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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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決意の時

 声に導かれて、両目を開く。

 探し求めていた答えは、やはり自分の内側にいた。

 薄暗い世界から戻った両目が、鉄格子の向こうにある松明をとらえる。

 視界の中心に、燃え上がる炎を()えて、ついに結論を出した。まるで明るく燃える松明に、いらないすべてを燃やしてもらえたようだった。


 そうだ。自分はゆずれないのだ。

 後悔をするかもしれない。それでも、この気持ちを。自分のわがままを叶えたいと願う。

 決意を胸に立ちあがり、そして宣言をした。




「わたしが行きます」


 そうとだけ伝えれば、全員の視線が、またも自分に集中する。

「行くって…………サミー、いったいどこに?」

 お兄さんに聞かれて、さきほどケン坊が出てきた穴を指差した。

「わたしが横穴から入って、内陣まで行きます」

 無茶なことを言っているのに、不思議とおだやかな気分だった。


 これでいい。

 こうするのがいい。

 隠れて。(こら)えて、我慢して。ただ、じっとうずくまっているより、心のままに動いた方がうまくいく。

 そんな根拠のない確信が、行動する力を与えてくれていた。


 自分がした無茶な提案。

 これに真っ向から反対したのは、ニーザス神官だった。

「無茶です! 仮に横穴が内陣までつながっていたとしても、穴から出た途端、魔獣に襲われてしまいますよ!」

 ニーザス神官の言葉につられたのか。獄内にいた全員の視線が、唸り声をあげている魔獣へと流れた。

 徘徊(はいかい)する魔獣たちは、なかの獲物から、いっときも目を離そうとしない。

 そんな魔獣たちにおびえ、混乱している彼らに、何をどう伝えれば届くのか?

 あれこれと考えを巡らせたものの。今回は、どうしてもうまい説明が思いつかず。結局、「その目で確かめてもらう」という方法を選択し、自分の右手に視線を落とした。


 偽尚石の破裂でできた、右手の裂傷。

 その傷を(おお)っていた布を取り払い。赤く染まって重くなっている手布を、ぐるぐると丸め。届いてと願ってから、内陣へ力投した。

 飛んでいく途中、手布から血がしたたり落ちる。

 点々と落ちた血に、牙をむいた魔獣が群がった。いっそう激しくなった魔獣の声を聞いて、お兄さんと入れ墨男が、悲鳴じみた音を出す。


 一方、血をふくんだ手布は、低いながらも放物線を描き、どうにか目的地へと到達した。

 手布が落ち着いたのは、内陣の端の端。

 その薄暗い場所を、目をこらしてじっと見つめ。あらわれた如実な変化をたしかめてから、ひとまず胸をなでおろす。


 唸り声が響くなか、剣士が鉄格子に近づき、荒れ模様となったあちら側を見つめる。

「魔獣が血に酔って、凶暴化しているな。内陣に出るつもりなら逆効果。……サミー。君はいったいなにを狙った?」

 その問いに答えるべく、血で汚れた右手で内陣を指し示した。


「あれを」


 剣士は、自分が指し示した場所――血塗れの手布が転がる内陣を見つめ。しばらくして、はっと息を飲んだ。


「魔獣が、内陣を嫌っている?」




 伝えたかった事実が届いたことで、自分の心に、わずかな余裕が戻ってきた。

「魔獣は、鼻が利く生き物。とくに、人の血肉を好みますから、鮮血の匂いを嗅ぎつければ、われさきにと群がるはず。でも、ご覧の通り、なぜか内陣には近寄らない」

 そこまで言ってから、一度大きく息継ぎをする。

 今日一日、ずっと感じていたこの息苦しさ。

 いい加減解放されたくて、襟巻きを手荒くはぎとった。

「あの荷箱には、輝尚石が入っています。魔獣たちのこの反応からして、確実に "浄化の陣" が含まれているでしょう」

 指揮棒をかざしつつ、強く断言する。すると今度は、ニーザス神官があっと声をあげた。


「 "浄化の陣" ……って何だ?」

 若い神官の、おどろきに染まった顔を横目に。お兄さんが、それは遠慮がちに問いかけてきた。

「 "浄化の陣" は、澪尾神官(シェルヴァ)も使う真術の一種。魔獣を退け、呪いを解き、毒を消す力があります」

 説明を聞いて、苦しむ息子を抱きかかえたまま、うなだれていたご主人が、いきおいよく顔をあげた。

「荷の形からみても、あれは盗難品の――本物の真導士が籠めた、正規の輝尚石だと思われます」


 ひとつひとつ。

 ていねいに言葉を選び、積みあげて、ようやく本当に伝えたかったことにたどりついた。


「 "浄化の陣" が手に入れば、魔獣を消滅させられる――そして、確実に解毒ができます」


 はっきりと言霊を出して、ひとりひとりの表情をたしかめた。

 彼ら浮かべている表情は、じつに様々だった。

 けれども全員の目に、さっきまではなかった希望の光が宿っているのが見て取れた。


 その事実と、どうにか説明が伝わったことに安堵して。いつの間にかにぎりしめていた両手を開いて、肩から力を抜いた。

「なあなあ。それじゃあ、もしかして転送もあったり?」

「あると思います……いえ、絶対にあります。転送はどこでも使われる輝尚石。入っていない方がめずらしいのです」

 本当は、転送の香りを感知できていた。しかし、場所の特定ができていない。いま言えることは、残念ながらここまでだ。

 伝えられるすべてを語り終えたとき。さきほどまで広がっていた殺伐とした空気は、いずこともなく消え去っていた。


「でもよ、どうやって横穴に入る気だ?」

 入れ墨の男が、そんなことを口にすれば。お兄さんが、困ったように首をかしげた。

「……そうだな。いくら成人したてって言っても、サミーじゃさすがに無理だ」

 この件についても、言葉で伝えるより見てもらったほうが早い。

 早々に結論を出し、腰に巻いていた外套(がいとう)を剥ぎ取り。その下に隠されていた腰布を解いてから、首元にまとわりつかせたままだった面布を取り去る。


 自分の正体を隠していたふたつの術具。それを外した瞬間。内省室にいる全員が、まるで示し合わせたように唖然とした。

 だれも彼もが、自分の顔を見たまま、言葉を失ってしまっている。

 こうなることはわかっていた。

 しかし、いざ全員に注目されると、何だか気恥ずかしくなってしまう。

 どうにもならない気持ちを誤魔化したくて、べつに乱れてもない前髪を直しながら、小さく照れ笑いをした。


「……え? え? あの、サミー??」

 一番混乱が激しかったのは、お兄さんだった。

 それはまあ仕方がない。

 町にきてからこっち、ずっと男で通していたのだ。

 悪気はなかったものの、騙していたのは事実。お兄さんの気分を想像していたら、むくむくと申し訳なさが湧いてきて、ついもじもじとしてしまう。

「……おめぇ、女だったのか」

 入れ墨男が言ったのをきっかけに、全員に「ごめんなさい」と頭を下げた。

「言いつけで、術具を外せなかったのです」


 そして、自分は本当は女であること。

 いままで巻いていた術具には、声と姿を変えられる真術がかかっていること。

 町に戻っても、このことはご内密にと口早に伝えて、下げていた頭をもとに戻した。


「こういうわけなので、わたしが内陣まで行ってきます。子供ほど早くは動けないでしょうけど、わたしの体格なら、ぎりぎり穴に入れます。だから――」

 行かせてくださいと言い終える直前に、ニーザス神官がびっくりするような声を出した。

「いけません。お嬢さんには危険です!」

 絶対にいけませんと駄目押しをして、年若い澪尾神官(シェルヴァ)は、自分と横穴の間に立ちふさがった。

 反論しようと口を開きかけたとき、今度は旦那さんが、まるで懇願でもするように言ってきた。

「そうだよ! 穴には蛇がいる。年頃の娘さんにそんなとこ入らせて、もし怪我でもさせてしまったら……。あっしらは、とてもヒイラギさんに申し訳が立たないよ!」

 さっきまでとは一転。危険から遠ざかるよう、ふたりして切々と言い募る。


 そう。女だとばれたら、これが一番厄介なのだ。

 男というものは、みんながみんなして、女を後方の安全地帯に追いやろうとする。

 ついさっきまで、いっしょに共闘していたというのに。いきなりこんなお嬢さんあつかいに変わってしまって……まったく困ってしまう。


「大丈夫です。ジュジュがいますから。この子、けっこう強いんですよ?」


 やめるよう言い募ってきたふたりに、大丈夫だと改めて断言する。

 語りながら、薄めに開けていた真眼を、半分まで開放する。

 真力は出さないまでも、これで言葉に力が宿る。

 真導士の言霊は、真術でなくとも力を持つ。

 いかに真力が低かろうと、自分はれっきとした真導士だ。本物の真導士である自分の言霊は、民に強く作用する。

 良心からくる心配を、真力でねじ伏せるのは心が傷んだ。

 だがしかし、ここは自分だってゆずれない。

 絶対に行くのだという決意を真力にのせて、「かならず無事に帰ってくる」という約束に宿す。


 言霊が効いたのか。

 それとも、ほかには手段がないと思い至ったのか。

 いかにもしぶしぶというような仕草で、ニーザス神官が横穴への道から退いた。


 脇に逸れたものの、何かを言いたそうにしているその人に、もう一度大丈夫ですからと伝えて。それから、心配そうな顔をした八百屋のご主人のそばに、ゆっくりしゃがみこんだ。

 腕のなかに、苦しそうに息をしている少年がいる。

 己の道を信じて、試練に出会ってしまった。そんな少年に、そっと語りかけた。


「……ねえ、ケン坊。絶対にお母さんのところに帰してあげるから、もう少しだけがんばって」


 耳の奥では、いまもあの町の悲しい声が残っている。

 自分は、町の地下に閉じ込められていたあの子たちを、だれひとり救えなかった。

 時の流れは残酷で、逆らうことは何人(なんぴと)たりとも許されない。真導士であっても。奇跡の力があったとしても。この事実は変えられない。

 自分は、過去を生きたあの子たちに、手を差し伸べることができなかった。

 けれど、この子は。いまを生きるケン坊の命なら、手を伸ばせば届く場所にある。


 だから行こう。

 邪魔なすべてを放り捨てて。

 この身に宿る命ひとつで、また試練に立ち向かっていこう。


 親鳥には、心配されるだろう。

 同巣(どうそう)の彼らには、怒られるかもしれない。……もし怒られたら謝ろう。でも、事情があったと釈明くらいはさせてもらいたい。

 よし、いくぞと意気込んで。事態を見守っていたジュジュに、「おいで」と呼びかける。




「君」

 術具たちを鞄にしまい。外套(がいとう)を腰に巻き直して、いざ横穴へ――と、膝を折ったとき。黙したままだった剣士が声をかけてきた。

「すまないが、浄化といっしょに、私の剣を取ってきてくれないか」

「剣?」

 問い返したら、剣士が内陣方向に視線を飛ばしながら説明を加えた。

「内陣の祭壇に置かれているのを見た。(つか)に、赤い皮が巻かれている大剣だ。愛剣(あれ)さえあれば、私は魔獣とも戦える」

 剣士の話を聞いて、わずかな疑問が湧いた。

 人が魔獣と戦うなんて、無謀な気がする。

 しかし、彼は兵士だ。特別な訓練を受けた者なら、それも可能になるのだろうか?

 確信はなかったものの、頼みを引き受けることにした。

 とくに拒否する理由がなかったというのもあるが、本当のところ、このひとが言うならそうなんだろうと、自然と思えたからでもある。


「ありがたい。……代わりと言ってはなんだが、われわれにできることはあるだろうか?」

 剣士が聞けば、全員の視線が、再び自分に集中した。

 こういう立場に置かれるのは、どうにも違和感がある。

 いままで、場の主導権をにぎる機会などなかった。頼りになるだれかの指示を仰ぎ、従う。そういう流れがほとんどで。こんな風に、だれかに指示を出すなんて大それた経験は、一切してこなかった。


 秘めた力を有していても。神域の力を得ていても。育つ余地を残した小さな自分が、ここにいる。

 でも、いまだけは背伸びをして、当たり前を演じてみよう。

 ぐうたらな師父だって、模倣も力と言っていたではないか。


「では、可能なかぎり、魔獣を刺激しないようにしていてください」

 血に酔っている魔獣を、これ以上興奮させたくはない。浄化があれば、消えてくれるだろう大きさだ。とはいえ、数の多さが少し気になっている。

 注意事項は、このひとつでいい。でも、それでは足りないような気がして、「それから」と言葉をつなげることにした。

「もしお(ひま)でしたら、わたしの分まで女神に祈っていていただけますか?」


 この思いつきが、剣士になにをもたらしたかは不明だ。

 それを伝えた途端。いまのいままで、剣士が放ちつづけていた険と圧がとれ、温和な表情が浮かんだように見えた。

「承知した」

 返事が耳に届いたときには、もうその表情は消えてなくなっていた。

 それが惜しいような。何とも言えない変な気分だけが、胸に残された。


 話を終えてすぐ、剣士がその場で膝を折る。

 いったい何ごとかと凝視していれば、似つかわしくないほどていねいな仕草で、傷が残ったままの右手を取った。

「ご婦人とは知らず、大変な失礼をしてしまった。ここから脱出したあかつきには、ぜひともお詫びさせていただきたい」

 こんな風に手を取られ。さらにはご婦人――なんて呼ばれ。あまりに思いがけない対応を受けて、鼓動が一気に跳ねあがった。

 こちらの動揺など、まったく意にも介さぬまま。剣士は祈りを口にする。


「可憐なる貴女(あなた)に、女神パルシュナのご加護があらんことを――」


 慣れないあつかいと、胸の鼓動に戸惑っていたら。控えていた白イタチが、急かすような高い鳴き声をあげた。

 ジュジュの文句でわれを取り戻し、狭く湿気った横穴に、もぞもぞと潜りこんでいく。

 寒さが増してきているというのに、頬だけが異常に熱い。それが妙に恥ずかしく思えて、右手で頬を撫でさすり、浮ついた気分をどうにかこうにかおさえこんだ。

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