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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
22/29

潜んでいた敵

 鉄格子から離れた場所で息を潜めていても、魔獣たちはこちらから目を離さない。

「あいつら、あそこからさっぱり動かない……」

 お兄さんの発言に、刺激を受けたのか。鉄格子を掻いていた一匹が、その巨体を使って体当たりをした。

 悪しき気配をまとった獅子がぶつかると、鉄格子が大きく鳴る。

「魔獣にとって、人はごちそうだからな」

 徐々に凶暴さを増してきた魔獣。その動きを眺めながら、剣士は事も無げに答えた。

「勘弁してくれよ……。どうしてこんなことになっちまったんだ……」

 落ち着いた様子を保っている剣士。その横で、お兄さんが頭を掻きむしり、弱気な本音をこぼす。

「あんな……目と鼻の先に、輝尚石が山と積まれてるのに。魔獣がうろうろしてたら、取りに行けっこないじゃないか…………」


 そう。どうやらこの内省室は、隠し倉庫でもあるようなのだ。

 鉄格子の向こう。魔獣たちが陣取って動かない場所から、少し行ったところに、荷箱や武器が山と積まれている。

 荷箱からは、たくさんの真術の香りがしていた。

 よくよく視れば、光がこぼれているのもわかる。あそこに輝尚石が隠されているのは間違いない。

 そこまでわかっているのに、魔獣が邪魔で取りにいけない。それ以前に、鉄格子の鍵が閉まっている。

 動こうにも動けない。悲惨な状況にしびれを切らしたのは、やはりあの入れ墨男であった。


「おい、てめえ!!」

 男は、憤懣(ふんまん)やるかたないという態度で、またじりじりと自分に詰め寄ってくる。

「元はと言えば、てめえがしくじったせいだぞ! 転送を使ってぱぱっと帰れば、こんな目に合わなかったんだ! どうして輝尚石を壊しやがった!!」

「やめろ」

 入れ墨男が話を蒸し返すと、すかさず剣士が間に入ってきた。

「何度も同じことを言わせるな。壊れたのはサミーのせいではない。あれは偽尚石だった。だれが使ったとしても、結果は同じだ」

 剣士が、さっきと同じように入れ墨男を(さと)す。

 会話を聞きながら、布の影で唇をぎゅっと噛みしめた。

「んなこと言ったってよ、志教連中は問題なく使ってたじゃねえか! こいつが何かヘマをこいたに決まってるだろう!」


 じわりと、鉄の味がした。

 入れ墨男が語っているのは事実だ。事実と知っているから重く、苦しい。

 そして、その事実を隠しつづけていることが、自分にとって一番の苦痛と思えた。




 ずれている。

 これは、今日何度も感じてきたことだった。

 自分は、道の選択を間違えている。

 それをずっと感じていた。どこかに大きなずれがあって、そのせいで望みに届かず。どんどん距離が開いたあげく、こんな窮地においやられた。


 当初、望みは手が届くところにあった。

 だというのに、望めば望むほど。うまくやろうとすればするほど遠ざかっていき。もはや、どうたどり着けばいいのかすらも、わからなくなってしまった。

 自分のなかで、何かがずれている。

 根本的な何かを、決定的に間違えたまま行動して。ついに、こんな場所に至ってしまった。

 そんな考えが、頭にこびりついて離れてくれない。




「あれ。旦那さん、ケン坊はどこに行きました?」

 鉄の味と苦痛とを、噛み締めていたとき。お兄さんが、きょろきょろと周囲を見回した。

 お兄さんに言われて、大人たちが子供の姿を探す。無駄に広い内省室を、首を動かして探していると、子供特有の高い声が聞こえた。


「おっとう。ここに横穴があるよ!」

 子供が大きな声で父を呼ぶと、また魔獣が鉄格子に体当たりをしてきた。

「ケン、だめだよ。こっちへおいで!」

 それにあわてたご主人が、大急ぎで子供を呼び戻そうとする。

「どうして!?」

 これに子供が反抗をした。

 何で止めるのだというように声を張りあげ、その場で地団駄を踏む。

「横穴はどこに繋がっているかわからない。万が一、魔獣がいる場所に出たらどうするんだい!」

 一向に言うことを聞かない息子に、父が強くたしなめた。

「でも――」

「だめだ!」

 息子を怒鳴りつけるなんて、温厚なご主人にしてはめずらしいこと。しかし、それだけ子供の身を案じているのだ。

 いつまでたっても戻ってこない息子に焦れて、ご主人がケン坊のところまで行き、その左手をつかんだ。

「いやだよ!! だって、おいら以外は入れないじゃないか! ここでじっとしてたって、助けなんか来ないんだし。あの大志教だっていつ戻ってくるかわからないし……。それに……それに、おいらもう家に帰りたいんだ!」

 けれど子供は、その手をふりほどいて、ずっと溜めこんでいただろう本心を吐き出した。


「おっかあが待ってるから、早く帰りたいんだよ!!」


 涙声でそう言って、ケン坊は横穴に入っていってしまう。

 子供の素早さにおいてかれた父親は、それでも横穴に手を入れ、まだ小さなその右足を捕らえて、身体を引き出そうと力をこめる。

「ケン、だめだ!!」

 ご主人が、戻っておいでと呼びかけだとき、横穴のなかからケン坊の悲鳴が聞こえてきた。


「ケン!?」


 横穴に入った少年に、何かが起こった。

 よくない、何かが。


 それを察知した大人たちが、魔獣すらも忘れて横穴に集まった。

「ケン、ケン! しっかりおし!!」

 子供の叫びを聞いたご主人が、抵抗するように暴れる右足を引いて、横穴からケン坊を引きずり出す。

 子供の全身があらわになると、すばやく動く何かが、穴からいっしょに飛び出してきた。


「蛇っ!?」


 いち早く、その正体を確かめたお兄さんが、足元にあった大きな石をつかんで投げつけた。その石は見事に直撃し、紫と緑の模様が入った一匹は、その場で動かなくなる。

 息をついたのも束の間。穴からもう三匹の蛇がやってきて、自分たちに襲いかかってきた。

「おめえら、もっと下がれ!!」

「下がれったって、反対側は魔獣の巣だ!」

 入れ墨男とお兄さんが、蛇を避けながら言い争う。その間にも、蛇は首を高くもたげ、威嚇するような鳴き声を出している。

 じりじりと近づいてきた一匹が、動きの鈍い親子に狙いを定めた。蛇の動きを察知して、革鞄で殴りつけようとしたが、すれすれのところで避けられてしまった。


「サミー、危ないっ!!」


 呼ばれて、反射的に飛び退いた。しかし、動きは蛇のほうが圧倒的に早い。

 避けきれないとあきらめかけたとき、革鞄から白い塊が飛び出してきた。

「ジュジュ!?」

 自分と蛇との間に割り入ってきた白イタチは、空中で蛇の首をとらえ、鋭い牙でその動きを止めた。床に降り立つとそのまま残りの二匹へ立ち向かって、その場を完全に制圧する。

 けれども、穴からはまだ蛇の威嚇音がしている。

 このまま横穴に入らせてはだめだと判断して、健闘してくれた白イタチを呼び戻す。

「ジュジュ、もういいよ。帰っておいで!」

 呼べばジュジュは、くわえていた蛇をその場に落とし、とことこと足元にやってきた。がんばってくれたかわいい子の頭を、指ですりすりと撫でさする。

 ニーザス神官が、ジュジュが噛み殺した蛇へ、そっと近づいていった。蛇の模様をじっくりと確認し。噛まれた左手を、赤く腫らしている子供の様子を見てつぶやいた。


「……この柄は、シドレ蛇でしょうか」


 神官のつぶやきを聞いて、ご主人の顔からみるみる血の気が引いていく。


「シドレ蛇ですって!?」


 真っ青になったご主人が、腕のなかの子供を呼ぶ。

 だがしかし、幼い声が返ってくることはなく。荒い息遣いばかりが耳に届く。

「あの、シドレ蛇って何でしょう……?」

 荒くれ者であることを、隠そうとすらしなかった男でも。この会話を、ご主人に聞かせたくないという気持ちはあるようで、自分の問いにひそひそと応じた。

「ここいらに()む毒蛇だ。沼地とか川沿いにいるやつだが……まいったな、 "泉" が(ぬく)いもんだから、蛇のくせに冬眠してなかったのか」

 その会話に、お兄さんが割り入ってきた。

「まずいぞ。シドレ蛇の毒は、大人でも一日で死ぬって言うじゃないか! 早く神殿に連れていかないと……!」

「……こんなチビじゃあ、一日ももたないだろうよ。せいぜい、日暮れまでもてばってとこだな」

 会話を終えて、入れ墨男は痛みをこらえるような表情をした。


「ああ、ケン! 何ということだ!!」

 ご主人が子供を呼ぶ。

 何度も何度も、その小さな身体を抱きこみながら、必死で呼びかける。

 そんな父の腕のなかで、子供が親を呼んだ。「おっとう」と二回呼びかけて、その胸にすがり。小さく小さく「おっかあ」と呼ぶ。


 親が子を呼び。子が親を求める。

 その光景を見つめていたら、しまっていた記憶が痛みを発した。

 親子の姿にかぶさるように見えた残像は、幼い形をした骨の山。

 地下の牢獄に閉じ込められたまま、忘れ去られていた悲しい子供たちのあの姿だった。


「……神官さんなら、解毒ができるんじゃねぇのか?」


 もどかしそうに入れ墨男が聞いた。

 声のうしろで、幻聴が聞こえている。

 結局、助けることができなかった子供たち。幼くせつないその声が、忘れてくれるなとばかりに自分を呼んでいる。


「第三の目が(ふさ)がれてしまっています。この術具を外さないと……」

 無念そうにニーザス神官が答えた。

 答えを聞いて、入れ墨男がさらに食い下がる。

「おい、術具屋のあんちゃん。あんた、これもさっきみたいにぶっこわせないのか?」


 声が多くなってきた。

 耳鳴りがひどい。

 息苦しさが強くなったせいで返事ができず、首をふってその場から逃れた。


「それは無理でしょう。さきほどのは、偽物の力……偽尚石だったから壊れただけ。第三の目を(ふさ)いでいるのは、本物の輝尚石……真導士があつかう正規の真術です。真導士があつかう真術は、真導士にしか解けないとされています……」


 鉄格子の方へ歩き出した自分を、お兄さんが呼ぶ。

 それにも首をふって足を進め、鉄格子の向こうが見える位置で止まった。


「でもよ。どうしてあいつらが、本物の真導士があつかうような真術を使えるんだ?」


 息が苦しい。

 耳が痛い。

 何だか、背中がうずいている気もする。

 すべての感覚をおさえようと、ただ深呼吸をくり返す。


「近頃。街道沿いで、術具の盗難がつづいていたと聞く。おおかた、邪教が盗賊とつながりを持っていたんだろう」


 深呼吸をしながらも、向こうの景色を見つめる。

 松明が灯って、場を視認するのが楽になった。

 落とされた直後は、どこまでも闇がつづいているように思えたけれど。いま、あらためて見てみれば。内省室の外は、教会によく似ていた。

 外光はなく、色硝子(いろがらす)もない。でも構造だけで考えれば、そっくりな姿をしている。

 色硝子があれば、きれいだろうに――。

 疲れてきたのか。現実逃避をはじめた頭が、意味のない考えを浮かべた。

 背後では、まだ会話がつづいている。

 邪教と盗賊とのつながりに言及した剣士は、最後に「よくある話だ」と吐き捨てるように言った。


「…………盗賊だけか?」


 男が、試すような言葉で切り返した。

 会話を聞きながら、内陣――のような場所から流れてくる、真術の香りにひたった。


「魔獣なんて物騒なブツ、そこいらの賊じゃあ用意できねぇぜ」


 男の発言に、剣士は何も応えなかった。

 だれも何もしゃべらなくなった場で、真術の香りだけに集中する。

 流水、炎豪、これは結界。

 癒しと、それから――。


「サミー。あまり鉄格子に近づいては危ないですよ」


 案じるように声をかけてきたニーザス神官。

 その声と同時に、ふたつの気配を感知して、目を開いた。


 ある。

 でも、このふたつだけじゃない。

 もうひとつ。すごく薄いけれど、内陣から流れてきている。


「サミー、本当にどうした? 危ないからこっちに来いよ」


 ――ああ、見つけた。

 三つの真術の気配を確認して、()()()殿()が応じるのを待った。

 しかし、いつまで待っても応えは返らず。自分のなかは無音で満たされていた。

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