表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
25/29

解放

 ジュジュに先導され、横穴を進む。

「気をつけて行こうね」

 声をかけると、ジュジュは短く高い声を出した。

 その声を聞きつけたのか、ぞろぞろという音とともに、数匹のシドレ蛇が姿を見せた。

 白イタチに威嚇され、一旦は後退していた蛇たち。湿った横穴の住人たちは、居住地が荒らされるのを嫌い、戦う姿勢をとっている。

「ジュジュ!」

 声をかけると、ジュジュが手前の一匹に飛びかかった。獣の動きは素早く、小さくはあってもその牙は鋭い。

 ジュジュは、先頭の一匹を難なく仕留めて、得意げにふり返る。

 その瞬間、まだ混沌としていた頭の海から、今度は幼い日の記憶が飛び出してきた。


「あ――」


 飛び出してきたのは、大きな木の下で見たジュジュの姿。

 あのとき、口にくわえていたのは虫だったけれど。仕留めた獲物を、いまと同じように自分に見せてくれた。

「……ジュジュ?」

 呼びかければ、白イタチは「えっ?」という表情をした。

「ねえ、ジュジュ……だよね?」

 そんな相手の名を、恐る恐るもう一度呼ぶと、それはそれはなつかしい声が頭に入りこんできた。


(やっと思い出したのー!!)


 高い高い声に、つい耳をふさいだ。

 でも、その行動がまったく意味を成さないという事実も、ちゃんと思い出すことができた。


(もう、ずっとずっとずーーーーっと待ってたのに、サキったらすっかり忘れちゃって。ひどいんだから!)


 きゃんきゃん怒鳴るその子に、まずはきちんと謝罪をした。

「ご、ごめんね」

 が、それで許してもらえないことも、体験的にわかっていた。

(本当にもう! どれだけ気を使ってきたと思ってるのさ! それにね、今回のも無茶が過ぎるの! 帰ったら先生に叱ってもらうといいよ!! まったくもう、ちっちゃいときから、そういうとこだけ変わらないんだから!!)

「でもそれは……」

(言い訳しない! サキは変なところで頑固だ。黙って家にいさせてくれるっていうんだから、べつに修行にこだわらなくてもよかったのに!)

「それはだめ」

 かつては、このまま言い負かされていた。

 しかし、自分はもうそこまで幼くない。

 言い返すべきところは、しっかり言い返しておこう。

 そう思って、その黒くつぶらな瞳を見返し、一音一音を強くはっきりと出して拒否を伝えた。

(何で?)

「何でって、いっしょに外勤になるって約束が……」

 さみしくなるから形にしないよう、あえて名を避けた。

 しかし、だれの話をしているかはわかったようで。ジュジュはしっぽを膨らませながら、さらに高く大きな声を、頭に響かせてきた。


(もーーーー!! あいつとの約束なんか、どうだっていいでしょ!!)

「どうだってよくないんです! ……あ」


 ついうっかり敬語にもどれば、くったりというように肩と頭を下げる。

(はあ……困った子だね。ホントにもう)

 思い出して元に戻るまで、あっという間だった。

 本当を言うと、まだぼんやりと霞がかったところが残っている。

 でも、ふたりで過ごした日々があったことも。ジュジュがもつ不思議な力も。二度と忘れることはないだろう。


 急な記憶の復活で、胸がどきどきと高鳴っている。

 鼓動を鎮めようと深呼吸をしていたら、かつてと同じように、ジュジュが自分に知識を与えてくれた。

(真眼をしっかり開きなよ。頭の布を取らなければ、だれもわからないんでしょ? 真眼を開けば、蛇を動かすくらいわけないんだからさ)

 ジュジュの助言のとおりに、隠匿がかかった布の下で真眼を見開き。横穴の奥にいる蛇たちに、言霊を発した。


「どいてください」


 たったひとこと。それだけで横穴にいた蛇たちは、その姿を消していった。

 どこかに隠れた蛇たちに、「もう、人を噛んではいけませんよ」と言いおいて。唯一無二の親友といっしょに、横穴を進んでいく。




 横穴を抜けたら、そこは内陣だった。

 いままでいたどこよりも強く、真術の香りが立っている場所に駆け寄り、大急ぎで捜索を開始する。


 目的のものは五つ。

 鍵束と剣士の大剣と、荷箱にしまわれているだろう三つの真術。

 五つのうち、四つまでは即座に発見できた。

 しかし、どこを探しても最後のひとつだけは、どうしても見つけられなかった。

 時間が惜しかったのもあり、ひとまずその四つを抱えて、内省室へ駆けもどる。

 内陣から出てすぐ、魔獣たちが自分に近寄ってきた。それを、抱えていた "浄化の陣" でしのぎ、なかにいる彼らに声をかける。


「ありました!」


 ついに鉄格子まで到達すると、お兄さんが手を伸ばして自分を呼び寄せた。

「サミー! じゃないのか! いや、そんなことはもういいや! 鍵をくれ! オレが開ける!!」

 微妙に混乱を残しつつも、お兄さんは荷物のひとつ――鍵束を受け取り、震える手で錠を開ける。

「ご主人、これを!」

 内省室に招き入れられてすぐ。展開させていた輝尚石を、そのままご主人に手渡した。

「 "浄化の陣" です! ケン坊をお願いします!」

 輝尚石を手にしたご主人は、顔を真っ赤にしながら「ありがとう、ありがとう……!!」と、大粒の涙を流す。


 本音で言えば、少年の治癒が終わるまで、その場を離れたくなかった。

 でも、いまは本当に時間がない。


 予感に急き立てられながら、荷物のなかで一番大きなもの――剣士が求めていた大剣を返しに行く。

「剣士さま、こちらを!」

 鞘をつかんだとき、奇妙でささやかな感覚をもった。触れたときに感じた微妙な力は、自分ですら感知できるかどうかという小ささだった。

「……間違いなく私の愛剣だ。恩にきる」

 その小さな感覚は、剣士の力強い言葉に飛ばされ、いずこかへと消える。

 自分にとって、ひどく重たく感じていた大剣。

 剣士は、その大剣を難なくふり回し。どこにも異常がないと確認して、口に笑みらしきものを浮かべた。

 持ってきた物を順に渡し終え、手元に残ったのは最後のひとつ。

 正円で濁りのない水晶をにぎりしめて、その人に声をかける。

「ニーザス神官!  "解呪(かいじゅ)の陣" もありました。真眼を開放できます。どうぞ、こちらへ!」

 口早に呼びかけた相手は、なぜか真眼の解放を拒んだ。

「いいえ、私はあとです」

 その言葉を不思議に思っていると、若い澪尾神官(シェルヴァ)は、まったく予想もしていなかったことを口にした。

「――どうか、剣士殿を先に」




 解呪を終えた剣士が、たったひとりで内省室を飛び出していく。

 当然ながら、外に出た剣士に、魔獣たちが襲いかかってきた。

 するどい爪と牙で、獲物を引き裂こうとした魔獣たち。邪悪から生まれた凶暴な獣たちは、自らが炎に焼かれるまで、反撃があることを予想もしていなかったようだ。

 剣士が動いたのは、ただの一度。

 愛剣と呼んだ、大ぶりの剣を横に薙ぎ払っただけ。

 たったそれだけの動作が生んだのは、片生が放っていたものよりも、はるかに強烈な火炎流だった。


「うおおぉ……何だありゃあ」

「すごい……!」


 剣士が生み出した火炎流は、魔獣たちに相当な苦痛を与えていた。

 もっとも剣士に近づいていた一匹が、両目を焼かれ、のたうち回っている。後方の魔獣たちは、本来の力を取り戻した剣士を、毛を逆立てたまま注視していた。

 魔獣からの視線を、一身に浴びている剣士は、いまだ臆する素振りを見せぬまま。取り戻した真眼を煌々(こうこう)と輝かせて、大剣を前に構え直した。


「彼は、焔角騎兵(ノヴァイ)なのです」


 ただひとりで魔獣に立ち向かう剣士。その勇姿を確認したニーザス神官が、密かに共有していたらしい剣士の秘密を明かした。

「あれが、焔角騎兵(ノヴァイ)……」

 神官が口にした剣士の正体を、お兄さんが復唱する。

 ため息まじりに出された声には、憧れと尊敬が入り混じっているようだった。


 焔角騎兵(ノヴァイ)は、澪尾神官(シェルヴァ)と対を成す存在。

 その勇壮さから、女神が従えていた神獣ノヴァイの名を頂いている。

 焔角騎兵(ノヴァイ)は、真眼を開くことを許された剣士に与えられる称号。ドルトラント王国の国軍に属し。そのほとんどが、騎士として名を()せていると習った。

 剣士が言ったことは、すべて真実だったのだ。

 たしかに、焔角騎兵(ノヴァイ)であれば、魔獣と渡り合える。魔獣を(たお)し。歴史に名を残した剣士たちは、すべてが焔角騎兵(ノヴァイ)だとされている。

 真導士と縁が薄い民であれば、魔獣退治と聞かれれば、焔角騎兵(ノヴァイ)の役目だと答えるのが普通である。


 焔角騎兵(ノヴァイ)としての本領を見せた剣士が、一歩前に出た。

 敵の歩みに反応して、魔獣たちが咆哮(ほうこう)をあげる。怒りと飢えが入り混じった叫びが壁で反響すると、場に満たされていた臭気が、さらにきつくなった。


「……仲間を呼びはじめましたか。このままでは出られなくなる。急ぎましょう。邪悪なるものたちは、剣士殿と私で食い止めます。みなさんは、いまのうちに内陣へ」

  "解呪の陣" によって、第三の目を取り戻したニーザス神官が、内省室からの撤退をうながす。

「ええ、そうしましょう。……サミー、輝尚石をありがとうね。こいつはあっしが持っているより、サミーに返した方がいいだろう」

 ご主人から返却された "浄化の陣" は、まだたっぷりと真力を残していた。

 当たり前と思っていた貴重な力を、ぐっとにぎって。「まかせてください」と答え、すっと背筋を伸ばす。


 邪魔なものを取り払ったからだろう。気分がすっきりとしている。

 いまなら、どんな困難にも立ち向かえそう。そんな勇気が、心の奥底から湧いてきた。


 浄化によって毒をそそがれたケン坊を、八百屋のご主人が背負う。苦しそうな様子は消えたものの、まだぐったりとしている小さい身体に、お兄さんが手を添えた。

「さあ、オスカー神官。行きましょう!」

 親子の準備ができたのを見計らい、うずくまったままの人に声をかける。

  "解呪の陣" で、真眼を解放しておいたのがよかったのか。いままで会話のひとつも持てなかった神官が、小さいながらも返事をよこしてきた。

「いやだ……」

 真眼が、かすれた光を放っている。

 その薄すぎる光が、オスカー神官のなかで恐怖が巣食っていることを、はっきりと示していた。

「だめです。いっしょに――」

 行きましょうと言う前に、怖れに溺れた心が、全力の拒否を出した。

「やめてくれ!!」

 暴れ、どこかに逃れていこうとするオスカー神官。その人の腕をがっちりと捕まえ、真眼を見開いて力を籠め、名前を呼ぶ。


「――オスカー神官!!」


 呼んで、強引に視線を合わせた。

 (おのの)き、震える飴色(あめいろ)の瞳。正気と狂気の狭間でゆれ動く瞳孔に向かって、叩きつけるように言霊を発した。


「どうか、しっかりなさってください!」


 瞳に言霊がぶつかったとき、神官が持つ飴色(あめいろ)の瞳が、光に(おお)われたように視えた。

 光の膜が消えると、小刻みに動いていた瞳が、ぴたりと制止する。

「……あ」

 神官の目に、正気が戻った。

 オスカー神官が、周囲を見回す。

 最初のうちはぼんやりとしたまま、内省室にいる全員の顔を見ていたが。魔獣と対峙している同輩の姿を見つけるなり、膝立ちになって「ニーザス……!」と声を張った。

 神官が動けることをたしかめた入れ墨男が、吠えるように合図を出す。

「よっしゃ、いくぞ! 全員遅れずについてきやがれ!!」




 飛び出した礼拝堂では、焔角騎兵(ノヴァイ)澪尾神官(シェルヴァ)が奮闘していた。

 ふたりが相対している魔獣たちは、さっきよりも格段に凶暴さが増している。

 新鮮な獲物が目の前にいる。

 それなのに、いつまでたっても血肉を味わえず。少しずつ仲間が削られていく。

 (いきどお)りに満ち満ちた鋭い目が、自分たちをとらえたのは、内陣まであと十歩の距離だった。


 標的を変えた二匹が、焔角騎兵(ノヴァイ)の頭上を越えて、こちら目掛けて駆け寄ってくる。

 それを阻止せんと、剣士が大剣から真術を放つ。二匹に向かって展開されたのは、魔獣の牙よりも大きく鋭い、氷の塊だった。

 射出された氷の牙たちは、よだれを垂らしながら駆けてきた二匹を、情け容赦なく(ほふ)る。


「剣士殿、うしろです!」


 剣士が(すき)を見せるのを待っていたのだろう。いっせいに飛びかかった五匹の魔獣に、ニーザス神官から浄化が放たれた。

 しかし、弱い。

 五匹の魔獣の足を止めるには、澪尾神官(シェルヴァ)の力では足らず。機敏に動いた剣士の力を合わせても、わずかに及ばなかった。


 ふたりの攻撃から逃れた一匹が、剣士に肉薄する。

 再度、真術を放とうとした剣士。

 剣士の動きよりも早く、剥き出しになった牙が、その左腕を捉えようとした。

 もはや魔獣からの攻撃を避けることは不可能。だれもがそう思ったそのとき、魔獣の正面に真円が出現した。

 (ゆが)みを見せながらも大きく描かれた真円から、 "浄化の陣" が放たれる。


「微力ながら、加勢いたします」

 突如参戦してきた人物の声を聞き、ニーザス神官がおどろきと歓喜の声をあげる。

「ああ、オスカー!!」

 そんな同輩を安心させようとしたのか。オスカー神官は、やつれた顔で精一杯の笑顔を浮かべた。

「……澪尾神官(シェルヴァ)がふたり。心強いことだ」

 ひとこと落とすと、剣士はまた数を増やしはじめた魔獣に、特大の火炎流を放った。

 焔角騎兵(ノヴァイ)があつかう真術は、大剣を通して展開されている。

 手に持ったとき、妙な感覚がしたのも当然だった。あれは術具――いや、おそらくは古代術具に違いない。

 どういった経緯で手に入れた代物か、さっぱり想像がつかない。しかし、焔角騎兵(ノヴァイ)が持っているなら、それは国に認められたものなのだろう。

 大剣が持つ、その力のすべてを解放できているとは言い(がた)い。それでも、術具自身が望んで力を貸しているように感じる。


 剣士の戦いに、思わず足を止めていたら、オスカー神官から声がかかった。

「こちらは大丈夫です。お嬢さん、早く内陣へ。 "転送の陣" をお願いします」

 正気を取り戻した澪尾神官(シェルヴァ)は、それだけ言って剣士の方へ走っていった。


「はい、おまかせください!」


 その背中に返事をして、内陣に走る。

 近づけば近づくほど、その香りが強くなっていく。

 内陣どこかにある転送を求めて、礼拝堂を全力で駆け抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ