない速度で、シオンがリーゼロッテの背後へ廻り込み膝裏を蹴る。

 何もできない状態のリーゼロッテが膝から崩れ落ち、その首元に二つの武器を押し付けられた時に勝敗 は決まった。


 「そこまで!」


 リオの声がドームに響き渡り模擬戦闘の終了を告げた。

 呼吸を乱してもいないシオンがリオのもとに歩いてくる。


 「これで、終わり?」

 「ご苦労様、君の勝利だよ。」


 背を屈めて労わる様に、ぽんぽんとその頭を撫でてやればシオンは照れたようにはにかんで下を向いた。

 その二人のもとに、リーゼロッテが近づいてきてシオンの瞳を覗き込む。


 「どうしたんだ、ロッティ?」

 「……彼女の瞳が…いえ。なんでもありませんわ。」


 きっぱりはっきりとした物言いをする性格の彼女が珍しく言い淀む。

 シオンの両目はいつもと変わらぬ済んだ漆黒の瞳をしていた。

 名指しされたシオン本人もリーゼロッテの様子に首を傾げる。


 「取り敢えず、これで今回の模擬戦闘は終わりかしら?」

 「そうだね、後は君がギルドの方に報告書を上げて置いてくれればいいんじゃないか?」

 「いいでしょう、近日中に報告しておきますわね。…そうだわ、貴方は参加しなくてよろしいのかしら、リオ?」


 あれだけの戦闘経験をしておきながら、今度は自分にもと声をかけてくるリーゼロッテにリオは苦笑いした。


 「僕と君じゃ模擬戦闘じゃなくて、本気の手合わせになるだろう。どうしてもしたいというなら、いつかまた手合わせしてあげるよ」

 「そうね、ここじゃ魔法耐久が低くて壊れてしまいそう。では、私は先に戻ります、皆さんお疲れ様。」


 本気とも冗談ともつかぬ物騒な発言をしてリーゼロッテが転移の呪文を唱え、その場から姿を消す。

 そして残った4人は、天井の鐘が昼を告げる音を聞いた。


 「さて、3人ともお疲れ様だったね。食堂に戻ってお昼にしようか、そのあとは少し自由行動でもしよう」


 明るく言うリオの言葉に頷いて3人は扉の方へと向かった。

 「おなかすいた…」「疲れましたわ」「楽しかったな」なども思い思いの言葉を口にしながら。

 最後尾を歩いていたリオが、ふと足を止め誰もいないはずのドーム内に視線を巡らせる。

 まるで何かを探る様に、いつになく厳しい表情で。


 「リオ、どうしたの。早く行こう。」


 戻ってきたシオンがくいくいとリオの袖を引っ張りながら呼びかける。

 はっ、と我に返ったリオは普段通りの穏やかな笑みを浮かべてシオンと共に外へ向かって歩き出し、やがて4人の姿はドーム内から完全に立ち去った。


 _____と。

 まるでずっとそこに、居たかのように柱の陰に黒いフード姿の人影が佇み小さく呟いた。


 「…ミツケタ…。」


                 ~戦闘訓練 完~


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ