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EP12 ~誘われる闇の深淵へ~


  ~(いざな)われる闇の深淵(しんえん)へ~


 いつの間にやら迷い込んだ森林の奥深くで行われた戦闘に疲弊した一同が目にしたものは、廃坑の入り口とも呼べる洞窟の入り口だった。

 今回の騒動は人為的な物によると解した一同はその中へと進みゆく事を決めて進んだ。


 …その前にひと騒動有ったが。

 


 時は少し遡りー。


 

 「だから僕はもう大丈夫だって!傷の手当てもしたし剣だって握れる!」

 「何を言うか、血が止まったくらいで傷が治ったとは言えまい。顔色だってまだ優れていないぞ?」


 声を荒げるリオにじりじりとにじり寄るポコ。

 右手に体力回復(外傷も含む)の紫色をしたポーションの瓶、左手に精神力回復の真緑色をしたポーションの瓶を持って。

 小瓶の中で揺れる液体はどちらも粘性がある上に、口にするには毒々しい色をしている。

 迫りくるポーションを持った善意の塊のポコ、過去の経験の悪夢から後退るリオ。

 とん、とリオの背が何かに当たり首を巡らせると、そこには同じようにポーションの瓶を持ってニッコリと可愛らしく微笑む無言のシオン。

 

  -前門の虎、後門の狼ー


 何処かで聞いたような言葉がリオの脳内を一瞬にして駆け巡った。

 

 「ね~ぇ…リオ~…?」


 背後にいるシオンがいつになく甘えたような声音でリオの名を呼ぶ。

 その声音に幼いながらも艶めいたものを感じて、ぐるんと再びそちらに首を巡らせると。

 ポーションを地面に置いたシオンが両手でリオの両頬を挟み鼻先が触れ合う程に引き寄せる。


 「なっ…、なんだ!?どうしたシオン!!」

 

 いくら年下の少女と言えども女性免疫皆無と言ってもいいリオは目を白黒させつつされるがまま。

 そんなリオの姿に、シオンはニターッと音が出そうなほどに笑みを深めて囁いた。


 「ワタシが、口移ししたら、飲んでくれる…?」

 「は?」

 

 いつもなら口が裂けても言わないであろう言葉を彼女の口からきいたリオが間の抜けた声を漏らす。

 唐突なセリフに一周回って冷静になりだした脳みそが、至近距離に寄ったことでリオは気付いた。

 囁いたシオンの吐息が酒気を帯びている事に。


 「・・・・・ぽこ。シオンにいったい何を飲ませた?」


 首に腕を回してしな垂れかかるシオンを腕に収めて大人しくさせつつ、リオは地を這うような声でポコに問いかけた。

 それに対してポコは一度回復用のポーションを袋に戻すと、中から目にも鮮やかなオレンジ色のさらさらした液体の入った瓶を取り出して見せた。


 「ん-?シオンがオレンジジュースみたいと言っていたし、飲ませてやったまでだぞ?ほらラベルにも精神に作用する効果を持つ『薬』だと・・・媚・・・び?・・・何て読むんだ?」


 腕の中から離されて不服そうなシオンの頭を一撫でしてから、下を向いたままくるりと踵を返してつかつかと足早にポコの前に立つと、先程のシオンのようにニッコリと微笑んで見上げた。

 リオのゾっとする程綺麗な微笑みに今度はポコが後ずさりする。


 「リ、リオ…?俺はシオンにとんでもないものを飲ませ、たの…か?」

 「・・・こんっのバカタレがぁぁあああ!それは強い酒と混ぜた『媚薬』だぁあああ!!!!」

 

 こめかみに青筋を浮かべたままで、怒声と共に突き上げたリオの拳が丁度よくポコの顎にクリティカルヒットし、屈強な大男は引っ繰り返って文字の如く目を回している。

 それから軽く数時間、くるくると目を回したままのポコの隣でシオンにベッタリと抱き着かれたままのリオは、余計なものまで置いて行ったリーゼロッテに恨みを抱きつつ『強力な回復薬(くそまずいポーション)』をちびちびと飲む羽目になったのだった。



 ―という出来事があったのだが。

 その状況から復帰した面々は神妙な面持ちで洞窟の前にいた。

 全員リーゼロッテの残していった残していったポーションで、体力精神力を回復させて万全を期した状態で気を引き締めている。

 

 「この中は屍人だけじゃなく魔物が出るかもしれないし全く予測不可能な場所だ、何が出ても躊躇うことなく目的を果たすことに専念しよう。」

 「そうだな、早いこと片を付けて問題を解決せねば」


 意気込みも新たにポコが頷き陣形は森に入ったときと同じく、戦闘からリオ、シオン、ポコの順番で洞窟の中へと足を進めた。

 岩をくり抜いて作られた壁は湿っぽくシダや苔が群生しており、滑らない様にと注意しながら奥へと進む。

 中衛のシオンが翳すカンテラの灯りだけが唯一の光源で、稀に生えているヒカリゴケがぼんやりとその光に反応して道標の様に光を放つ。

 外の時とは打って変わった暗闇で視界が悪いが、それでも暗闇に目が慣れれば足元に注意すること以外、苦はなくある程度の距離を進んだ先。

 洞窟は二股に分かれていた。

 片方は細く曲がりくねっていて、もう片方は道幅が広くなっている。


 「参ったな…二手に分かれるわけにもいかないしどっちに進んだものか…」

 「し。こっち…何か聞こえる気がする。」


 進路を選ぼうとリオが腕を組み思案していると、岩壁に耳を当てていたシオンが短く言い放って太い道の方を指し示した。

 

 「本当かい?」

 「何となくだけど、人の話し声が岩に響いてる気がする」

 「あれだけ外で暴れていれば中に誰かいたとて、侵入されることに気づいてはいるだろう。行ってみる価値はあるぞ?」

 

 まるでレンジャーのような働きぶりを見せるシオンに目を丸くしつつも、ポコのいう事にも一理あると頷いてリオは道幅の広い方を選ぶことにした。


 (虎穴に入らずんば虎子を得ずってところか)


 勝手に脳裏をよぎる(ことわざ)のようなものに(何処で見聞きしたんだろう?)と自問自答しながら、指先で岩壁をこすってみると煤が付いた。

 どうやらシオンの読みは正解のようで直近此処を使用した者がいるという証拠になる。

 時折、洞窟に住み着いたコウモリがキィキィ鳴いて羽ばたいていく。

 その鳴き声が鳴子のように思えて煩わしく感じつつも、リオは警戒を露に鞘に手を添え身を屈めて足音を潜めながら進んでいった。

 カンテラのほんのりとした灯りだけで進んでいくと、通路の先の方がうっすらと明るくなり始めたことに気付いたリオは後ろをついてくる二人に、「止まれ」とジェスチャーだけで告げ単身岩壁の影からそっと顔を出し奥の様子を覗いた。

 通路の先は古びた木の扉があり最小限に絞られた魔法の灯りが灯されていた。


 (魔導士がいるのか?厄介だな)


 自分も魔法を使える身だという事を棚に上げて小さく舌打ちをすれば、足音立てぬ様に二人の元へ戻る。

 相手側に気付かれぬように小声で遣り取りをする3人。

 

 「どうだったの…?」

 「確実に人がいる、中には魔法を使うやつもね。交渉できる相手かは分からない、警戒は怠らない方が良い」


 扉の向こうが広い空間ならいい、ここと同じような狭い空間なら戦いづらい事この上ない。

 長剣は勿論、ハルバードなんて振り回すことは不可能だし、範囲魔法なんてもっての外。

 それでも行かなきゃならないことには変わりない、と3人は頷くと明かりが灯った方向へ歩き出した。

 扉に辿り着いたリオがノックするべきか逡巡していると、あろうことかリオを押しのけて前へ出たシオンが遠慮なく木製の扉に蹴りをかましてブチ開けた。


ードゴォン!!ー


『!?』


 驚いたのは敵もリオも同じ事。

 此方側の気配に感づいて戦闘陣形を取っていたであろう所に躍り込んできたのは、一人の少女で。

 リオもまさかシオンがそんな大胆な行動をとるとは思っても居なかった故に、反応が遅れて慌てて扉の奥へと飛び込んだ。

 扉の先は広い石煉瓦つくりの開けた空間になっていて、奥の方には祭壇がありざっと見た所5.6人の黒いローブ姿の人影と剣士らしき人影が見えた。

 そして一番奥にいる真紅の衣装(以下赤ローブ)に身を包んだ人物が、雪崩れ込んできたリオ達を見て叫んだ。


「来たな、異教徒の悪魔どもめ!我らが聖地に土足で入り込むとは何たる侮辱だ!」

 

 レンファン王国は勿論のこと、ライリール大陸の大半は『慈愛の女神』を信仰している。

 他にも四大属性の地神、水神、火神、風神を始め様々な風土に適した神を信仰している地域もあるが、基本的には敵対関係にある訳でもなく、ましてや赤の他人を突然『異教徒』等と呼ぶ人は居ないと言っても過言ではない。


 そう。


 全てにおける『破壊を司る』『暗黒神』と呼ばれる神の信者を除いては。


 「初めましての人間を異教徒呼ばわりするなんて自分達が何者かを暴露してくれたようなものだな…アルレシャの村も、村人達を屍人に造り変えたのも貴様らの仕業か!犠牲者を増やして何が楽しい!」


 プチと何かが切れたらしいリオが問答無用で剣を抜きながら口調も荒く言い放つ。

 「交渉するのはどこにいったんだー…」といったポコの言葉にも耳を傾ける気はないようだ。

 それに倣うようにシオンも腰からナイフ引き抜いて態勢低く構える。


 「はっ、今頃気付くとは所詮は愚鈍な異教徒よ!その程度の事で犠牲だ等とのたまうか?」 


 リオは抜身の剣をぶら下げたまま、無表情かつ緩慢とも言える動作で自分達を取り囲んでくる人の輪の中心に向かって歩き、一番近くに居た一人の黒フードに一瞥をくれると瞬間的に地を蹴りその間合いを詰めて、ぶら下げた儘だった剣を正面右脇腹から左肩口まで一気に斬り払った。

 唐突な攻撃に全員が一瞬凍り付く。

 

「…!うあああぁぁ!?}

 

 あまりの攻撃の速さに灼け付く様な痛みが後から来た黒フードは、血飛沫を上げる傷口を抱えるように体を丸めて転がり絶叫した。


「貴様らにとってはこの程度犠牲にもならないんだろう?俺にすれば消えて当然の命だ。」


 血振りをして剣を正眼に構えると冷笑を浮かべて感情のこもらない声で言い放った。

 後ろ姿しか見えないが、未だかつてないリオの冷酷な言動にポコとシオンですら薄ら寒い気配を感じて躊躇う。

 リオは周りにいても聞き取れないような言葉をブツブツと呟いているが、それは_。


 「犠牲?異教徒の手にかかるのは無念だが我らの魂は暗黒神様の御許へ導かれる!死は何よりの安らぎよ!貴様ら3人で何が出来よう!?暗黒神様への生贄にしてくれる、やれ!」


 狂ったような笑い声を響かせながら真紅のローブの人物は両手を高く掲げた。

 すると、時が止まっていたかのように立ち尽くしていた人影が一斉に襲い掛かってくる。

 黒ローブ1人と剣士1人がリオに、同じく剣士と黒ローブが1人ずつシオンに、そしてポコには黒ローブが2人。

 1人あっけなく打倒されたというのに人数的の差を過信してか真紅のローブは奥の祭壇で高笑いを上げている。

 リオ、ポコ、シオンの3人は三角形のように背中合わせに敵を迎え撃つべく陣取る。

 次の瞬間_今まで呟き続けていたリオが顔を上げて口を開いた。


 「ポコ、シオン!跳べ!」


 リオの声が響いた瞬間、その二人は本能的に床を蹴り宙へと体を舞わせた、ポコがロープを使い天井の梁にぶら下がるとシオンもポコが差し出した掌につかまった。

 逆に床に手を付いたリオは呟き続けていた術の言葉を発動させる。


 「水よ!風よ!大地よ!汝らの尊き力以て地を這い大気を震わせ全てを凍てつかせよ!」


ー三重詠唱ー


 属性呪文の使い手でも二つの呪文、もしくは二体の精霊へ干渉して術を行使するのは稀にみるがリオが行ったのは洞窟を覆う岩、岩壁をつたう水滴、洞窟の隙間から吹き込む風の三体の精霊に干渉して術を発動させた。

 真の才に恵まれた者のみが使える複雑かつ強力な術式をこなして見せたのである。

 リオの床についた手の先から、蛇のごとき氷の蔦が這いまわり襲い掛かろうとしていた者たちの足に触れるとその蔦がからまり敵の腹部までをも凍り付かせる。

 未だ這い回る蔦は石柱や石像にも絡みつき漸く動きを止めた。


 「人数差で勝てると思ったのか?愚鈍で浅はかなのはどっちだ?」


 ゆるりと立ち上がったリオはニタリと変わらぬ笑みを浮かべたまま、腹部まで凍り付いて動けずにいる剣士の一人を容赦なく右肩から左腹部にかけて斬り捨てた。

 斬られた剣士は体を真っ二つにされ血飛沫をあげながら凍り付いた下半身から上半身がずり落ち、氷の蔦を真紅に染め上げながら絶命した。

 流石にそれを見た他の暗黒神の信者達は恐怖に怯え、剣の柄を使って凍り付いた体を砕き剥がそうとしたり弱い炎の魔法で溶かそうとしているが、3体の精霊の力が使われた魔法がそう簡単に溶けるわけがない。


 「生憎俺は神に仕えるものじゃあないんでね、慈愛の心なんて持ち合わせちゃいないさ。今の感情は貴様らに近いかもしれないな。」

 

 ちら、と視線を横に滑らせるとそこにはもう一人の信者の姿。 

 短い悲鳴を上げる信者を無視して片手を翳し《無詠唱》の風魔法で凍り付いた下半身を砕くと、痛みはないだろうが砕かれた足に恐怖しその信者も絶叫する。

 そんな絶叫すら聞こえないかのようにモノともせず、すぐに視線を外してゆるゆると真紅のローブの素へと歩を向ける。

 

 「この程度の相手なら俺一人の方がよかったかもしれないなぁ?仲間にこんな姿を見せずに済んだんだ…これが狂うってのなら貴様らも俺もある意味同志かもしれないな…」


 惨憺たる光景と実力の違いに腰を抜かして、逃げるように身を引きずっていた真紅ローブの人物は吠えるリオに悲鳴を上げて許しを乞うた。

 

 「た、たしかにやりすぎた…再生を司る神の為だと思っていた!悔い改める!今すぐ悔い改める、だから許してくれ!!」

 「第一に赦しを乞うのが遅すぎる、そして俺は赦しを与える立場じゃない…(たが)えるな…その命をもってして詫びるがいい…」


 赤ローブの眼前までくると血脂に塗れた剣の腹で腰を抜かした相手の頬をピタピタと叩きながら、笑みを深くするリオ。


 「安心しろ、一思いに送ってやるよ。貴様が大好きな暗黒神様のもとへ、な……?」

 「リオだめーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 ポコに掴まれたまま天井からのシオンの絶叫にもリオの動きは止まらない。

 剣を両手持ちに変えて剣先を下に向けて呟く。


 「煉獄の炎よ、かの者の魂すらも焼き尽くせ。」

 

 残された僅かな魔力を炎に変えて剣に纏わせると、リオを見上げた儘だった赤ローブが開いた口から喉を通り胃の腑まで剣を突き刺した。

 舌も声帯も炎に焼かれて絶叫することもできずに身じろぐ赤ローブの姿を眺めたまま、意識が薄れていく中掠れた声でリオが呟く。

 

 「…紅蓮よ踊れ、煉獄よ爆ぜろ。」


 完全に意識を手放したリオの意を汲む様に炎を纏った剣から火柱が上がり白焔が赤ローブを包み、その姿か跡形もなくなるまで炎は消えなかった。


                ~誘われる闇の深淵へ・完~

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