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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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誘い

「おい、まーだ転送はないのかよ!」

 入れ墨男から、またも怒声が飛んできた。

 甘んじて受けながら、ひたすらに手を動かし、気配をさぐる。


(おかしい、こんなにも香りがしているのに)


 絶対にある。

 それは間違いない。

 だというのに、どこにも見当たらないのだ。


(どこ)


 じりじりとしたあせりを感じつつ、荷箱の輝尚石を漁ってみるが。どれだけ探しても "転送の陣" だけが見つけられない。


(この気配は、どこから――)


 荷箱の底に手があたった。無念なことに、最後の輝尚石も転送ではなかった。

 やはり、この荷箱にはないのか。

 近いようで遠い。

 近くだと感じたのは錯覚だった。この転送は、ほかのどれよりも強い気配を有しているのだ。それでわからないなら、(おお)われて隠されている可能性が高い。

 気配が濃い荷箱から一歩離れ内陣を見回したとき。天井に近い回廊に立つ、大志教の姿を見つけてしまった。




「迷い道から抜け出せず。あろうことか、神の祭壇を荒らすとは」


 とうとう気づかれた。

 大きく動けば、気づかれるのも時間の問題。そうとわかっていたから、急いでいたのに。転送を探すのに、時間がかかり過ぎてしまったのだ。

 内陣を見下ろしていた大志教が、自分たちに輝尚石をかまえる。

 対抗するべく、荷箱に入っていた輝尚石を前に突き出した。深呼吸をひとつして。荷箱の底の底に埋もれていた真術―― "鎮成の陣" に意識を合わせる。


 望外(ぼうがい)な幸運とは、まさしくこのことだ。

 見出した蛇の道には、女神の息吹が吹いていた。今朝から求めつづけていた真術を、しっかりとにぎりこみ。大志教の攻撃を待ち構える。


 大志教は、真眼を開いていない。

 たとえ手にしている輝尚石が正規品であっても、力のすべて引き出すことは不可能だ。

 放たれるのがどのような真術であれ、力比べで自分が負けることはない。

 輝尚石を枯渇させるまで粘るか。(すき)を見て、あちらの輝尚石に干渉するか。鎮成さえ手に入れば、もうこっちのもの。絶対に勝利をもぎ取ってみせよう。

 気力を整え、その時を待っていたら、大志教のうしろから初めて聞く声がした。


「諦めな」


 魔獣たちの咆哮のせいで、内陣での会話は聞き取りづらい。ほかのみんなとも、怒鳴り合うようにして会話していたぐらいだ。

 でも、その声だけは、たいして大きくもないのに、すっと耳に入ってきた。


「星が動いた。あんたに勝ち目はないよ」


 大志教の背後に立つその姿を見たとき、最初は男女のどちらかも判別できなかった。

 新手の出現を受けて、入れ墨男とお兄さんが、親子をかばうよう立ち位置を変える。渡していた "守護の陣" を使うべきか問われたので、お願いしますとだけ返事をした。

「撤退せよと……」

 自分たちの周囲に、守護が香る。

 安全は確保できた。一度大きく息を吐いて、内陣の上部に集中する。

 あらわれた人物は、どうやら男性のようだ。きらびやかな衣装の合間に見えている体型から、男であると判断した。

 何者かは依然不明。少年か青年かも、よくわからない。

 何もかもが謎づくしで、どう対処するのが最善かの検討もつかないが、邪教側の人物であることはたしか。油断をせずにいこう。


「あんたたちにとって、ここは悲願の地かもしれないけどね。星は逃げろって言っている」


 言葉の意味までは理解できなくとも、会話の流れが退却という結論に傾いているのはわかった。

 もしかしたら、戦わずに済むかもしれない。

 小さな期待を胸に隠しながら、上階の会話に耳をすませる。

「仮に埋め直したとしても、この "泉" を開く方法は、セリノ様がすでにお伝えしましたでしょう」

 ふたつの声に集中していたら、横からあらたな声が出てきた。

 この人物は、おそらく高齢の男性。それは声だけでも判断ができたが、今度は姿はまったく見えない。

 謎だらけのふたりは、何故か大志教より強い決定権を有しているようだ。

 不思議に思っていると、青年が反論を許さないと言わんばかりの言葉を、大志教に叩きつけた。


「あんたが行かないっていうなら、ボクたちだけでも失礼させていただくよ。いくら上客だからって、泥舟に同乗するほどの義理はないから」


 青年は、一方的としか思えない言葉で、大志教との会話を断ち切った。

 言うだけ言って。それこそ飽き飽きだというように背を向け、闇へ歩き去っていく。

 青年が闇へ埋没するその瞬間。身にまとっている衣装以上にきらびやかな輝きが、その両目から放出されているのを視た。

 夜空の星の(ごと)く、きらきらと輝く光を視認して。ようやくその青年が、噂の占い師なのかと思い至る。


「これも神の試練でしょうか……」


 大志教はつぶやき、片手だけで祈るような仕草をした。

 そうして、自分たちに向き直ると、手にしていた輝尚石を胸元にしまいこんだ。


「学ぶ意欲すらないとは。残念極まりない。とうにパルシュナに心を食われていたのでしょう」


 祭服に手を差し入れながら語る、壮年の大志教。

 撤退するとわかっているのに、予感は強くふくらむばかりだった。


「大いなる神が、もう一度、機会を与えてくださいます」


 ふくらみきった予感が盛大に弾けたのは、祭服から出された大志教の右手が、強い輝きを放ったときのこと。


「あなたたちが清き魂となり、神の大地に戻ってくる日を、待つといたしましょう」


 目を焼くような輝きは、地下の礼拝堂に地響きのような音を(いざな)って収束する。視界が明瞭になったときにはもう、そこにいたはずの大志教も闇に埋もれて消えていた。

 残されたのは轟音の余韻と、どんどん大きくなっていく何かの振動。




 最初に異変を発見したのは、自分だった。

 巨大なくちばしを開き、いまにも力を吐き出そうとしている魔獣に、全力で "浄化の陣" を展開する。

「みんな上を見ろ! 鳥の魔獣が!!」

 お兄さんが叫ぶと、獅子型の魔獣を退治し終えた三人が、そろって天井を見上げた。

「鳥と呼ぶような大きさかよ! 馬鹿でけぇ――うおっ!?」

 浄化を展開している最中に、場が大きくゆれる。

 その衝撃に耐えきれず、全員が手や膝を床についた。

「今度は何の音だ!?」

 衝撃が終わっても、地響きのような音はつづいている。徐々に大きくなる音は、まったく想像もしていたかった場所から、その正体をあらわした。


「――み、水だぁ!!」


 通風孔と思いこんでいた穴から流入してきた水が、自分たちの足をすくった。

 身を切るほど冷たい濁流に飲まれ、ただ渦のなかへと吸いこまれていく。

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