表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
21/29

大志教と内省室

「剣士さま!?」


 耳鳴りが残る右耳をおさえながら、炎が直撃した場所を見やる。

 もうもうと立ちのぼる白煙の向こうに、ふたりの神官が倒れていた。

 剣士に押し飛ばされたふたりは、咳きこみながらも、直撃地点から遠ざかろうと動いている。目を凝らしてさらに探したが、剣士の姿は視界のどこにもない。

 再度呼びかけると、立ちのぼる白い煙のなかから、大きな影がざっと飛び出してきた。白煙から姿をあらわしたのは、まぎれもなく混髪の剣士、その人だった。


「ご無事で」

 声をかけた相手は、自分たちを背にかばい。控室の上部――二階の回廊に、鋭いまなざしを向けた。

(みな)、下がれ」

 視線の先には、赤い人影があった。

 たっぷりとした(ひげ)をたくわえ、紅赤の祭服をまとった人物は、輝尚石を剣士に向けて掲げている。

「嘆かわしいこと」

 さも残念そうな口ぶりで語り、空いてる左手で祈るような仕草を見せた。

「邪悪なる女神(にょしん)に惑わされ、正しき道を忌憚(きたん)するとは」


「――ああ、大志教さま!!」

 床に伏していたジョシュアが叫ぶと、習学者たちが色めきだった。

「まずい、親玉が出てきやがった……!」

 彼らの反応を見て、入れ墨男が焦燥を口にする。

「あれが、大志教」

 噂の大志教が姿をあらわしても、剣士が動じることはなかった。

 相手を認識するや、両手でにぎっていた木の棒を左手に預け。空けた右手で、旋風の輝尚石を掲げた。


 緊迫の場に、か細い悲鳴があがったのは、だれもが剣士の動きに注目していたときだった。

「オスカー!?」

 オスカー神官は、大志教の姿をみとめるなり叫びをあげ、どこかに逃げていこうとする。

 動揺をあらわにしたその人を、ニーザス神官とご主人が懸命に引き止め。懸命に呼びかけて、正気を戻そうとする。

「大丈夫です。しっかりなさい、オスカー!」

 しかし、オスカー神官の荒れようはひどくなるばかり。哀れな神官の様子を見ていたジョシュアが、大志教に称賛をおくった。


女神(にょしん)に惑わされ、道を失った者たちよ」


 状況を確認し終えたのか。大志教が、朗々と語りはじめた。

「パルシュナ教の神官と剣士……いや、あなたは兵士でしょう。志教たちから、報告を受けていました。やはり国や教会に属している者は、邪悪なる女神(にょしん)に傾倒しすぎている。習学者となり、機会を与えることで、正道を見出して欲しいと考えていましたが――」

 大志教は、剣士とニーザス神官に語りかけ。そして、手にしていた輝尚石を、胸元から新たに取り出したものと交換した。

「どうやらあなたがたには、特別な教えを授ける必要があるようですね」

 先頭で大志教と向き合っている剣士は、取り出された輝尚石を警戒し、旋風を前に突き出した。

 ぴりぴりとした緊張が高まるなか。邪教に心を奪われた人々が、大志教に救いを求めはじめる。


「大志教さま、われらは神への道を見出しました!!」

「この者たちとは違います!」

「どうぞ、われらを新天地へとお導きください!」

 そんな彼らの声に、大志教が応える。

「ええ、わかっておりますとも。大いなる神は、つねに正しく導いてくださいます」

 まるで本物の聖職者のように語り。再び、祈るような仕草をした。


 ジョシュアたちの喝采を、一身に受ける大志教。

 そんな大志教の背後に、さきほど開かれただろう扉があった。開け放たれた扉の奥に、不自然にゆれている影を見つけたのは、どうやら自分だけのようだった。


(人――?)


 松明の明かりが届かない場所で、人影が動いている。

 ひとり……いや、ふたりだ。

 大志教以外にも、敵が残っていたのかと思った。しかし、奥で潜んでいる人影からは、敵意も戦意も飛んでこない。

 奥のふたりは、いったい何者だろうか?

 とくに、手前側にいる人物が問題に思えた。

 明かりが差さないような、ひどく薄暗い場所に立っているというのに。その人物の表情が、うっすらと見えている。

 その背後にいるもうひとりは、すっかり影に埋没している。それにも関わらず、手前の人物の顔だけが、浮きあがって見えているのだ。

 真眼は開いていない。

 でも、白い光がそこにある。


女神(にょしん)に惑わされ、道を失ったものたちよ。あなたがたに、神に通じる道を与えましょう」




 大志教の語りが終わるのと、その手にあった輝尚石が輝くのは同時のことだった。

「いってえ!」

 描かれた真円から逃れる間もなく、脱走を試みた全員が、闇が満ちる場所へ転送された。

 最初に知覚したのは、ひどく冷たく、ごつごつとした床の感触。

 中空から吐き出されたせいで、全員がその床に尻や足を打ち付けた。


「いててて。…………おいおい、えらく生臭えな。こりゃあ、いったい何の匂いだ?」

 落下の痛みをやり過ごして、つぎに気づいたのは臭気だった。

 落とされた場所には、ひどく生臭い匂いに満ちている。

「おっとう、真っ暗でなにも見えないよぉ! どこにいるの!?」

「ケン、動いちゃいけないよ。おっとうが行くから、そこでじっとしていなさい」

 親子の会話の影で、地響きに似た音がしている。

 空耳……だろうか?

「――しっ!」

 剣士もその音に気づいた。あの人にも聞こえたなら空耳ではない。

(みな)、動くな。何かいる」

 すぐ隣から聞こえた声には、何かを強く警戒する色がにじんでいる。

 剣士から、声も出すなという指示が出された瞬間。真っ暗だった場に、炎が出現した。


 壁にかかっていた松明に、つぎつぎと火が灯されていく。

 徐々に、炎豪の匂いが濃くなってきた。しかし、真術の匂いが満ちても、生臭い何かの臭気はただよったまま。

「オスカー!?」

 明かりが灯り、場のありようがはっきりと見えた。

 場が照らされると、オスカー神官が悲鳴をあげ、床にうずくまってしまう。

 正気を見失ってしまったその人は、助けてください、出してくださいと(くう)に懇願する。

 くり返される救いを求める言葉と、 "泉" とは一変した様相とを確認して。だれに言われるでもなく、全員が場の名前を理解した。


「まさか、ここって!」

「なんちゅうこった! 内省室に落とされちまったんだ!!」

 内省室という言葉のせいで、オスカー神官の恐慌が、さらにひどくなってしまった。

 そのとき、どこからともなく大志教の声がひびいてきた。




「習学者たちよ」


 自分たちを、こんな場所に落とした相手は、卑怯にも姿を見せないまま語りかけてくる。


「邪悪なる女神(にょしん)に惑わされ、道を(しっ)したあなたがたに、まずはパルシュナの偽りを証明しましょう」


 声だけの語りが、内省室に響きわたると。さっきとは違う場所に、松明が灯った。

「あれは――」

 明かりに照らし出されたのは、無骨な岩と鉄格子。|

 錆付さびつきすら見える鉄の棒の向こうに、うぞうぞと(うごめ)く、複数の黒く大きな塊があった。

「あっちに魔獣がいるぞ!!」

 いち早く、その正体を見定めた入れ墨男が言うと。悲鳴をあげた親子が、鉄格子とは反対の壁に避難した。


「間違った教えを広めているパルシュナ教会は、日が出ている時間を、 "女神(めがみ)(とき)" と呼んでいるそうですね」


 大志教の語りが、ごつごつとした岩に反響する。

 それも恐ろしく感じたのだろう。少年が叫びをあげた。


「もしも、母なる女神というものが実在するのであれば。日が出ている間に、諸君らに恩恵を与え。内省室から出る道を示すでしょう」


 子供の叫びで、恐怖が掻き立てられたのか。オスカー神官の恐慌が、いっそう激しいものとなる。


「しかし、パルシュナが実在せず。女神の加護というものが虚偽であるならば。諸君らは内省室から出ることが叶わず、そこで夕刻を迎えることでしょう」


 ニーザス神官は、大志教の声に耳を立てながらも、取り乱す三人に寄り添い。落ち着くようにと声をかけている。

 気丈な神官に(なら)い、酒屋のお兄さんも三人に声をかけているが、その横顔はすっかり青ざめていた。


「神の下僕たるわれわれは、あなたたち自身が、自ら気づき。道を正すことを望みます」


 大志教の言葉に、入れ墨男が強く反発した。

「何が神だ! 神ってのは魔獣を従えてるのか! そんなのまるっきり邪神じゃねえか!!」

 的を得たその怒声に、大志教が応えることはなかった。


「日暮れには心を改め、神の道を見出しなさい」


 内省室に、恐怖と怒りがあふれる。

 けれど、混髪の剣士だけは、声が響いている虚空をじっとにらみ据えていた。


「哀れなる者たちに、大いなる神のご加護があらんことを」


 その声を最後に、大志教の語りが途切れた。

 場に残されたのは、脱走に失敗した自分たち。

 そして、鉄格子の向こうでこちらをうかがっている、獅子の姿をした魔獣の群れだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ