世間知らずな王女様は側近騎士に恋をする
「シド。私、町へ行くわ」
「今日は急に何を言い出すんですか、姫様」
リリカは寝間着姿のまま紅茶をすすりながら言った。
国王陛下には娘が一人しか生まれなかった。
しかも遅くに出来た子のため、めちゃくちゃに甘やかされて育った。
「ついてこないでね」
「護衛もつけずにそんなこと出来るわけないでしょう」
俺はうんざりしながらベッドに散らかった人形たちを救出していた。
王女であるリリカは16歳、だがめっぽう世間知らずで随分と幼い印象だ。
まぁチビで童顔なせいなのもあるが。
「ならついてきてもいいわ。けれど話しかけないでね」
「それは約束出来かねます」
「城下くらいひとりで歩けるわ。シドのお守りなんて必要なくてよ」
お守りされてる自覚はあるんだな。
3年前に国王陛下からリリカ王女の護衛兼話し相手の命を受けた時は、これ以上ない栄誉だと思った。
若くしての大抜擢。
だが蓋を開けば世間知らずの子どものお守り。
俺は何のためにこれまで剣の腕を磨いてきたのか。
悔しくて腐りたくもなる。
「準備をするから出てくださる?」
俺は救出した人形を枕元に配置する。
「常識ある格好でお願いしますね」
「わかってるわよ。私を誰だと思っているの?」
扉から出てきたリリカの姿に唖然とした。
金髪の巻き髪にはいくつも宝石のついたキラキラした髪飾り。
ドレスはフリルがふんだんについたピンクのプリンセスライン。
つるんとした傷一つない真新しいヒールに、人目を引くメイク。
俺は支度をした侍女を見た。
「リリカ様のお言いつけで」
侍女は青い顔で頭を下げた。
「シド、何をぼーっとしているの」
「姫様、随分とおめかしなさいましたね」
皮肉たっぷりに言ってやる。
町に行くのにそんなに目立ってどうする。
お前は王族だぞ? お忍びという言葉を知らんのか。
「あら、もしかして見とれてしまった?」
リリカは嬉しそうに笑った。
「常識ある格好でと申し上げたはずですが」
「お出かけだもの。ぴったりでしょう」
リリカは自信満々に胸を張ると、守衛に向かって意気揚々と歩き出した。
「へぇ、色々売っているのね。楽しいわ」
ちらちらどころか、ガン見されていますよ姫様。
人の目を気にするなんて生まれてこの方したことないから気付いてないでしょうけど。
「今日は市が出ていますからね。はぐれんでくださいよ」
「ちょっと、話しかけないでって言ったでしょう」
「先に話しかけてきたのは姫さんだろ」
「シ、シドに話しかけたわけじゃないわ。独り言よ、独り言」
「まぁ、これキレイね。こんな宝石見たことないけれど、何かしら」
リリカはアクセサリーの露店の前で立ち止まると店主に話しかけた。
町娘なんかが好んで身に着ける、安価な装飾品の店だ。
木製の商品棚いっぱいに置かれたアクセサリーを、食い入るように見つめている。
「これは宝石じゃなくてガラスですよ」
「ガラス……し、知っていてよ」
知らんくせに。
「人気があるのはこのへんだね。ピンクのガラスは恋に効くって評判だよ」
「恋に……そのかんざし、いただくわ」
「まいど。銀貨8枚だ」
「銀貨? お金なんて持っていないわ」
「それじゃあ売れないな」
「困るわ。恋に効くのでしょう? 渡しなさい」
「無茶言わないでくれよ。憲兵を呼ぶよ?」
それは困る。
憲兵なんて呼ばれた日には、姫様のお立場も、護衛の俺の立場もヤバい。
なんたって憲兵は俺の古巣だ。
「金なら俺が――」
「シドは黙ってて!」
世間知らずのくせに偉そうだな。
「ものを買うときはお金と交換するんですよ」
俺はそっと耳打ちする。
「嘘よ。いつも『これをいただくわ』と言ったら、皆商品を置いていくでしょう」
「それは王宮内だからですよ」
そして代金は王室付け。
まぁリリカが代金を支払わずに商品を手に入れてきたのは事実だ。
「お金はないの。これと交換なんていかが?」
「ちょ! それは!」
リリカは髪から髪飾りを抜いた。
良質の宝石を一粒ずつ選び、オーダーメイドで作らせた時価総額金貨ウン十枚の髪飾り。
「髪飾りとかんざし、交換しましょう」
「お嬢さん、いいのかい? これ本物だろう」
「構わないわ」
店主はその輝きを前に唾をのむ。
「か、返さないぞ?」
「私こそ返さないわよ」
リリカは髪飾りを置くと、ガラスのかんざしを頭に挿した。
「な、なら全部持っててくれ」
「だめよ。一つずつの交換でしょう」
何言ってんだこいつ。
店の商品全部もらってもまだお釣りがくるぞ。
「あ、ありがてぇ」
「いい買い物が出来たわ。ごきげんよう」
リリカは上機嫌で言った。
「あんたバカですか」
「は? 何言ってるの?」
「もったいなさすぎて、今夜は宝石に殺される夢でも見そうだよ」
「上手に買い物出来たでしょう? 褒めても良くってよ」
リリカはふふんと鼻を鳴らす。
城に帰ったらみっちり勘定を教えないとな。
「喉が渇いたわね」
「何か買ってきますよ。もう宝石を売り払うのはごめんですからね」
「飲み物くらい一人で買えるわ。見ていなさい」
「金は」
「黙って見てなさい」
リリカは牛乳屋の看板を見上げると、すました顔で笑った。
「牛乳をいただける?」
リリカは販売員の女性の声をかける。
「ここで飲むかい? 持ち帰るかい?」
「ここでいただくわ。代金は城に請求してちょうだい」
「たまげた。あんたリリカ様じゃないか」
なるほど。
城の出入り業者を使ったか。
看板に王室御用達の印が入っている。
露店と違って代金を城付け出来るなら、確かに現金はいらない。
「美味しい! これ、すごく美味しいわ!」
「そりゃ搾りたてだからね!」
「城の皆にも飲ませてあげたいわ。お店にある分、全て城にお願い出来る?」
「全部かい!? それは……」
女店主がちらっと姫様の後ろを見た。
小さな赤子を抱いた若い母親がならんでいる。
母親はガリガリに痩せ、赤子もどことなくぐったりしている。
「代金なら大目に払うわ」
「そりゃ嬉しいけど」
ウアッ、ウアッ。ウァー。
赤子が目を覚ましたのか、弱々しく泣いた。
母親は骨ばった腕で赤子を揺らす。
「姫様、後ろに人が」
俺はリリカをせっつく。
「あら、赤ちゃん?」
「あ、あの、牛乳を全て買われるのですか? この子の今日の食べ物がなくて……」
「食べ物ならあちこちに売っていてよ? たくさんお店が出ていたわ」
「こ、この子は、ミルクしか」
母親はおどおどして言った。
「好き嫌いは駄目よ。私もいつもシドに怒られるわ。他をあたりなさい」
はぁ。
申し訳ない。
「小さな赤子はミルクしか飲めんのですよ」
「シド、あなた好き嫌いはいけないといつも言うじゃないの!」
「好き嫌いではなくてですね、赤子とはそういうもんなんです」
「食事が、ミルクだけ?」
ぽかんとしているということは本当に知らなかったんだな。
自分が赤子の頃の記憶なんてないし、一人っ子ときた。
仕方ないとはいえ世間知らずっぷりに頭が痛む。
「帰ったら赤子の育て方を教えますよ」
「あ、赤子の!? そ、それは、誰と誰の!?」
「は? 一般的な赤子ですが。あんた、何を想像してるんですか」
顔を赤くして。
「あ、あの。牛乳をいただいてもいいでしょうか」
母親は恐る恐る言った。
「えぇいいわ。先に買いなさい」
「牛乳を、瓶に半分ください」
消え入りそうな声だった。
「半分!? そんなに少ないの!?」
確かに少なすぎる。
赤子の弱々しい声といい、母親の痩せ具合といい、気になるな。
「失礼。ご主人は?」
「お、おりません。この子は私生児ですので」
おおかた愛妾にでもされ、子が出来たら捨てられたのか。
汚れてはいるが、整った目鼻立ちをしている。
「一人で育てているのですか?」
「は、はい」
「仕事は?」
「いえ……子どもを連れていては働ける場所もなく」
城下は栄えているが、たまにこうした貧困に喘ぐ者もいる。
今日は瓶に半分の牛乳を買えたとしても、明日はどうなることやら。
「あら、だったら城に来なさい」
「ひ、姫さん?」
何を言い出すんだ。
「私の侍女になればいいのよ。仕事がないんでしょう?」
「で、ですが。子どもが」
「シドに見させればいいわ。お守りは得意だから」
えぇ、得意ですとも。
あんたより手が掛からなそうですけどね。
「えっと、あの。あなたは一体」
「こちらは王女リリカ様です。ご厚意に甘え、城で仕えてはみませんか」
俺は丁寧に頭を下げた。
「お、王女様?」
「とりあえず十分なミルクを」
俺は女店主から牛乳瓶を二本受け取ると、母親の肩掛け鞄に突っ込んだ。
「こ、こんなに」
「こちらは賃金の一部だと思ってください。家はどちらです?」
「その角の、宿屋の馬小屋を間借りしています」
「では馬車で本日中にお迎えに上がります」
「ほ、本当に?」
「よろしいですね、姫様」
「えぇ」
リリカは事もなげに言った。
母親は何度も頭を下げると馬小屋に戻っていった。
俺は散策を再開したリリカの後ろをついて行く。
「姫さん、赤子のミルクまでとろうとしちゃいけませんよ」
「だって、知らなかったんだもの。それに、私は城の皆を労おうと思って」
リリカはしゅんと下を向いた。
「労うねぇ」
「い、いつも、世話になっているでしょう」
「あんたはもっと世間ってもんを知らないといけませんね」
「……」
「今回は仕方ないですが、あんな風に人間を拾うのもナシですよ」
リリカはぴたっと立ち止まる。
「楽しくない」
「じゃあさっさと城に帰りましょう」
「い、嫌よ!」
「何です。何かしたいことでもあるんですか」
「シドには言わない!」
「あ、ちょっと!」
リリカは走り出した。
真新しいヒールで、重いドレスを着て、そう走れるものではないのに。
だがその意固地を折るにはここでは少し分が悪い。
人が多いこの場所で、王女を嗜めて恥をかかせるわけにはいかないのだ。
俺は仕方なく、リリカに気付かれない距離から彼女を見守ることにした。
それが災いした。
路地裏から二人組の男がふらっと現れた。
数言何か話したあと、リリカは二人組について路地裏の暗がりに消えた。
「あの世間知らずがっ!」
俺は地面を蹴る。
知らない人にはついていかない、それぐらい何でわからないんだ。
「おい待て!」
路地裏の先にリリカと男がいた。
「何だお前」
「その娘を返してもらおうか」
俺は剣を抜く。
「おいおい物騒だな。この嬢ちゃんが連れてってほしいって言ったんだ」
男たちは下劣な笑みを浮かべていた。
「連れて行くと言ったか?」
「あぁ、望み通りな。何でもカフスが欲しいらしい。俺たちの船に招待するところだ」
「船? それは承知出来んな」
「おい」
「あぁ」
男たちは目を合わせると、大柄の男の方がリリカを抱えて走り出した。
「な、何をするの! 無礼者!」
「どけ」
「お前の相手は俺だよ」
路地裏に残った狐目の男は懐から短刀を取り出した。
「あんな上玉滅多にいねーよ。外国へ出せば高く売れる。悪いがお前にはここで死んでもらおう」
「死ぬのはお前だ」
俺は一気に間合いをつめる。
剣の切っ先が、ちょうど男の目に届くくらいに。
思いっきり横に振り払うと、男の前髪がはらりと落ちた。
「な、何て速さだ」
「次は当てるぞ」
「ひ、ひぃぃぃ」
狐目の男は腰を抜かして座り込んだ。
俺は手刀で男の首を打つと、そのまま男は気絶した。
「きゃあぁぁ!!」
狭い路地裏にリリカの声がこだまする。
俺は声の方に向かって走る。
「姫さん!」
「シド! 助けて!」
男に抱えられたリリカは震えた声で叫んだ。
「おいおい、ナイトのつもりか?」
大柄な男は乱暴にリリカを地面に投げるとコキコキと首を鳴らした。
「いかにも、俺は騎士だが」
「は? 何だそれ、つまんねーんだよっ!」
体格に似合わず高速のタックルが俺の肩を襲う。
俺は体勢を立て直す。
「へぇ立ってられるのか。次は骨の一本いっちまうぜ? 嫌なら女置いて消えろ!」
「一撃で仕留めなかったことを後悔するんだな」
俺は剣を真上から振り下ろす。
男の肩からは真っ赤な血が噴き出した。
「うわぁぁぁぁ!」
「これでタックルは出来ないだろ。急所は外してある。早く手当てするんだな」
男は傷をかばいながら消えた。
「姫さん、平気ですか」
「ご、ごめんなさい」
「はぐれるなといったでしょう」
「だって、悪い人だとは思わなくて」
「あのねぇ。あんたみたいな美人、一人になったら危険なんだよ」
「び、美人!?」
「例え悪い人じゃなくてもね、変な気を起こされたらどうする」
「変な気って」
「知らない人にはついていかない。学んだ?」
リリカはこくりと頷いた。
「で、唐突に町に出た理由はカフス?」
「……そうよ」
「なんだってまたそんな。城に商人を呼べばいいでしょう」
「自分で買いたかったのよ」
「あげたい男でもいるんですか」
「い、いるわ!」
「まぁいいですけどね」
俺はリリカの腕をとって身体を起こしてやった。
「気にならないの?」
「あぁ、興味ないね。姫さんが慕う男なんて」
三年間。
俺が一番近くで見てきたっていうのに、姫さんはどこぞの男に取られるんだろう。
そんな胸糞悪い話、聞きたくもない。
「興味、ないの……」
「ほら、さっさと買いに行きますよ。どんなのがいいんです?」
「シドは、どんなのがいいの」
俺?
「あのねぇ。世間知らずの姫さんに教えてやるよ。他の男が選んだ物を喜んで受け取る男なんていない」
だいたい恋敵へのプレゼントを俺に選ばせるなんて無神経にもほどがある。
「プレゼントはあなたによ!」
「姫さん?」
「あ、あなた、カフスがとれたと言っていたじゃない」
「いつの話ですか」
「は、半年くらい、前」
バカなのか?
「そんなのその日のうちにつけましたよ」
「そ、そうなの!?」
「もう忘れかけてましたよ。なんで今更」
「シド、明日誕生日でしょう」
「あぁ、だから」
くだらない。
俺の誕生日プレゼントのために怖い目に遭って。
俺はリリカを抱きしめた。
「シド!?」
「恋に効くかんざしは俺のため?」
「っ! だったら何!?」
「俺のこと好きってこと?」
「そ、そうよ。悪い!?」
はぁ。もう何だよ。
「あのね、世間知らずついでにもう一個教えてやる。従者が姫さんに手出すなんて、御法度中の御法度だよ」
「そ、そうなの!? でも嫌よ。私、シドが欲しいんだもの!」
リリカは泣きそうな目で俺を見上げた。
「そりゃ反則だよ」
「シドは、私のこと、どう思ってるの」
「姫さんの願いを叶えるのが俺の仕事だからなぁ」
「じゃあ」
「叶えてやりましょう。好きですよ、姫さん」
俺はリリカにキスをした。
「っ! お父様に、怒られるわよ」
「正々堂々と怒られますよ。それくらいの覚悟は出来てる」
「じゃ、じゃあ! 私も一緒に!」
「ややこしいんでやめてもらえますかね」
「シド!」
「ほら、帰りますよ。国王陛下に怒られにね」
俺はリリカをふわりと抱き上げると、大通りに向かって路地裏を歩き出した。
お読みいただきありがとうございました。
ぶっきらぼうな男騎士を書きたくて短編にて掲載です。
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