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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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疑問

 ちりんちりんと鈴がなる。

 扉をきっちり閉めて。耳に音を入れながら、ついつい天井を見あげた。

 答えが書かれているはずもない。

 それでも視線は、木目の迷路をたどって、どこかにないかとせわしなく動き回っていた。


「欠けているもの……」


 自分が決定的に欠いているもの。

 どうしよう、さっぱりわからない。

 自分に欠いているものがない……なんて大それたことで悩んでいるのではなく。欠いているものや足りないものが多過ぎて、どれが正解かがわからないのだ。


 師弟となるに必要な、決定的な()()

 その欠けを埋める力とは、いったい何だろう。それから、弟子として相応(ふさわ)しい姿勢ってどういうものだろう?


「どうしよう……」


 本当にどうしよう。

 このままでは外勤につけない。外勤につけなければ、いっしょに旅立つ夢が叶えることができなくなる。

 多重真円と転送だけはと思っていたけれど、考えが甘かった。

 いいや。下手すると、高士になるどころか弟子入りだってままならない。

 本当にまずいことになった。

 自分は力をつけるために修行に来たのだ。力をつけて。一人前になって。高士になって。それから――それから。


「ああ、もう。何でこんな……!」

 こんな意味不明な課題が、急に降ってくるなんて。

 ぐうたらとはいえ、やっぱり令師は令師だったのだ。

 毎日毎日、家事をしているだけだと思っていたのに、先生は自分のどこを確認していたのか。

「まさか」

 まさか、ずっと真術を使わないでいたのがいけなかったのか?

 家事で使う真術は、すべて輝尚石でまかなってきた。それがよくなかったということか。

 たしかに。たしかに姿勢という面で言えば、まったく褒められたものではない。修行中であるにも関わらず、真術を使わずにいたのだ。

 節約しようという考えが、(あだ)になった。いちおう、予備の策だって用意してもらっていたのに……無駄遣いしてはいけないと、気を回し過ぎてしまった。

 真術を自力で展開すれば解決――というような甘い課題ではないような気もする。けれども、真術を展開しなければ、全力もなにもない。


 先生の前で、真術を展開する。

 まず、これが前提だ。

 とっかかりをつかんだことで、いくらか気持ちが落ち着いた。視線を天井から引き()がし、いったん目を閉じて深呼吸をする。


 真術を展開する。その前提は動かない。なら、つぎに考えるのは、どのような真術を――だ。


 自分が天水であることは、先生も知っている。

 天水の導士が使う真術は、基本的に四つ。癒しか守護か流水。それと浄化かしかない。

 ほかの系統の真術をふくめるとすれば、旋風や炎豪なども入ってくる。けれども、他系統の真術を覚えるのは、基礎を習得してからと正師が言っていた。

 とくに旋風は、便利な真術だからみんなして使いたがる。でも、自系統の真術に親しんでからのほうが、より習得が早くなる、と。

 風渡りの直前は、旋風を使いこなせとしつこいぐらい言われていた。だがそれも、自分が浄化を習得してからはじまった話。

 やはり、導士にとっては自系統の真術が重要。

 そうとなれば、天水の真術を見せるのが当然の流れ。天水の導士があつかう真術のなかでも、一番難易度が高いと言われているのは "浄化の陣" 。


 よし、浄化だ。

 先生に "浄化の陣" を見せよう。


 あと問題なのは、課題に対する姿勢だけれど……これはもう、真剣にやるくらいしか思いつかない。

 正解はこれか? という疑問もある。

 あるにはあるが、これ以上はいくら考えてもわからなそうだ。

 こういうとき、自分の思考の狭さを思い知って、落ちこみたくなる。が、落ちこんでいる(ひま)など、いまはない。そんな(ひま)があれば、浄化の練習に打ちこむべきだ。

 浄化を放つにあたり、適切な対象―― "呪い" や毒、魔獣がいれば集中しやすい。でも。そんな物騒なものは持っていないし、わざわざ拾ってくるわけにもいかない。


 まずは、輝尚石で練習をしよう。

 何しろ自分は、真術を放つのもひさびさ。特訓を重ねていた風渡りの前より、緊張がゆるんでいる自覚がある。

 最初に、勘所(かんどころ)を取り戻して。実際に展開する形に移行しよう。

 そうだ。真円を大きく描くのもいいかもしれない。そうと決まれば、早速はじめようか。

 目を開き、「よし」と言霊を発してから準備に取りかかる。




 まず、木箱から水晶を出した。

 里からもってきた水晶は、まだ一箱分ある。練習するのに不足はない。

 つぎに、箪笥から革袋を取り出した。

 さきほど確認したばかりだったけど、袋を開くたびにどきどきする。失くしていない。動いていないとわかっていても。飾りを取り出すときは、変に心臓がはやってしまう。

 革袋から、しゃらりと出てきたのはアンバーの飾り。

 ゼニールと比べれば、アンバーの飾りの方が目立たないし、つけ心地が軽くて好みだった。どちらにしようと悩むこともなく、しゃらしゃらとした飾りを手にし、椅子に腰かける。

 革靴を取りはらい。足布を脱いで飾りをつけ、しっかりと履き直す。

 準備万端だ。さっそくはじめよう。


 真眼を見開いた。見開いただけで、視界がきらきらと輝きはじめる。

 相変わらず、この世界は美しい。


 極寒の雪国であっても、精霊は大気に()まっている。

 彼らに寒暖の差は関係ないようで、冷え切った大気でも、変わることなくたのしそうに流れていた。

 箱から水晶をひとつ取り、左手の中心に置く。

 右手で(おお)って隠し、すっと息を吸いこんだ。

 真眼が輝くと、呼応するように真円が光を発する。周囲に光が満ち、精霊の声がちょっとだけ大きくなった。


 真術の気配を察知して、天水寄りの精霊たちが真円のなかに飛びこんでくる。

 さらさらとした流れを見ていたら、いいよという声が聞こえた気がした。その声に応じて、精霊に呼びかけながら、手のひらに力をこめる。


 つぎに手のひらが感知したのは、水晶の丸さではなく、ちりちりとした痛みだった。

 この感覚は知っていた。まるで過去をなぞるように、痛みを発している手のひら。その小さな苦痛が、悪い想像をかきたてる。

 冷や汗をかきながら手のひらをそっと開いて、現実を直視する。


「……うそ」


 悪い想像は、なぜか当たりやすい。

 愚痴をはきたいのをこらえて、こなごなに砕けている水晶を見つめる。

 この現象には、覚えがあった。

 一気にさわがしくなった心臓を無視して、もうひとつ水晶を手にとり、さきほどと同じ動作をくり返す。

 やる前から、結果は同じだろうことは予想がついていた。だから、水晶には注意をはらわず、別の箇所に意識を集中した。もしかしてという想像は、もちろん悪いほうに傾いている。

 ぱんと乾いた音が出て、結果が手のなかで砕けた。砕けると同時に、二度目の悪い想像が的中する。

「うそでしょう」

 思わず言葉を床にこぼし、視線を下へ向ける。

 視線のさきにあるのは左足。靴と布に隠されている飾りの姿は見えないものの、視線はそこから剥がせない。




 真力と同じように、真術にも独特な感覚がある。

 強くかけられている隠匿は、感覚が非常に薄く、いまいちつかみ所がない。

 しかし、鎮成は違う。

 真術を展開しようとすれば、鎮成はたしかな感覚を示す。

 いつもだったら、強く絞りこむような。何かに阻まれて、力を狭められるような感覚がある。

 でもいまは、鎮成特有の感覚がしなかった。

 あの感覚が消えて、輝尚石が籠められなくないとすれば、これはもう鎮成が切れているとしか考えられない。


 ひたいの汗をそのままに、革袋からもうひとつの飾りを取り出し、右手につけた。頭では「まさか」という言葉が、気持ちをあおるように(ふく)らんできている。

 もうひとつ水晶を手にして、今度は癒しを籠めようとした。

 もはや、髪をすくのと同じ程度の負担しか感じないほど、日常に染みついた動作。それができなくなっていると再確認して、右手できらめく金の腕輪を、力なく見つめる。

「こっちもだめ……」

 うそでしょうと(なげ)く力もなく、床に座りこんだ。


 隠匿と鎮成が切れている。

 まったく使っていなかったはず真術が、気づかぬうちに失われていた。


「どうして……?」

 あんな強固な真術は、自分の力では弾けない。そもそも触る機会だって、ほとんどなかった。

 一日に一回。革袋のなかにあることをたしかめる。それ以外では、袋にすら触れていない。


 そこまで考えて、頭のなかに新しい「まさか」が浮かんできた。

 まさか、先生に見つかってしまったのか?

 自分の浅はかな考えを、師父は見透かしていたのだろうか。


 いやでも、それは考えられない。

 ここに来て十日。先生が部屋に入ったのは、家具や部屋の模様替えのときだけ。あのときは自分も同席していたから、探られていないと確信をもっていえる。

 では、自分がいないときか?

 これも考えづらかった。

 町への買い物は、先生といっしょに行った。自分ひとりが家の外で作業することもあるけれど、自室のほうから鈴が鳴った記憶がない。もし寝ているときに先生が来たなら、ジュジュが気づくだろう。

 先生が真術を弾いたとは、とても考えられなかった。ならば、どうして――。


 思考を紡いでいる最中。その感覚を得て、いきおいよく天井を見上げた。

 この十日で、幾度なくしてきた無意味な動作。それをまたくり返し、耳をすませて自分の内側を探る。

 里を出てからというもの、前触れのない違和感を覚えるときがあった。

 だれかに見張られているような。

 強い視線を受けているような、奇妙な感じ。

 違和感がやってくる時期はわからない。生活上の共通項もないように思う。

 しかし、この感じを受けるときは、決まって神授(しんじゅ)の鼓動が弱まるのだ。

 大きな役目を果たし、眠りについている神具。自分の真力を吸いながら、うたたねをしている神授に、わずかな変化があらわれる。


 直接的な危機――ではないように思う。


 以前より弱まってはいても、勘は健在だ。

 自分を害するほどの脅威が近づけば、耳鳴りがする。

 対処ができる程度のささやかな害意では、もはや何も感じないものの、大きな力であればわかる。


 でも――


 天井から視線を外して、大急ぎで支度をはじめる。

 まだ何も起きていない。

 でも、何かが起きてからでは遅い。いつだってそうだった。


 急ごう。

 試練がやってくる前に。

 危機に直面する前に、態勢を整えなければいけない。




 外出用の革鞄を鏡台において、必要なものを詰めていく。

 手渡されていた道具をどう使うかは、師父から教わっていた。内容はきちんと覚えている。

 ひととおり詰め終わって、口をしめようとした瞬間、白い塊が革鞄に飛びこんできた。

「ジュジュ!?」

 革鞄越しの鳴き声を聞いて、いっしょに行くつもりだと理解する。

 正直、説得する時間も惜しかった。ジュジュには寒すぎるように思えたけれど、革鞄のなかにいてくれるならと妥協して、念のため鞄に厚手の布を押しこんでおく。


 手早く支度を終えて。最後の最後に、木箱の奥から一枚の紙をひっぱり出した。

 上質な紙を広げれば、そこに双頭の神鳥――サガノトスの姿があらわれる。

 これは、自分のために発行された特別な許可証だ。この紙を持って里直営の術具屋に行けば、必要な術具を用意してもらえる。


 キテナクスの町にも、里直営の術具屋がある。自分の修行期間中は、里から派遣されてきている蠱惑の高士が、一時的に店主を務めている。彼に頼めば、いつ行っても隠匿と鎮成を籠めてもらえる手はずとなっていた。


 なぜ、真術が切れたのか?

 これほど強い真術を、だれが弾いたのか?

 疑問は残る。しかしながら、いまは優先しなければいけないことがある。


 外勤になりたい。

 旅に出たい。

 願いはいろいろあるけれど。果たさなければいけない一番の目標は、秘密を守ったまま、一日でも早く、無事にサガノトスへ帰還すること。


 巣の外は、自分にとって危険過ぎる。

 まずは、正式な弟子入りをする。

 そして修行を終え、 "允許ローブ" を手に、里へ帰還する。

 そのためには、鎮成と隠匿の術具を手に入れ、先生が帰る前に家まで帰ってくる。これが自分にとって、最重要にして最優先の目標だ。


「……行くよ、ジュジュ。おとなしくしていてくださいね」

 伝えたら、こらっというような鳴き声がして、自分の失敗を悟った。

 困ったなと思いながら、師父からわたされていた "お守り" の首飾りを襟巻きで隠し、 "変声の陣" が籠められた面布を顔に巻く。


 簡単なようで、意外とむずかしい。


 だれに聞かせるでもなく考えて、家の外へ出る。

 戸締まりをしているときに聞こえた風の音が、いつもより大きく聞こえた気がした。

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