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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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おだやかだった朝

「今日の飯も美味かったのう。お前が来てからというもの、何かと楽で助かる」


 弟子を取ってよかったと、ご満悦な師父を横目に、せっせと卓をふく。

 先生の様子は、まったくいつもどおり。今日もこのまま、だらだらと過ごすつもりのようだ。


 ちなみに、わが師父は「師匠」と呼ばれるのが苦手であるらしい。呼ばれるだけで、こそばゆいとぶつぶつ言っていた。

 仕方なく、ふたりして呼び名を考えて、どうにか「先生」でおさまった。

 聞けば先生は、つい先日令師になったばかりなんだとか。つまり、先生にとって、自分が初めての弟子というわけである。


 ……ふむ。もしかしたら先生は、修行のはじめ方がわからないのかもしれない。

 どんなことでも、初めてがある。そして、初めて行なうことには戸惑(とまど)いがつきもの。

 もしやそのせいで、何日も普通の生活をさせられているのだろうか。そうだとしたら、ここは弟子である自分から申し出たほうが、ことが運ぶのではなかろうか?


 よし、言おう。

 今日こそ絶対に、修行をはじめてもらうのだ。




 食後の茶を淹れて、いそいそと卓まで舞いもどる。

 予想していたとおり。先生は、すでにだらだらとした雰囲気を出しはじめている。毎日毎日、飽きることなくぼんやりと過ごして……本当におじいさんみたいだ。


「先生」

「何だ。洗濯物は、もう桶につっこんでおいたぞ」

「ありがとうございます。あとで洗っておきます。……先生、話があるのですが」

「どうした?」


 のほほんとした返事を出した師父を、真正面から見つめる。

 謎が多いこの人と話していると、ときおり妙になつかしい気分にさせられる。ここに来る以前に会ったことはないのに、知っているような気がしてしまうのだ。

 このお年寄りっぽさが、いまは消えてしまった故郷の村を思い出させるからか。


 ああ、いけない。

 なつかしんでいる場合ではなかった。

 のらくらとした師父を動かすには、婉曲(えんきょく)な言い回しではだめだ。ここはひとつ、はっきりと伝えなければ。


「先生、修行がしたいです」

「修行?」

「そうです修行です。わたし、修行がしたいんです」

「それはまた、何ゆえに」


 何ゆえ?

 そんなの決まっているではないか。自分は導士だ。真導士の見習いなのだ。

 知らない真術だってたくさんあるし、覚えたい真術も山ほどある。それに多重真円だって描けない。冬があけて春になれば高士となる。高士となる前に、まだまだ成長する必要がある。


「何ゆえって、わたしは修行しに来ているのですよ? 先生のお世話をしに、派遣されてきているのではありません。何もしないでいたら、令師領まで来た意味が、まったくありません」

「意味……か。意味がなければ困るのか」

「当たり前です! 春になったら高士になります。高士ならみんな多重真円が描けて、転送が使えると聞きました。だから、わたしもちゃんと覚えたいのです」

「多重真円と転送。なるほどのう。学びたいのはそれだけか?」

「……ほかにもあると思いますが、知っているのはそれだけです。ほかの真術は、師匠が教えてくれるものではないのですか?」

「そこらへんは、人によりけりだの」

 先生はそれだけ言うと、「よっこらしょ」と立ちあがり、仕事場へ入っていってしまった。


 これはまずい。逃げられては大変だ。

 やっと師匠と弟子らしい会話に持ちこめたのに。この機を逃してなるものか。


「人によりけりでかまわないので、先生の場合を教えてください」

「まだ決めておらんなあ」

「そんな、困ります。修行がはじめられないので、いますぐ決めてください!」

 強く言えば「いますぐか」なんて返事をして、頭をかきながら笑う。


 本当に本当に困った人だ。

 どこまで、のほほんとしているのだろう。


 もう、これ以上あと回しにされたくはない。決意を胸に、両手を腰に当てて、逃しませんよという顔をつくる。

「何だ何だ、そんなにかっかして。そう怒らんでもよかろうに」

「怒りますよ! この調子ではすぐに春がきてしまいます。わたしは外勤になりたいので、真術をたくさん覚えたいのです!」

「外勤? そんな面倒くさいものを目指さんでも、こつこつ輝尚石を造っていてもいいのだぞ?」


 輝尚石を作っていれば、里に対しての最低限の義務を果たせる。内勤も外勤も希望しない人は、里に居住申請書を提出し。好きな場所に定住しながら、輝尚石を造って生活していると聞いた。


 でも、それではだめだ。自分は――いいや、自分たちは旅がしたいのだ。


 頻繁(ひんぱん)な移動が可能なのは、高士のなかでも外勤に属する人だけ。そして外勤となるには、最低でも多重真円と転送を覚えていなければいけない。そうでないと、外勤の任務が回ってこない。

 春になったら旅をしたいと相談したとき、正師からそう説明された。だから、このふたつは絶対に習得したいのだ。

 それに――。


 のほほんとした師父は、弟子のあせりなど、まったく意に介する様子もなく。一本の大剣を手にして、作業台に置いた。

「わかったわかった。朝のうちに考えておくから待っておれ」

 適当な返事に「お願いしますよ!」と念を押して。腰に当てていた両手をおろした。

 ……ふむ、いかに適当であっても言霊は言霊。真導士が「考えておく」と言ったなら、ちゃんと「考えておく」はずだ。

 そうとくれば、午後から修行にとりかかれるよう、仕事を早めに終わらせておこう。




 急げ急げと自分を追い立てて、仕事をどんどん消化していく。

 食器を洗って。謎の汚れにまみれた先生の服と靴を洗って。ばたばたと居間の掃除までして。最後に先生が放り出したままの新報書を手にとった。


 新報書は、真導士の里の機密だ。

 こんな風に放っておいてはいけない。


 角をそろえ。きれいにたたみ直してから新報書入れにもどす。

 もどす前に、表紙に書かれている "真導士の十戒(じっかい)" を黙読することも忘れない。

  "真導士の十戒(じっかい)" の黙読は、真導士にとって、とてもだいじなお勤めである。

 「高士に上がれば、だーれもやらなくなるぞ」とか。「第一部隊(うち)では、改変された十戒で、笑いを取っている」なんて話も聞いたけれど、修行中の導士には必要なことなのである。


 ひと通りの仕事とお勤めを終えて、いったん自室にひっこんだ。

 修行がはじまるとなれば、必要な身支度がある。

 割り当てられた自室は、里で住んでいた家よりも広い。窓が小さいのがちょっと気になるくらいで、暮らすのにはいい部屋だ。

 寝床も大きいし、毛布もかけ布団もふかふかで、とてもあたたかい。大きな収納がいくつもあるから、物があふれることもない。

 備えつけてあるものは、好きに使っていい。必要なものがあれば、勝手に買ってきてもいい。もし金が足りなければ相談するように――なんて言われたので、ありがたく、好き勝手使わせてもらっている。

 師父から自室をあたえられ、まっさきに買い足したのが、男物の冬服と外套(がいとう)。それから、雪国仕様の分厚い服たちをしまうための、大きな箪笥(たんす)である。


 町で見つけてきた真新しい箪笥(たんす)。その横にしゃがみこんだとき、ことりという音がした。暖炉の前で昼寝をしていたジュジュが、扉に作ってもらった専用の出入口から戻ってきたのだ。

 どうやら、人気(ひとけ)がなくなって、さみしくなったらしい。


 意外や意外。ジュジュは、先生には人見知りをしない。

 この子のために、出入口を作ってくれたり。食料庫にあったという玩具を出してくれたり。寝床を整えてくれたりと、それなりの対応をしてもらえたおかげだと思う。

 なつくほどではないにしろ、いっしょに住むことには抵抗がない様子だ。

 自分にとってもジュジュにとっても、この家はたいそう居心地がいい。

 近くにあるキテナクスの町は治安もよく、住んでいるのは親切な人ばかり。町までいく途中には、小さなテント村があり。そこに住む同じ年頃の娘とは、さっそく仲良くなれた。

 この恵まれた修行生活における問題といえば、師父が派手に汚すことと、修行をしていないことくらいなのだ。




 平穏すぎるほど平穏な師父との暮らし。そんな暮らしのなかにも、ひとつだけ重要な規則がある。

 あちこちに輝尚石が配置されていても、この家自体は、真術で造ったものではない。つまり、だれにでも扉が開けられる無防備な状態なのだ。

 そういうわけで、家にはもしものときの泥棒対策がしてある。その対策というのが、箪笥(たんす)の横においてある、この大きな木箱なのだ。

 見るからに無骨なこの木箱には、強固な真術がかかっていた。隠匿で(おお)われていても、強い力を発しているのはしかと感じ取れる。この力は、木箱の中身を盗まれないための、堅牢(けんろう)な守りなのである。


 真導士が持つ品のなかで、絶対に民に盗まれてはいけないもの――それは術具だ。


 真術が籠もっているものは、民の手にわたさない。

 民の手にわたる術具は、正規の流れに(のっと)って配布されたもののみ。癒しや守護、浄化などのだれも傷つけない真術が主。

 炎豪のように、傷つける恐れがある真術であっても。指でつついて展開したときは、小さな力しか出さないように条件付けして籠められている。

 この条件から外れた術具は、民の手に渡してはいけない。とくに、真導士が実戦に用いる術具の流出は厳禁とされている。

 そのため「念には念を」という前置きがありつつも、この木箱を使用するよう、師父から言いつけられていた。


 真眼から真力を出し、腕にぐっと力を入れて、木箱を開ける。(ふた)があいた途端、真術の香りと、特有の気配が周囲に満ちた。

 その気配に包まれただけで、胸がさわぎだす。

 革袋にしまいこんだ輝尚石から、海の気配がしている。木箱の説明を受け。里からもってきた術具を出すように言われて、この革袋を師父に手渡したとき。言いようのない恥ずかしい気分になった。

 べつに読心術をかけられたわけでもないのに、気持ちを読まれているように思えて、ついそわそわとしてしまったのだ。


(いくらお前が年頃の娘といっても、不測の事態があれば、師父として部屋に立ち入ることになる。見られたくないもの、触られたくないものがあれば、木箱のなかに入れておけ)


 忠告にしたがって、しまっておいた大切な輝尚石。

 その隣には、畳んで入れた真導士のローブがあった。今日こそ、短い自慢の羽を身につけることになりそうだ。念には念をいれて、ローブのボタンとほつれをたしかめる。

 よし、大丈夫……とうなずいて。今度は、箪笥(たんす)へと足を向けた。


 里からもってきた鎮成(ちんせい)の術具。これは普段、身につけていなかった。

 籠められている真術を、できるかぎり節約したいというのがその理由だ。

 家事で使う真術は、すべて輝尚石経由。

 輝尚石の真術なら、念じるだけで放てる。だから、鎮成を身につけていなくても、普通の生活をするだけなら問題ない。


 隠していた術具を、こそこそ取り出す。

 革袋から出したのは、アンバーとゼニールの飾り。ふたつの飾りに籠められているのは鎮成と隠匿。

 青銀の真導士が、出立前に籠め直してくれたものだ。しっかり籠めてくれたから、節約しながら過ごせば、春まではもってくれるはず。

 ついでに、隠匿を強化してくれていた。手首に通しただけでは、自分でも真術を感知できないほどになっている。

 これなら術具だとばれないはず。しかし、物が物だ。厳重に隠しておく必要がある。


 ……ふむ、よかった。

 ふたつとも、ちゃんとある。場所も動いていないから、とくに触られたわけでもなさそうだ。


 本当は、先生の目がなくなってから木箱にしまおうかとも思った。けれども、結局入れること自体をやめてしまった。

 もし木箱に術具を入れたら、この真術を感知されるのでは――と、勘ぐってしまい、入れるのが怖くなったためだ。

 木箱に籠められている真術を判別できない以上、少しでも不安が残るような危ない橋はわたれなかった。


 だって、先生は木箱に入れる輝尚石の種類をたしかめていた。袋から中身を取り出すまではしなかったけれど、真術の種類は調べていただろう。

 仮に先生が蠱惑で、隠匿を探せたなら、疑問に思われるに決まっている。


 なぜ、こんなに真力の低い真導士が、 "鎮成の陣" を必要とするのか?

 どうして、導士ではあつかえないはずの "隠匿の陣" が籠められているのか?


 自分に不釣合いな真術だ。疑問に思わないはずがない。




  "青の奇跡" 。

 これについては、絶対に知られてはならない。

 青について里の外で言及しないよう、サガノトスの真導士全員に、禁術がかけられたと聞きおよんだ。

 しかし、自分には禁術がかかっていない。慧師が、 "青の奇跡" は禁術で制御できないと判断したためだ。


(サキよ。 "青の奇跡" について、だれにも口外してはならない。虹霓神祇官(こうげいじんぎかん)に認められ。神具に愛され。 "邪神の骨" をも滅する力だ。里の外に知られれば、間違いなくお前の身が危うくなる。春になり、里に戻ってくるまで、断固として秘密を守り通すのだ。よいな――)


 巣立ちを前に、親鳥から受けた忠告。

 日々、思い出しては胸にきつく刻んでいる。

 そう、自分はだれよりも気をつけなければならない。

 禁術に頼れない以上、自分の意志だけで秘密を守ることになるからだ。

 断じて、師父を疑っているわけではない。先生が悪い人だなんて、かけらも思っていない。

 それでも、この言いつけだけは、絶対に守り抜くのだ。




 親鳥たちの。そして、自分のために言葉を封じた、里のみんなの気持ちに応えるためにも。

 絶対に守り抜かなければならない。

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