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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
8/29

「おっしゃっていたとおり。 "もぐら" は危険な場所のようですね」


 若い神官――名をニーザスと名乗った澪尾神官(シェルヴァ)は、左手で造りだした炎を、道の途中で見つけた落盤跡にかざした。


 酒屋のお兄さんは、落盤跡を照らしている小さな炎豪を、さも不思議そうに眺めている。

「ニーザス神官。熱くないんですかい?」

「ええ、まったく。真術は、造り手の意図に反しませんので」

「へえ、すごいですね。……なあ?」

 話をふられたので、即座に「そうですね」と返した。


 自分で言っておいてなんではあるが。真術へのおどろきに対して、同調している感じが一切ない。

 いつ、どこからばれるかわかないというのに、下手をうってしまった。

 しかし、先行している三人は、だれも自分の返事を気にかけていないようだった。

 お兄さんは炎豪に夢中だし、神官は崩れ落ちている道に意識を向けていた。もうひとりの男は、やけにそわそわと道の先を気にしている。落ち着きのなさが気になったので、先頭を行く男に最後方から声をかけた。


「もしかして、崩れそうなところでもありますか?」

 声をかけた途端、男の肩が跳ねたように見えた。

「い、いや……。いまは大丈夫そうだ」

「どうしたんだよ。らしくもない」

「うるさいぞ、カイ」

「びびってるのか?」

「……言ったろ。さっき崩れたところを見かけたんだ。警戒だってするさ。そら行くぞ」

 お兄さんの背中を大きく叩き、男が早足で歩きはじめた。その背中を追いながら、ちょっと変だなと考える。

 同じ感想をもったのか、神官の足が止まっていた。

 警戒を深めたその人に「どうしましたか?」と聞いてみたけれど、神官は「何でもありません」と微笑(わら)い、ゆっくり歩き出した。


 しかし、その言葉をそのまま受け取ることはしなかった。なぜなら、神官と先頭を行く男との距離が、さきほどよりも大きく空いている。

 真力が十分になくとも、真眼を開けば、それなりに勘が冴える。

 神官が描き出した真円も。造り出した炎豪も。力の加減は、片生と似たようなもの。

 それでも、真眼を開けば常人では視えないものが視えるようになる。男に対して抱いた神官の感想は、自分と同じのはず。


 束の間、どうしようかと悩んだ。

 このまま行くのは気が引ける。何かはわからないけど、何かがありそうだ。

 身の保身を考えれば、撤退するのがいい。いまなら帰り道に迷うことはない。さっきの茶店に戻るのが最適解だ。

 だがしかし、それでは術具屋にたどり着けない。

 術具屋に行けないということは、鎮成と隠匿が手に入らないということ。つまり、今日この町に来た目的が果たせないということになり。それはそのまま、師父の課題を達成できないという未来に通じている。


 どうしたらいいか?

 どちらが最善なのか?

 ふたつの相反する考えが、狭い頭で火花を散らす。

 悩んで、悩んで、悩み抜いたあげく。安全のために戻れという正論が、勝利を手にした。


 すみません。忘れ物をしました――。

 そんな小さなうそを、口から出そうとしたとき。両目が、見てはならないものを見つけてしまった。


 いや、正確には見つけるべきものだった。

 ただし、これには「普段であれば」という注釈がつく。

 本来なら見つけるべきで、いまだけは見つけたくなかったもの。そんな問題の一品は、ニーザス神官の腰帯(こしおび)にかかっていた。


 桔梗色の祭服に、黄色の腰帯が巻かれている。その目立つ色の腰帯には、使い込まれた短剣が下げられていた。

 問題の品は短剣の鞘にくくりつけられ、神官の歩きにあわせて、ゆらゆらとゆれ動いている。


 見てしまった。

 見つけてしまった。

 あれはどう見ても、正真正銘の "救援札(きゅうえんふだ)" だ。


  "救援札" とは、定められた役目を担っている人だけが所有でき。特定の合図を伝えるときにのみ使用を許される、特殊な札である。

  "救援札" の存在を知っている者は、とても少ない。

 しかし、その存在を知っている者が "救援札" を見つけた場合、自ら助力を申し出なければならない。

 これは四大国とパルシュナ教会。そして、四つの真導士の里の間で交わされた条約にも、しかと明記されており。真導士にとって非常に大切な、 "真導士の十戒(じっかい)" にも載っているのである。




 顔を(おお)っている布の下で、間が悪いとつぶやいた。

 目の前で、 "救援札" がゆれている。真導士がこれを無視していいのは、任務指令書にその旨が記載されているときだけだ。


 自分はどうあっても、ニーザス神官を手助けしなければならない。

 まだ一人前でないから、助力の範囲は限定されている。しかし、 "救援札" そのものを無視はできない。

  "救援札" を無視をしたら厳罰が下る。

 条約に関する賞罰。これを管理しているのは "空白の地" だ。秘密を守るための特別は、サガノトスのなかだけの話。だから、絶対に無視をしてはいけない。


 ……ああ、自分は何て運がないのだろう。

 まるで、ここ最近の平穏が夢か幻のように。

 むしろ、その間にたまっていたつけを払うように、事態が急激に傾きはじめた。


 だれにも気づかれないよう、深く息を吐き出して。気力を整えてから、覚悟を決める。

 そうだ。見つけたのなら、やるしかない。まずは落ち着こう。半人前の自分にできることはかぎられている。

 まずは、 "救援札" の主に、困っていることはないかと聞く。そうしたら、自分はその内容を引き取って、近くにいる一人前の真導士――高士や令師に伝達する。やることは、たったのこれだけだ。

 このまま、 "もぐら" を行くのは気が引ける。

 しかし、まだ勘は騒いでいない。

 あの耳鳴りも聞こえていない。

 耳鳴りがないのなら、命の危機まではおよばないはずだ。


 最悪の場合、自分には師父からもらった "お守り" だってある。

 この "お守り" の正体は、特別な条件が籠められた "転送の陣" だ。籠められている条件は、全部で四つ。

 一つ、術具が使用者から離れた場合、家へ転送する。

 二つ、使用者の真力が底をつきかけたら、家へ転送する。

 三つ、使用者の命が危うくなり、 "魂核" が特定の反応を示したら、師父の元へ転送する。

 四つ、使用者の命が危ぶまれるほどの強大な力を感知したら、師父の元へ転送する。


 つまり、 "お守り" を身に着けているかぎり、自分の命は保証されているようなものなのだ。多少無茶をしても大丈夫。

 見たところ、問題の男は真眼を開いていない。この人だけが相手なら、澪尾神官(シェルヴァ)がいればどうにかなる。

 真円から推察するに、神官は天水だ。

 しかし、小さいながらも炎豪をあつかえている。離れずにいれば、女神の加護を受けられるだろう。


 そこまで考えて、深く、静かに深呼吸をした。

 ……ふむ。とにかく、神官とふたりきりになろう。 "救援札" にまつわる内容は、民の耳に入れないよう配慮する必要がある。

 ふたりきりになって、 "救援札" を指差し、「何かお困りですか?」と聞く。それだけでいい。


 聞けば、自分が真導士であるとニーザス神官にばれてしまう。

 でも、心配はいらない。真導士について口外しないことも、条約に定められている。それに、もしも必要だと判断したら、術具屋の高士が忘却をかけてくれるだろう。

 自分はただ、ニーザス神官の困りごとを確認して、術具屋の高士に伝えるだけ。術具屋にいけば、同時に自分の用事も済ませられる。

 本来の道のりより、ちょっとだけ遠回りになった。けれども、目的地にたどりつけば、問題は一気に解決する。




「そういえば、このごろ顔を見かけなかったな」

 土の匂いが充満している坑道に、お兄さんの声が響いた。

「ちょいと買い付けに行っていた。つぎの春迎祭の準備だ。商談がうまいこと行ったから、早めに帰ってきたんだけどな。町がこれなもんで、親父とお袋が店を閉めちまっててよ」

「品切れか?」

「昨日な。買い付けた品が届くには、まだ何日も空く。追加の仕入れに行こうにも、(ほこら)に入れない。どうにもできんから、いっそ親を連れて湯治にでも行こうかと考えているところさ」

 この話を聞いて、お兄さんがううむと唸った。

「どこも大変なのな。兵士ひとりのために流通を止めるなんて、そんな大げさにしなくても……」

 お兄さんのつぶやきに、ニーザス神官が苦笑をもらした。

「兵士の出奔(しゅっぽん)は、国家に対する大罪ですから」


 どの階級の兵であれ、兵士は所属している部隊の情報を持っている。

 万が一、外部に漏れてしまえば、所属している部隊の活動が丸裸となってしまう。

 そういった事情から、兵士の出奔(しゅっぽん)は許されていない。

 もし出奔(しゅっぽん)した場合、投獄は当然で。当人の階級によっては、死刑すらあり得る。部下が出奔(しゅっぽん)したなら、部隊を率いている者にも処罰が下るのが通例だという。


「……なるほど。さっきの兵士は、それで気が立ってたんだ。とんだとばっちりだったな、サミー」

「ええ、本当に」

 相変わらず聞き慣れない、自分の奇妙な声を聞きながら、周囲に目を配る。

 坑道に、おかしなところはなさそうだ。

 遠くから風がきているから、呼吸の確保もできている。近くに真術の気配も、魔獣の気配もない様子。いまのところ、大丈夫なようにしか思えない。

 真眼を見開けば、視える範囲が一気に広がる。しかし、いまはそれほど危険な状態ではなさそうだ。

 自分のなかで、徐々に負荷を増している「隠し事」という名の荷物は、ところどころで顔を出して、いきおいを削いでいく。

 とにかく安全に。

 余計なことをせず。

 黙したまま、秘密の殻にこもって動かない。

 里で過ごした日々とは、まさしく真反対の方針。この秘められた任務は、自分にとってどうにも落ち着かないものだった。


「ついたぞ、ここだ」

 男に誘われるまま、お兄さんが細い横道へ入っていく。自分より半歩前を進んでいた神官が、横道の手前で思案するように立ち止まる。

「神官さま」

 小声で呼びかければ、決意したような顔で「お先に」とだけ口にし、神官も横道へ入り込んでいく。

 神官の姿が、離れたのを確認してから、真眼をそっと開く。うすく開いた第三の目で、三人がいる横道の奥を視た。

 ……やはり、どこを探っても危機の気配は視えない。高い音が届くような予感もない。男が行動を起こすとしたら、地上に出てからだろうか?

 結論を出して、自分も横道へと足を踏み入れた。


「このはしごは、どこに通じているんだ?」

 横道の奥では、三人が古びたはしごを見上げていた。

「うちの店の倉庫だ。……ちょいと耳を塞いでおけ」

 男はそう言うと、はしごの横に置いてあった手持ち鐘を、がらがらと大きく鳴らした。

 盛大に響いた鐘の音に、お兄さんが首をすくめる。

「何だよ、それ」

「合図さ。床に鍵がかかっているから、こいつを鳴らさないと空けてもらえない。さて、オレが先に上がるから、待っててくんな」

 手持ち鐘を片手に持った状態で、男がはしごを上っていった。天辺までいきつくと、拳で隠し戸をこんこんと叩く。

「あれ。親父め、耳が遠くなったのかな……。すまん、もう一度だけ耳を塞いでおいてもらえないか?」

 男に「またかよ」と返して、お兄さんが耳を塞いだ。けれども、横目で見た神官は耳を塞ぐこともせずに、はしごをじっと見上げている。

 どうしようかとわずかに悩んだけれど、自分も神官にならうことにした。


 さきほどよりも盛大に、手持ち鐘が鳴らされる。

 がらんがらんという音が坑道で反響し、響いて渡る。

 鐘の音が、坑道の向こうまで響き渡っていった。その余韻が、完全に消えないうちに、どこからか引きずるような重い音が聞こえてきた。

 ずずっ……という音は、はじめ頭上から降ってきているのかと思えた。方向が違うとわかったのは、視界が大きく落ちてから。


 土の流れに飲まれたせいだろう。出した悲鳴は、自分の耳にもくぐもって聞こえた。

 斜めに傾きはじめた地面に、三人して足を滑らせる。同じように滑った土砂が、あっという間に自分たちを巻きこんで、加速しながら流れていく。

 土砂の隙間から見上げた男は、はしごにつかまったまま、ひとり意味深に笑んでいた。

 やっぱりという思いを胸に、男の目を射抜いたとき、耳が聞き慣れない言葉をつかみとった。

「どうか神の御加護があらんことを」




「何だよいったい!!」

 土砂にもまれながら斜面を滑っていく。

 さながら雪崩のような様相となった土の群れ。その隙間をぬって、神官が自分とお兄さんの腕をつかんだ。

「おふたりとも、動かないでください!」

 神官が、自身の足元に真円を描く。

 額をのぞけば、そこで旋風の紋様が輝いている。けれど、その輝きはとても薄く、描かれている円にも、ゆらぎや(かす)れがうかがえた。


 ――どうする?


 煩悶(はんもん)したのは一瞬。答えはすぐに出た。

 斜面の終わりが見えてきたのだ。終わりは存外にゆるやかな形をしている。革鞄をきつく抱きしめ。できるだけ丸くなって、受け身の態勢を整えた。

 土砂にもまれ。風を受けながら、ゆるやかな斜面を転がっていく。三人そろってごろごろと転がり、土団子になってたどりついた場所に、複数の影が立っていた。


 人影を視認してすぐ、身体を起きあがらせた。

 しかし、立ちあがることはせず。足首をつかみながら咳きこんでいる兄さんのそばまで、ひざ立ちで寄って、その背中をさすることにした。

「これはこれは、パルシュナ教会の神官様がお越しとは」

 転がっている最中に打ち据えたのか、神官が左膝を気にしながらも、静かに立ちあがった。


 自分たちをかばう格好となった神官。

 その向こうには、六人の人影。

 並び立つ六人は、見慣れない姿をしていた。身にまとっている衣装は、見た感じ祭服とも思える。だが、祭服にしては色がおかしい。


 パルシュナ教における祭服は、全部で五色しかない。

 下位から白磁(はくじ)珊瑚(さんご)緑青(ろくしょう)桔梗(ききょう)、そして最上位の瑠璃(るり)

 目の前に立つ彼らが身につけている祭服は、あざやかな紅赤(べにあか)だ。こんな祭服、見たことも聞いたこともない。


「ようこそ、われらが "泉" へ。私たちは、あらたなる習学者(しゅうがくしゃ)を歓迎いたします」

 ひとりが口を開く。すると、まるで演劇でもはじまったかのように、人影が台詞を発しはじめた。

「われらは、世を救うために学び、真実を得た者」

「われらは、偽りの教義に惑わされし者に、正しき教えを与える者」

「恐れることはありません。あなた方は、すでに救われはじめている」

「まずは、 "泉" で心を清めると良いでしょう。心を清め、曇が消えれば、真実が見えてくるのです」

 意味のわからない言葉の羅列に呆然としていると、後方に控えていた大柄な人影が、神官の目の前までやってきた。

「この "泉" にいる間、光の目はご法度。過ぎる力は、ときに人を真実から遠ざける」


「あなたがたは、何者でしょう」

 紅赤の人影に囲まれたニーザス神官は、取り乱すことなく静かに問いを口にした。

 けれど、見慣れぬ祭服に身を包んだ六人はなにも答えず。ついてくるようにとだけ告げた。

「手荒なことはいたしません。私たちは、あなた方を迎え入れたいのです。お連れの方も、どうぞこちらへ」

 最初に言葉を発したその者が言う。

「お断りすることは」

 ニーザス神官が、試すように聞いた。

 その言葉で動いたのは、後方から出てきた大柄な人物だった。

 いまだ真眼を開いた状態のニーザス神官の目の前で、見せびらかすようにフードを外し、そのひたいを(おお)っていた布をはぎとった。


 布の下からあらわれたのは、光を放つ第三の目。

 それは、紛れもなく真眼だった。


「かまわない。ただしその場合は、こちらもそれなりの対処をさせてもらう」

 神官の表情を、背後から汲み取ることはできなかった。

 大柄な男は、沈黙した若い神官を、ひととおり眺め回し。動かないと知ると、気持ちを逆撫でるような笑みを浮かべた。

 それから、経緯を見守っていた仲間に手で合図を出し、大声で告げる。


「習学者たちよ、われらは歓迎する」

 男の声に応じた紅服の者たちが、またも声を張りあげていく。


「正しき教義を学び、真実にたどりつくまで。われらが力を貸し、導いていきましょう」

 声の影で、また奇妙な響きが聞こえてきた。


「ようこそ、われらが "泉" へ」

 今度の響きは、とても近く、わかりやすい場所で起こっている。


「真実を得たとき、紛いものとの戦いがはじまります」

 引きずるような音が鮮明となり、眼前にある岩が真っ二つに割れた。


「しかし、恐れることはありません。我らには大いなる加護が与えられているのです」

 割れた岩の奥に、大扉が見えた。

 大扉には、ひざまずく群衆と、光を放つ太陽の姿が彫られている。


「ようこそ、われらが "泉" へ。新たなる習学者たちに、大いなる神のご加護があらんことを」




 最後の台詞を耳にしたとき、神官のひたいで光が明滅した。

 このような状況に(おちい)ったというのに、高い音が届く気配はなく。そよ風すらも、吹いてはこなかった。

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