EP9 ~解決への糸口~
~解決への糸口~
一夜明け。
目を覚ましたリオ達の目に映るアルレシャ村の現状は夢ではなく、昨日目にしたものと変わりなかった。
相変わらず村の数か所からは白煙が立ち上り、建物を倒壊させていく音が響いている。
村内の惨状を目の当たりにしたものの、肝心な原因が分からなかったという現状に一同は肩を落としつつ今後の行動について頭を悩ませた。
「病魔の根本が分からない以上、俺達に出来る事はないのではないか?」
ポコがあからさまな溜息交じりに呟く。
それは誰しもが思っているところで、歯がゆさから滲み出した本音でもあった。
唯一の手掛かりともいえるものは、リーゼロッテが気付いた汚染された井戸水だけ。
「リオ、私やはりこの《穢れた水》の詳細が気になりますわ。一度王都に戻って王立環境研究所なり大神殿なりに問い合わせてみたいと思うのですけれど…」
《穢れた水》_汚染された井戸水をリオ達はそう呼ぶことにした。
小瓶に注がれた水は無色透明で、一目ではただの井戸水と変わらない。
だが、その水が原因だとしたら。
「うん、僕もそれが気になっていたんだ。だが…今から歩いて戻るとなると、再びこの村に戻ってくる頃には…この村は…この村だけじゃなく手遅れになるかもしれない。」
時間経過による被害が酷すぎる事と、手をこまねいて村を見守るしかできない現状に悔し気にリオが呟く。
そうすると普段には見せない穏やかな笑みを浮かべたリーゼロッテが、やんわりとリオの肩に手を置いて声をかけた。
「リーオ。あなた、私の力のことをお忘れでなくって?多少時間はかかるでしょうが、徒歩より早い方法がありますわよ。」
「・・・!ロッティ、転移魔法を使う気か!?負担が半端じゃないだろうこの距離じゃ!」
空間魔法の使い手だけが使える転移魔法、転移魔法。
だがそれは転移する距離によって、術者本人の精神力と体力を大幅に削る、というリスクが伴う魔法。
故に簡単に使用する術者はいない、という事を知っているリオの瞳が不安に揺れる。
弾かれた様に顔を上げてリーゼロッテを見上げるリオに、彼女は優雅に微笑んで胸元からサファイアに似た宝石が埋め込まれたペンダントを取り出して見せた。
「我がチリエージュ家に稀に産まれた時空魔法の使い手のみに受け継がれる聖石。この石に込められた力を借りれば王都まで位なら転移する事も可能でしょう。」
「・・・聖石の、力・・・」
聖石とは、言葉の通り《聖》の力が凝縮された宝石で、その力は物によっては計り知れない力を秘めている。
相対するものとして、《魔》の力が凝縮された魔石と呼ばれる宝石もある。
元々魔石はモンスターの体内などに核として存在するのだが大半が穢れており、冒険者たちが大神殿に持ち込んでは、聖なる力で浄化され《魔法石》として加工した後、市場に売り出されることもある。
リーゼロッテが手にしている聖石は、下級魔物が持っている魔石とは明らかに違い、超上級の竜種や、(堕)天使のみが持っているもので、魔石とは区別され《聖石》と呼ばれている。
リオですら目にするのは初めてだった。
「多少負担はあるでしょうが、やってみなきゃわかりませんわ。あなたでもそうするでしょう?」
しっかりしろと言わんばかりに肩をポンポンと数度柔らかに叩くと、リーゼロッテはペンダントを片手で握りしめて目をつぶる。
誰が止めようと彼女の意思は変えられようのないものだった。
「わかったよ。ロッティ君に託す…君にしかできない。」
未だ不安の色を滲ませた声音でリオがそう告げると、リーゼロッテは任せなさいと微笑んでその姿を歪ませて空間の狭間に消えた。
「リオ…リーゼロッテは大丈夫なの?」
魔法に関しては疎いシオンやポコが不安を露に尋ねる。
問われたリオですら内心計り知れない不安はあるものの、二人の手前ふっと笑みをこぼして口を開いた。
「大丈夫だよ、ロッティは僕らより上級の冒険者だし…それ以上に特殊な魔法の使い手であるんだ。彼女が上手くやってくれることを願うとしよう。それと追加情報なんだが森の奥から唸り声を聞いた人達がいるらしいんだ、だから森の奥を探索しようと思うんだがどうだろうか?」
「森の奥から唸り声?獣じゃないのか?」
「直接その声の持ち主を見てないからわからない、だからこそ僕らが行ってみなければ。」
リオの言葉に頷くと残された3人は戻ってくることを前提として、野営の後をそのままに最低限の装備を整えると茂みをかき分けながら新緑揺れる森の中へと入っていった。
~王都・リーゼロッテ視点~
ぐらり。
普段では感じられないほどの眩暈が彼女を襲うが、持ち前の意志の強さでリーゼロッテは倒れるのを堪えた。
跳ぶ寸前に見た森と村の景色が歪み、周りの景色が溶けるように現れたのは王都の一角。
それもリオ達と旅に出る前に彼の兄に別れを告げた場所である、リオの家の玄関前だった。
(私ったら無意識にここを転移魔法の起点にしていたのね…でも、それなら話が早いわ)
聖石の力を借りたとはいえ我が身にかかる負担は予想より大きく額に滲む汗をハンカチで拭うと、白樫の大扉を開いて今一番頼れる人の名を呼んだ。
「リーヴェ様!!リーヴェ様は御在宅でしょうか?!」
珍しく大声を上げるリーゼロッテの姿に近くにいた使用人が驚いて、私室にいるはずのリーヴェを呼びに行ってくれた。
転移魔法の代償か震える足に力を入れて平然を保つように立っていると、間もなく慌てた様子のリーヴェが使用人に導かれて階段を下りてくる。
「リーゼ!?こんなにすぐに戻ってくるとはなにかあったのかい?」
「リーヴェ様…不躾な訪問失礼いたします。でも事は急を要するのです、どうかお力をお貸しください」
「僕に出来る事なら構わないが伝書鳥を飛ばせといっただろう…」
「伝書鳥より私が跳んだ方が遥かに速いですわ。」
リーゼロッテが無理を推してまで空間魔法を使ったことを咄嗟に悟ったリーヴェは深い溜息をついた。
くす、と小さく笑んだ後にリーゼロッテは懐から例の《穢れた水》の入った小瓶を取り出す。
ただの水に見えるそれに首をかしげてリーヴェは彼女に問うた。
「これはなんだい?新しいポーション?」
「違います!…これはアルレシャ村の井戸水を組んだものです。もしやと思って簡易検査キットを使ったところ有害なものの反応が出ました。ですが、簡易的な物ではそこまでしか分からなくて…」
「大神殿…いや、あそこは今バタついててそれどころじゃないな、王立環境研究所に頼むとしようか。」
「お願いですリーヴェ様、是非とも私も同行させてはいただけませんか?」
リーゼロッテの珍しい願いにリーヴェはほんの一瞬目を丸くするも、彼女の頭をポンポンと撫でると頷いて答えた。
「勿論だよリーゼ、一緒に行こう。君には知る権利がある。」
身支度を整えてくるから待って手と言い残してリーヴェは一度私室に戻り、分厚い書類の束を片手に再び階段を下りてくるとリーゼロッテから小瓶を受け取り、用意させておいた馬車へと彼女を促して自分も乗り込み、王城へと馬車を走らせた。
~王城~
王都の東に位置する王城につくと白煉瓦で出来た門を潜り、大門の前で馬車を止め、二人は下りた。
唐突な訪問であるにもかかわらず、王家の血を引くリーヴェの姿を目にすると兵士たちは一斉に敬礼して城の中へと促す。
カツカツと高い足音を響かせて玉座の間へと向かうと、そこには国王と第一王子の姿があった。
白煉瓦の敷き詰められた広間の中央にふかふかな深緑のカーペットが、敷かれている。
「これは、久しいなリーヴェ。隣にいるのはチリエージュ家のご令嬢か。唐突な訪問とは珍しい。」
国王と王子の姿を前に、リーヴェとリーゼロッテの二人は反射的に片膝を付いて礼を尽くすと、威厳のある低く響く声音で国王が二人に声をかける。
「王国の太陽、国王陛下並びに王国の綺羅星、第一王子にはご健勝であられます事、お慶び申し上げます。」
「よいよい、身内であるお前にそのような堅苦しい言葉を並べられるとむず痒くて敵わん。」
「リーヴェ、私たちは従兄弟だ、そんなに畏まらないでくれ。」
格式張った言葉遣いのリーヴェに対し、二人の王族は苦笑いを浮かべた。
元々は一兵士だったにも拘らず、武芸は勿論知略にも長け隣国との争いを制し、兵士や国民の圧倒的支持を得てレンファン王国を興した獅子王とも呼ばれる国王アフリード。
白髪交じりの黒髪を後ろに撫でつけて戴冠し、玉座に座する姿は齢60を過ぎても真紅の瞳の眼光は鋭くまだまだ現役そのままに見える。
そして国王の傍に控えるのはレンファン王国第一王子のシャロン。
リーヴェと父方の従兄弟にあたる彼は、亡き王妃譲りの深緑のストレートな髪を背中の真ん中まで伸ばし、髪色と同じ深緑の瞳をしていた。
シャロンもまた普段は物腰穏やかで心優しい青年だが、父親である国王より王妃の血統が濃かったのか魔法の力が強く、また知略に於いては若さゆえの知的好奇心の旺盛さと応用性が高く上回っていると言っても良いだろう。
国王も第一王子の能力を買い、息子というよりも参謀として傍に置いているようだ。
「ところで随分切羽詰まった様子だが何用か?」
「はい。現在近隣諸街から広まっている疫病の事について重要な情報がありまして…。」
「ふむ、リオルやそこのご令嬢がアルレシャの村に視察に向かったと聞いて居るが?」
鷹揚に頷いた国王アフリードが祖先でその先の説明を促す。
「その通りです、そしてリーゼロッテ嬢が入手してきたアルレシャ村の井戸水なのですが、有害な物質が含まれていたとの報告を受けました。」
「井戸水に有害な物質だと?」
「発言をお許しくださいませ、国王陛下。私やリオルが向かったアルレシャ村では、発症した患者が発熱しその後体中に紫色の痣が現れ死に至るという疫病と呼べるものが蔓延っておりました。」
リーゼロッテが告げる状況にアフリードとシャロンの二人が言葉をなくす。
国王や第一王子が感染しても大事になると周囲から止められ、直接大神殿に足を運んだ訳ではないが故に被害が予想の上を行っていたことに驚きを隠せないでいる。
「リーゼロッテ嬢が申し上げる通り現状では有害な物質だけという事しか判断できず、詳細を王立研究所に依頼したく。出来れば早急に結果が知りたいのです。待っているリオル達の為にも。」
言葉を続けるリーヴェに、瞠目したままのアフリードとシャロンが視線を一瞬だけ交えて、すぐにリーヴェに視線を戻した。
「よかろう、環境研究所の最新の研究内容とする。シャロン。確か研究所にはレティーナがいたはずだな?」
「はい陛下、レティーナがずっと籠っております。あの子に伝えればすぐにでも取り掛かるかと。」
「ならば案内してやれ、最優先に動け、と。」
「拝命いたしました。陛下の命とあれば直ぐにでも取り掛かるでしょう。…さぁ、二人とも事は一刻を争うのだろう?行こうか。」
シャロンが長髪を揺らして王の傍から降りてくると、跪いたままの二人に立つように促す。
リーゼロッテとリーヴェの二人は、シャロンに従ってアフリードに一礼すると玉座の間を後にした。
「第一王子…いや、シャロン様。レティーナ様は相変わらずなのですか?」
「やっと名前で呼んでくれたなリーヴェ。ああ、あの子は根っからの研究体質で、一度研究に没頭すると研究所から出てこなくて、父上や私も心配しているんだ…。」
レティーナと呼ばれる少女は、シャロンの妹でレンファン王国の第一王女である。
齢15で大人顔負けのずば抜けた頭脳を持ち、また本人の趣味やら性格やらのせいで王立環境研究所はある意味、彼女の住処になっているといっても過言ではない。
ちなみにリーゼロッテを「お姉様」と呼んで慕っているのは余談である。
花咲き乱れる中庭の脇の通路を抜けて広大な薬草園を抜けると、僅か先にある石造りの王立環境研究所の建物が見えてきた。
その建物が見えてくるとリーヴェとリーゼロッテの二人は、僅かにほっとしたような表情を浮かべた。
リーゼロッテは手を合わせて祈るように胸元で手を合わせ内心で願った。
(どうか、解決方法が見つかりますように…)
~解決への糸口・完~
レンファン王国・王位継承順
現国王ーアフリード(シャロン、レティーナ、バシーポリーの父)
王弟ーイグニード(リ―ヴェ、リオルの父)…王位継承権放棄済
王位第一位継承者…シャロン(正妃の長子)
王位第二位継承者…バシーボリー(側室の長子)
王位第三位継承者…リーヴェ
王位第四位継承者…リオル




