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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
28/29

女神の使者と王国の英雄

 "転送の陣" によって運ばれた場所は、何の因果かまたも水中だった。

 水深は浅い。

 愛剣を腰に差し。真円から出てきた親子を、急いで水面に引きあげる。


「さ、さ、寒い! 死ぬ!!」

「おい、ここはどこだぁ!?」


 そうこうしているうちに、ほかの者たちが水面に顔を出してきた。


「――神殿が見える。ここは町の水路だよ!」


 混乱していたふたりに、八百屋の主人が声をかける。

 その会話が耳に入ったらしい。半分、気を失っていた少年が、父親の呼びかけに反応した。

「おっとう……本当に町なの?」

「ああ、そうだよ。よかった…………よかったな、ケン。やっと家に帰れるんだよ」

 父親に抱きしめられて実感したようだ。少年がうれしそうに微笑みを浮かべた。

「……こんなに遅くなっちゃって……おっかあ、怒ってないかなあ?」

 子供らしい心配事を、遅れてやってきた澪尾神官(シェルヴァ)が解きほぐす。

「安心なさい。君が勇敢だったことは、パルシュナもご存知のこと。……さあ、まずは神殿へ。毒は消しましたが、念のためにお医者さまを呼びましょう。お母さまには、神殿から連絡をします。大丈夫。すぐにお会いできますから、もう心配はいりません」

 父親に負ぶわれた少年が、安心したように目を閉じたのを見届け。ニーザスという名の神官が、女神にささやかな祈りを捧げる。

「ニーザス……迷惑をかけてすまなかった」

 静かに祈っていた神官に、水路から這いあがった同僚が声をかけた。

「いいえ、オスカー。無事でいてくれてよかった。われわれも神殿に向かいましょう。あなたにも休息が必要です」

 そう応じた神官たちの祭服を、分厚い雲から顔を出した夕日が、祝福するように照らしていた。




「お前たち、どこから出てきた!!」

 ようやく得た休息の時。

 それを打ち破ったのは、よく知った声だった。

「あやしい奴らめ、ひっ捕らえろ!」

 真上にある橋から出された号令を聞き、目を(つむ)り、天を仰いだ。

 そうこうしている間に、橋のうえから分隊の者たちが駆け足でおりてくる。

 隊員たちの動きを見て、全身に特徴的な入れ墨をさした男が、まずいぞという顔をした。

「待て」

 声をかければ、分隊の者たちと視線がかち合った。

 捕縛しようとしていた相手が、上官であると認識できたのだろう。隊員たちの顔が、先頭から順に青ざめていく。

 水のせいで頬に張り付いていた髪を整え、橋のしたから出る。

 見上げた橋は、夕日に照らされ燃えているかのように赤く染まっていた。

「イグノーツ、落ち着け。この方々は怪しい者ではない。至急、神殿にお連れして、適切な救護処置をしていただくよう手配を」

 真っ赤な橋にいる部下は、指令を聞くなり身を乗り出して下を覗いてきた。


「――カーネル様!?」


 部下の呼びかけに、片手で応じる。

 すると、橋の周辺にできた行列から、どよめきがあがった。

「カーネル様、ご無事でしたか!? お探し申し上げました!!」

 部下に帰還をよろこばれるのは、上官としてうれしいもの。

 だが、橋の周囲が異常に混雑している。さらに言えば、並んで待っていただろう民たちが、そろって疲れた顔をしている。それがどうにも気になった。

 イグノーツの忠誠心は、分隊長のなかでも飛び抜けて強い。その忠誠心の強さが、裏目に出るときがある。

 帰ってきてそうそう、部下を説教するのは気が引ける。しかし、状況次第では、そうも言っていられなくなりそうだ。


 部下たちの動きが、捕縛から救護に変わったことで、水路にいた面々に毛布が配布された。

 配布された毛布は、分隊で使用している代物のため、上品さに欠ける。だが、丈夫さと保温力は折り紙つきだ。

 十分な措置とは言い難い。申し訳ないが、神殿まではこれで我慢していただこう。


「……カーネル?」


 部下が呼んだ自身の名前。

 名を知られたら、相手の対応が変わるのは常のこと。もはや気にもならない。

 そのように思っていたはずだが、今回ばかりは惜しい気持ちがあった。


「えっと、カーネルって……もしかして、騎士のカーネル? あの "黎明(れいめい)(いなな)き" の?」


 酒屋の青年に問われ、「いかにも」と返す。

 わずかそれだけのことで、目の前に見えない高い壁が出現したようだった。


「名乗らずにいた無礼を、どうか許していただきたい。さすがに邪教の隠れ家で、この名を明かすわけにいかなかった」


 高い壁越しに謝罪を述べる。

 ともに脱出を目指したはずの仲間たちは、口を開けたまま何も答えない。

 唯一反応があったのは、あの荒くれ者だけだった。


「まじかよ! あんたがカーネル・ブランカか!!」


 ほかの面々とは毛色が違う男に、隊員がいぶかるような視線を向けた。

 いまならだれも気づいていない。毛布で入れ墨が隠されている状態であれば、まだ誤魔化しようがありそうだ。

 イグノーツが降りてくる前に、片をつけるのがいい。

 思惑を持って男に近づき、聞こえるか聞こえないかという声で、一方的な会話をする。

「…………いまなら見逃す。脱出に協力してくれた礼だ。行け、つぎは無い」

 聞いた途端、男は口を閉ざし。すぐさま行動に移った。

 これにはさすがというべきか。

 男は隊員たちに紛れて動き、おどろくほどの速さで人混みに消えていく。

 普段ならできない対処。しかし、今回は特別だ。

 あの男には要所要所で助けられた。この程度の目こぼしがあってもいいだろう。

 人混みに消えた者とは、二度と会うことがないようにと女神に祈る。そのために、名前も聞かずにおいた。

 これでもし、つぎに(まみ)えたら、女神の采配だと互いに観念するしかない。

「ニーザス神官。私はこれにて失礼させていだだく。どうか彼らを神殿にお連れいただきたい」

「カーネルさま。たしかにお引き受けいたしました」

 (はた)ですべてを見ていた神官は、理解を示す真力を出して、静かにうなずいた。


「イグノーツ、至急伝令を走らせ、全分隊を招集せよ! キテナクスの地下に不届き者の棲家(すみか)があった! 追跡隊を編成し、捕縛作戦を開始する!」


 背負っていたすべての荷を背中から下ろし、本来の任務へ戻る。

 見上げた橋のうえでは金に輝く一角の神獣が、極寒の風にあおられ、赤く激しくはためいていた。




「カーネル様、お探ししましたよ」

 仮の宿舎に戻ってすぐ、後方から部下が追いついてきた。

「マカリオか」

 ふり返らずに応じると、相手は隣に並び、歩幅を合わせて歩きはじめる。

「隊長が行方不明になるものですから、イグノーツがかっかしてしまって大変でした」

「……ずいぶん厳しい検問を敷いていたと」

 まだ、説教したときの残り火が、腹に残っていたようだ。

 普段より強い言い方となったが、マカリオはまったく気にもしなかった。

「あなたが行方不明になって、心配していたんです。いまは微妙な時期ですからね。王都方面に知られでもしたら、懲罰会議を発議されるのではないかと――」

 それどころか、またもや細かい話をはじめたので、それはいいと手をふって会話のつづきを拒否をした。

「だからといって、民に厳しくする必要はない」

「そうですね。あなたもそうおっしゃると思いまして、日中の会議で検問を緩めるように伝えました」

「受け入れたのだな。そこで話は終わっているはずでは?」

「ええ。でも、そのあとにラリのやつが『分隊長が精神を乱すなどとんでもない。 "黎明(れいめい)(いなな)き" の品位が下がる』なんて言ってくれたもので、意固地になってしまいましてね」


 話を聞いて、思わず眉間にしわが寄った。

 あのふたりは、とかくよく当たる。ほかにすることがあるだろうと言いたい気持ちをこらえ、上官として真っ当な命令を出しておいた。


「……分隊長同士が会議で喧嘩をするな、と言っておけ」

「あなたがとりなしてやってください」

 しかし、命令を素直に受け入れない副官が、ひとこと刺してくる。

「こう見えて、私は意外といそがしい。二人の件は、副官であるマカリオが適任だ。――報告は?」

 それをいなして、仕事のつづきに取りかかる。

 これ以上は言っても無駄と理解したか。言葉の針をしまって、マカリオが求めていた報告をあげてきた。


「カーネルさまのご指摘通り。町の各所に "真穴" が眠っていまして。 "真穴" 付近で、邪教の "泉" に捕らわれていた習学者たち。および、邪教の志教らしき男たちを発見。取り急ぎ、神殿に収容いたしました」

 話を聞きながら、執務室に入る。

 そこには、すでに秘書官と書記官が待ち構えていた。

「残念なことに。カーネルさまが見かけたという大志教、少年、それから老人については、いまをもって発見にいたっておりません」

 整えられた机に、山と積まれた書類がある。

 それを一旦脇にずらして、秘書官にこの地の地図を広げさせた。

(かなめ)を逃したか。連中は輝尚石を使用していた。すでに町からは離れているだろうな」

「はい。後手ですが、手配書の作成と配布を急がせています。……王都に、真導士の派遣を申請しますか?」

 副官からの進言を後回しにして、さらなる情報を求める。

「まだ早い。捕らえた志教連中から、詳しい情報を得てからだ。ほかに報告は?」

「ありません」

 あれからかなり時間が経つというのに、一番の懸念が解消していない。

 もっとも必要としている情報を手に入れようと、直近の部下に念押しで質問をした。


「娘は見かけなかったか?」

「娘?」


 問いかけただけで、マカリオは何の話だというような表情をした。

 騎士にしては表情が出やすいのは、生来の性格か。はたまた貴族という出自のためか。長い付き合いとなってきたが、いまだ結論は出せていない。

「娘がひとりいたはずだ。成人前後の少女。保護されているか?」

 もう一度、問いかけてみたものの、部下は首を横に振った。

「いいえ。捜索対象者は男ばかりでしたし、発見されているのも全員男です。いまのところ、娘がいたとは聞いていませんね……」

 いくら待てども、あの娘の情報があがってこない。

 最後の最後まで地下に残った彼女が、無事に帰ってきたという確証を得られず。あれから気分がざわついたままでいる。

 もしも。もしも彼女が、無事でいなかったら――。

 いや、あれだけ女神に愛された娘が。知識と勇気とを身に着けていた彼女が、脱出できないとは思えない。

 しかしだ、万が一ということもある。

 どうあがいても気分が落ち着かず。いっそのこと水に沈んだ "泉" に、再調査に行こうかと考えたとき、執務室の扉を叩く音がした。


「カーネルさま!」

「ラリか」

 名を呼ぶと、ラリはいかにも安心しましたという顔のまま、きっちりと敬礼をした。

「ご無事で」

「何かあったか」

 捜索隊を指揮している部下にそれを問うと、吉報とも思える情報が耳に届いた。

「はっ。神殿の庭園からも "真穴" が見つかり、四人の救助者が出ましたことをご報告に」

 新たな救助者と、新たな "真穴" 。

 これはと思い、椅子から腰を浮かせた。

「そうか。……ほかにも "真穴" が開いていそうだな。周辺の探索を念入りに。保護、逮捕したすべての者に事情聴取をしたい。神殿で手当てが済み、体調が整い次第、私が直接話を聞く」

「手配いたします」

 きびきびと応じて、ラリは執務室から退出した。

 最新の報告が、ざわついた気分をいい具合に落ち着かせてくれた。それに、ひと息つく間もなく、部下がつぎの仕事の確認をはじめる。


「陛下と領主殿へのご報告は?」

 いかがしますかと目をのぞいてきたマカリオ。その視線を意識的に外し、机に広げた地図を見る。

「領主殿には、私からお伝えする。…………陛下にはまだだ」

「なぜでしょう」

 心底不思議そうな声だった。

 国境の領地で起こった、連続行方不明事件。

 王都から遠い領地のため、議会の動きも鈍く、被害が拡大しつづけていた。その惨状を、陛下は案じておられるだろう。

 しかし、いまはまだ、その御心を(そそ)ぐには至らない。なぜなら――


「あの "泉" には、行方不明者の半数ほどしかいなかった。ほかの "泉" に移動したという人数をあわせたとしても、不明者すべてを埋めるに及ばない」

 人が少な過ぎた。

 報告にあがってきていた人数は、すでに三桁に届いている。

 だが、あの "泉" にいた者たちは、移動したという家族を含めても、その半分を越すか越さないかという数だった。これではとても、解決と言えない。

「この山は、まだつづく。捜査の手をゆるめるなと、分隊長たちに伝えておけ」

 結論を出し、指令を発すると、場にいた全員がそろって敬礼を返してきた。




 その後、あらたな指示をいくつか出し。それに応じた秘書官と書記官が、執務室から退出していった。

 場に残っているのは、気障(きざ)ったらしいことで定評のある副官のみ。

 ここでようやくひと息つき、ふと大事な約束を思い出す。


「……それから、マカリオ」

「はい」


 まだ仕事があったかと表情をあらためた部下。

 騎士となってからというもの、ずっと張り付いている影のような相手に、いままで一度もしたことがない質問を投げた。


「この町に、良い衣装屋はあるか?」

「はい? 衣装屋、ですか?」


 予想したとおり。質問を受け取った部下は、ぽかんと口をあけ。何を言ってるんだこの人はというような顔で、質問を復唱した。

 常日頃から堅物だの色に欠けるだの、好き放題言っている相手が、まさかこんなことを聞いてくるとは考えもしていなかっただろう。

 その表情が、あまりにめずらしいものだったので、思わず笑いが出た。




  "黎明の嘶き" に配され、難事件ばかりを担うこと早八年。仕事中に大笑いしたのは、これが初めてのことだった。

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