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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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記憶と混沌

 何の音もしない、静寂の世界。

 内陣を照らす松明の炎を見据え、まんじりともせずにいたら。いつの間にか、ニーザス神官と剣士が近くまできていた。


「あちらは礼拝堂でしょうか。内陣に荷物がありますね」

「……ああ。どうやら私の剣も、あそこにあるようだ」

「荷箱の上に、鍵束も。内省室の鍵でしょうかね」

 ふたりは、自分が見ていたのと同じ場所を確認して、考えこむような様子を見せた。

 そんなふたりのうしろから、いらついた様子の入れ墨男が、野太い声で文句を言いだした。

「むかつくなぁ、おい。目と鼻の先に鍵があるってのによ! どうにかあいつを引っ張れないか!」

「無謀だ。ここからでは道具がなければ届かない。それに……鉄格子から指一本でも出したら、魔獣(こいつら)が見逃してくれない」

 言いながら、剣士が鉄格子を叩く。

 たったの一度、ごく軽く叩いただけだというのに、魔獣たちは牙を剥いて鉄格子に飛びかかってきた。

 魔獣たちの暴れっぷりを間近で目撃して、入れ墨男のいきおいが急激に落ちる。

「改宗する以外には、方法がないってことか……」

 改宗という言葉を受けて、ニーザス神官が申し訳なさそうに肩を落とす。

「申し訳ありません。私は女神に背けない」

 ともすれば、自責の深みにはまっていきそうな神官。

 その肩を、剣士が叩いてなぐさめる。

「当然だ。澪尾神官(シェルヴァ)は、神殿で宣誓を行っている。女神に背けば、命を失う」

「それじゃあ改宗は無理だな。まあ、オレは神も女神もわからねぇ。崇めろって言われても、崇めたフリくらいしかできやしねぇ」

 この面子では、改宗などあり得ない。

 結論づけたあと、話題は一度とおった場所に戻っていく。

「どうにか大志教をだますことは……」

 お兄さんが提案すると、ニーザス神官が肩を下げたまま答えた。

「できないでしょうね」

「そうだな。志教連中ですら(あざむ)けなかった。そのうえ、大志教は志教よりも強力な術具を持っている。不可能と見るべきだ」

 二度目の話題に、剣士が早々と結論を出す。


 この窮地から、どうにか脱出できないか。

 全員が頭をひねり、考え、対話をしている裏側で、自分だけがそこから外れていた。




(何かを間違えている)


 絶対に間違えている。

 その感覚が取れなくてもどかしい。

 いまの自分ではだめだ。このまま会話に参加しても、またきっと間違えてしまう。

 どこかにずれがある。このずれを直さなければ、いたずらに状況を悪化させつづけるだろう。


(でも、何を――?)


 自分はどこがずれている?

 いったい何が、間違いを生んでいるのだろう。


「やっぱ、あの転送が最後の好機だったんだ。あん時うまく逃げてりゃ、小僧も無事だったのによ、ちくしょうめが!」

「だから、あれはサミーが悪いわけじゃないって!」


 再燃した怒りがふりかかってきても、自分の心に集中する。

 いま、引っかかりがあった。そのときは気づかなかった小さな光が、記憶のどこかに落ちている。

 これは、だれとの会話だったか?

 手も足も出せない時間は、もどかしく、()(がた)い。そういうとき――。


「もうやめておくれ!!」

 入れ墨男とお兄さんが言い争っていると、ケン坊を抱きかかえたままのご主人が、大きな声で制止した。

「ちがう、あっしが……。あっしがいけなかった……。ああ、ケン。ごめんよ。おっとうがちゃんと止めなければいけなかった……。ごめんよ、ケン……」

 涙声で子供にあやまり、抱きしめることしかできないでいるご主人。

 苦しみの只中にいる親子を、だれもが黙って見守るしかできない。


 (むせ)び泣く父親の腕のなかから、弱々しい声がする。

「おっかぁ……痛いよぉ…………」

 父にすがり、母を恋しがる声。

 その声が耳に届くと、救えずに地下の牢獄に置き去りにしてきた子供たちの声が、頭で反響しはじめた。


「けっ……」


 泣き声がしている。その声に励まされながら、考えに没頭した。しかし、考えれば考えるほど、どれが正解かがわからなくなる。

 すべてを放棄してしまいたい。でも、そんなことは絶対にしたくない。

  "お守り" をにぎりしめている手が、熱く汗ばんできていた。


(この気配……間違いない。内陣に行くことさえできれば。でも――)


 つかんだままの気配と泣き声が、混沌(こんとん)の海と化した頭で、ぐるぐると回っている。

 細い道を見つけては、横たわっている禁則にぶつかり。

 ほかの道を見出しては、また禁則にあたる。


 抜け道はどこにも見当たらない。

 根本から考え直さなければ、この窮地から脱出することは不可能。でも、根本って何だろう?


 考えるのは苦手だ。

 苦手だけど、ここで白旗を上げたら終わり。


 考えて、考えて。どうにもならなくて、心細さが増してくる。こういうときに思い出してしまうのは、思い出さないように心がけていた彼のこと。

 頼りになるからと、寄りかかってばかりいた。彼が悩んでいたのは、解決の兆しすらなかったものばかりだったのに。


 心細くなかったのだろうか?

 いつまでも見出だせない答えに、焦れたりはしなかったのか?

 そういえば、いつだったか聞いたことがあった。あのとき、たしかこう答えてくれたのではなかったか。


 ――考えつづけることだ。諦めなければ、いつかはどこかにたどり着く。だから俺は、考えるのをやめない。


 諦めたくない一心で、動かしつづけていた思考が、混沌の海からひとつの言葉をひっぱりあげてきた。

 すでになつかしさすら感じている声と言葉。それが、心に追い風を生む。

 嘆きがひびく頭に、つぎつぎと記憶が浮かびあがり、弾けて混ざりはじめた。


 家で。学舎で。都で。町で。


 いつかだれかが語った言葉が、混沌の海に入っては、流れを加速させていく。

 渦を巻きながら流れる、泣き声と記憶たち。頭の混沌が極まったそのとき、探していた言葉が光を帯びながら飛び出してきた。


 やりたいこと、すべきこと、選ぶべきことがわからない。

 そんな時は、自分が絶対にゆずれないことを追えばいい――。


 思いがけないほど近くにあったそれ。

 まだ新鮮なその音を追いかけてつかまえ、思考のなかに取り入れる。


(わたしにとって、絶対にゆずれない――ゆずりたくないこと)


 それは何だ?

 本当に。絶対にゆずりたくないもの。それはどれだった?

 禁則。約束。願い。

 わたしの心は――本当と呼べる心は、何を求めているのか。


 自分自身に問いかけ、きつく目をつむった。

 ぎゅっと閉じたまぶたの裏に、ちかちかとした光が見えている。

 まぶたの裏に出た光は、師父の髪色によく似ていた。

 光に記憶が刺激を受けたのだろう。とても傭兵だったとは思えないゆるやかな声が、つと思い出された。




 ――いらんものを重ねすぎて、何やら窮屈そうに見えるがの。

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