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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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帰還

 極寒の水のなかで、両手を動かす。

 渦に身体を翻弄され、息継ぎもできない。苦しさと冷たさで、頭が真っ白になる。

 どこか。どこかにつかめるところがないか。

 夢中になって腕を動かしていたら、自分の手を強くにぎる、大きな手に出会った。


「――っ!」


 水のなかから引き上げられた拍子に、激しく咳きこんだ。

 気管に入ってしまった水を、げほげほと吐き出している間にも身体が引かれ、内陣の上部にある飾り棚に乗せられた。

「…………剣士、さま!」

「ゆっくり呼吸をしろ」

 あせるとまた水を飲んでしまう。そんな助言をしてから、剣士は自力で水から這いあがってきた。


「寒い!! こんなのすぐに凍えちまうよ!」

 左の方から、お兄さんの声がした。

 咳きこみの合間に、そちらを見てみれば。お兄さんと親子が、離れた場所にある飾り棚にしがみついていた。三人がいる場所からさらに奥では、入れ墨男がどうにか柱に張り付いている。

「凍える前に、溺れ死ぬっての! ――まずい、魔獣がくるぞ! 水にもぐれ!!」

 男の合図に合わせて、四人が水に潜った。

 その直後、獲物を捕まえようと滑空してきた魔獣の足が、冷たい水面を引っ掻いていく。

 足が遠ざかったのを見計らい、水面に四人が浮かびあがってきた。魔獣を警戒して、頭だけを出している四人の顔は、寒さのせいですっかり強張ってしまっている。

「ああっ、輝尚石が流れていった!!」

 震える声で、お兄さんが言った。

 言葉のとおり。内陣に隠されていた輝尚石は、荷箱ごと水に飲まれ。もはや捜索が不可能なところまで流されてしまっていた。

 ところが、この輝尚石の喪失こそが、窮地を脱する契機となったのである。




(違う、あそこじゃなかった)

 強く香っていた輝尚石の群れ。

 あるはずと思い定めていた荷箱は、真の宝の隠し場所ではなかった。

(遠ざかっていった気配には混ざっていない。でも――)


 確実にある。

 むしろ、どんどん近づいてきている――!


 濃密な香りを嗅ぎつけたとき、上空から鳥の魔獣が滑空してきた。

 獅子よりも巨大な魔獣が、開いたくちばしから火炎を吐き出す。見ているだけで目が焦げてしまいそうな灼熱を、剣士の火炎流が迎え撃った。

「剣士さまっ!」

 二羽の魔獣を落とした剣士に、残っていた二羽が狙いを定めた。いまにも攻撃に転じそうだった魔獣たちに、 "浄化の陣" を放って援護する。

 浄化によって半身を失い、もう一羽が渦に消えた。

 残った魔獣は、あと一羽。

 ぶるぶると震える手を動かし、鎮成の輝尚石を高くに掲げる。

 最後の一羽が、再び滑空してくるのを待っていたら、剣士が忍び笑いをもらした。


「……勇敢なご婦人。貴女のような方にお会いしたのは初めてだ。地上に出たら、お名前をお聞きしても?」


 女だと明かして、だれよりも対応が変わったのは、この焔角騎兵(ノヴァイ)だったようだ。

 すっかり淑女あつかいしてくる相手に、忍び笑いを返し。せっかくなので、相手の態度に合わせて、こんな返事をしてみた。


「その前に、ぜひともわたしの願いを聞いてくださいませんか?」


 自分の願いを聞いた剣士は、それは意外そうな顔をした。

 意外そうな顔をしたものの、決して自分を疑うようなことはなかった。


 剣士の行動は素早かった。

 まず、水に浮いていた四人をこちらに呼び寄せ。ついで、最後の一羽と奮闘していたふたりの澪尾神官(シェルヴァ)に、泳いでくるよう指示を出す。

 凍える水のせいで、水のなかにいた彼らの動きは鈍かった。

 そんな彼らを餌食(えじき)とするべく、鳥の魔獣が攻撃をしかけてくる。上空からの攻撃を剣士が防ぎ、ようやく全員が同じ場所に集合した。


 魔獣の攻撃を受け流し、じわじわと上がる水位に合わせて上昇していく。

 内省室が完全に水没して、内陣の半分が埋もれたとき。やっとのことで、目的の場所に手が届いた。

 うんと手を伸ばし触れた布には、複雑な紋様が描かれている。

 見た目だけで言えば、内陣の装飾のようにしか思えない。しかし、ひとたび触れてみれば、隠匿が籠められた術具だと、はっきり感じることができた。

 手の震えがひどい。それでも、残された力のすべてで、古びた布をそこから引き剥がした。

 布が壁から剥がれると、視界が白く輝いた。

 見開いたままの真眼が、力に呼応するように脈を打つ。


「ありました!!」


 剥ぎ取った布の下から、まばゆい光をたたえた "真穴" と、密やかに敷かれていた真円があらわれた。

 隠されていた真実を明らかにし。いまにも凍えてしまいそうになっている彼らに、希望の道を示す。

「 "真穴" !? こんなところに!!」

 ニーザス神官が、信じられないという気配を出しながら、その名を口にした。

「……どうやら私は、女神の使者とお会いしたらしい」

 隠されていた "真穴" と、 "転送の陣" 。そのふたつをまじまじと見て、混髪の焔角騎兵(ノヴァイ)が、小さな言葉を落とした。




 真穴の光に反応した魔獣が、特大の力を吐き出そうと、上空で力を高めている。

 力の圧を感じ取って、急いで脱出するよう全員にうながした。


「剣士さま、先陣をお願いします! 殿(しんがり)は、わたしが!」


 言えば、それまでおだやかだった剣士が、あの独特の圧を取り戻してしまった。

「とても承服できない。役目は逆だ!」

 取り戻したついでに、威圧感が強化されている。それを気力で跳ね返して、どうか行ってくれと頼みこんだ。


「そうです。せめて、私が代わりましょう!」


 ところが、今度はニーザス神官が横槍を入れてきた。

 彼らの信条もわかる。

 それが常識的な対応であることも理解できる。まだ若い娘を、魔獣が飛ぶような場所にたったひとりで置いておけない。

 当然過ぎるほど当然の反応だ。

 けれども、自分だって譲るわけにいかない事情を抱えている。


「魔獣となら浄化で戦えます! ですが、転送した先に敵がいたら、わたしでは戦えない! 輝尚石もこれしか残っていません。剣士さま、ニーザス神官、どうかお願いします!!」


 これは予感ではなく、経験からくる予測だった。

 鎮成の輝尚石に残された力は、ほんのわずか。すでにひび割れが入っている。こんな状態で真術を展開していれば、いずれ "暴走" が発生する。


 自分が先に行くことはできない。

 転送で飛んだ先に罠があれば、もう対応は不可能だ。

 それに、魔獣を放っておくこともできない。せっかく転送で飛んで逃れても、あの魔獣は追いかけてくるはずだ。転送の出口が、もし人里に近い場所であったら、民に被害が出てしまう。

 だから、自分がここで魔獣を仕留める。

 浄化でも "暴走" でも、仕留められるならどちらだってかまわない。あの魔獣を仕留めてからでないと、この場から動けないのだ。


 お願いだから行って欲しい。

 もはや真力を入れる余裕すらなかった。しぶるふたりに心から頼み、懇願する。

 すると、上空の魔獣をにらみつけていた剣士が、想像もしていなかった言葉を発した。


「……衣装を」

「え?」


 聞き間違いかと思い、おどろきをそのまま音にしたら。至極真剣な顔をした剣士が、こんなことを口にする。


「それならば、衣装を贈らせていただきたい。詫びと礼を兼ねて。受取拒否はしないという約束で――いかがか?」


 濡れた混髪に、真力の光が反射している。

 光によって生まれた色の変化に惹かれながら、覚悟をもって約束を交わした。


「女神に、お誓いします」




 自分の返答を聞いた剣士が、内陣中に響くほどの大声で、最後の号令を発する。

「――(みな)の者、私についてこい!」

 号令を出した剣士が、だれよりも先に転送で飛んだ。

 その背中を追いかけて、紙のように白い顔をした親子が行く。

 名残を残した真円に、入れ墨男が飛び込み。「すぐに来いよ!」と言い残して、お兄さんがあとを追う。

 最後の最後まで粘っていたニーザス神官だったが、オスカー神官に腕を引っ張られ、ついに転送を渡っていった。

「ああ、パルシュナよ。どうかこの愛し子を、導きたまえ!」

 残された祈りを受け取って、自分目掛けて急降下してきた魔獣に照準を合わせた。


(これで最後――)


 濡れそぼり、くたびれきった身体に(むち)を打って。残存していた真力を、描いた真円に全力で注ぎ入れた。

 右手のなかで輝尚石が砕け。すぐさま "暴走" がはじまる。

 荒れ狂う浄化と真力に破壊され、鳥の魔獣が消えた。魔獣の断末魔を聞き届けるのと同時に、ずっと胸元にしまっていた "お守り" が、網膜を焼くような光をあふれさせ、その力を解き放つ。




 光の道の最中で、自分は答えを見つけた。

 ずれを直し、余計なすべてを取り払った心が、立ちはだかっていた難題を解き終えてくれた。


 白く白く、どこまでも光がつづく。そんな錯覚は、一瞬で覚めた。

 暴力的な光から逃れ、真円を通って渡った場所は、見慣れた家の玄関だった。

「………………先生、ただいま戻りました」

 目の前に立つその人に、帰還の挨拶をする。けれども先生は、すぐにつぎの言葉を出せない様子だった。

 無理もない。朝、普通に過ごしていたはずの弟子が、 "お守り" を発動したあげく、ずぶ濡れで帰ってきたのだ。いかに適当なわが師父であろうとも、現状を受け止めるのに時間が必要だろう。


 先生も、たったいま帰ってきたばかりのようだ。

 まだ肩の雪を払ってもいない師父に、どうにかこうにか帰宅を告げ、そこで持てる力のすべてを使い切ってしまった。

 伝えるべきことは山のようにある。

 山のようにあるけれど、いまはそれ以上の言葉が落とせなかった。

 冬の水に浸かっていた身体は、止めようがないほどの震えに襲われている。寒くて寒くて、意識と呼吸を保っているのがやっとである。


「サキよ……何やら大変な目にあっておったようだのう」

  "お守り" を発動させ、強制的に帰宅した弟子の様子をひとしきりながめて。師父は、どうしたものかと頬をかいている。

 叱る気にもならない、という表情をしている師父に、自分は伝えなければならないことがある。

 もう寒さで気絶してしまいそうだ。でも、何としてでも、これだけは伝えておかなければならない。


「…………はい。遅くなって、すみません。……先生、あの。課題の……答えを、お伝えしたいのですが」

「そうか。それはぜひに――と思うが、その前に湯につかってきた方がいいだろ」


 さすがに体調を案じた師父に、一番風呂をゆずってもらい。自分と同じように、ぶるぶる震えているジュジュといっしょに温泉につかる。

 最初は火傷するくらいに熱く感じていた湯が、あたたかいと感じられるようになって。そこでようやく、生きた心地を取り戻せたのだった。

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