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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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「おいおいおいおい! てめえ、何てことをしてくれるんだ!?」

 水晶が割れた途端、入れ墨男が大声を出しながらにじり寄ってきた。

「うそ。どうして壊れちゃったの? 輝尚石って、すっごく硬いんじゃなかったの?」

 さっきまで喜色を浮かべていた子供が、表情を一変させて父に問いかける。


 子供の疑問に答えられずにいたご主人に代わり。粉々になって床に落ちた破片を見つめながら、原因を口にする。

「……これは輝尚石ではありません。偽尚石(ぎしょうせき)というものです」

 事実を告げ、後悔といっしょに唇をかみしめた。


 そうだ。

 これは偽尚石。座学で習ったとおりだ。

 知識としては知っていた。外側は輝尚石と同じ。見た目では判別がつかない。

 なぜなら、偽尚石は里がおろした水晶を、再利用した術具だからだ。

 輝尚石に籠められた真術を使い切り。すっかり空になったものに、真導士以外のだれかが真術を籠める。

 この手法自体が、国と真導士との条約で禁止された行為。しかし、その禁止された行為をするのが片生なのだ。

 それぞれについての知識は、きちんと持っていた。

 それなのに、知識と知識との間に、つながりを作れなかった。

 自分の油断が悔しくて、右手の傷を(おお)っている布を、強く強くにぎりしめた。


偽尚石(ぎしょうせき)……。聞いたことがあります。真導士が籠めたものではない非正規の術具。正しき知恵と力を用いず、無理やり造られたゆがんだ品だと」

「……はい、そうです。外側の水晶は、真導士があつかう品。ですが、中身は真導士の真術ではない。うかつでした」


 本当にうかつだった。

 色と形が真穴から出る水晶だったから、完全に真導士の里のものだと信じ切ってしまった。籠められていた小さな力を、真力がつきかけているのだと思いこんでしまったのだ。


 現実を知れば、当然その可能性があったことは理解できる。

 でも、まったく思い至らなかった。

 砕けた偽尚石は、片生が籠めた "転送の陣" だったのだ。

 片生が描く、(いびつ)でかすれている真円。そんなものが支えている真術に、真導士の真力を多量に送りこめば、結果がこうなることは火を見るより明らか。

 どうして気づかなかったのか。その真円に気づきさえすれば、壊すことなどなかったのに。

 真っ白な頭のなかで、もう一度自分を責めたとき、入れ墨が目立つ太い腕が、襟巻きをきつく締めあげてきた。


「偽物だろうがなんだろうが、転送の真術が入ってたんだろう? それをこんな粉々にしちまって! どうするんだよ! これじゃ脱出できなくなったじゃねえかよ!!」


 入れ墨男の力は強く。全力で抗っても、その両腕はぴくりとも動かなかった。

 締めあげられている状態では、呼吸の確保すらむずかしく。息ができない苦しみが、ただでさえ真っ白だった頭を、さらに白く焼いていく。

 しかし、その苦しみは長くつづかなかった。

 やめろという声がして、唐突に呼吸と身体の自由が戻ってきた。

「落ち着け。無駄にサミーを責めるな」

 入れ墨男を咎めたのは剣士だった。

 驚くほどなめらかな動きで、入れ墨男の右腕を取り。あっという間にうしろ手におさえこんでしまう。

 剣士に腕を取られた入れ墨男は、「いてえ、いてえ!」と騒いでいるものの。痛みで身動きも取れないのか、それ以上の乱暴は働けずにいた。

 腕が離れていったのを確認してから、襟巻きの乱れを整える。その拍子に、右手の血糊が外套(がいとう)についたそれが過ちの証のように思えて、胸の苦しさがわずかに増した。


「偽尚石というものについて、私も聞いたことがある。単純に、これが偽物だっただけだ。偽物だから壊れた。偽物だからもろかった。何も不思議はない。彼が悪いのではなく、物が悪かっただけだ」


 剣士の物言いは、ありがたくも辛く感じる。

 そう。たしかに、これは偽物だった。

 でも、偽物だとわかっていれば、やりようはあったのだ。

 自分が輝尚石を壊し。脱出の機会を失った。この事実は、どうあってもゆるがない。


「そうは言ってもよ! 大扉にゃ鍵がかかってるし、ほかに出口はねえ! いったいどうするってんだ!!」

 入れ墨男の怒りは、もっともだった。

 自分は油断をした。

 考えが足りないことにも、経験が浅いことにも自覚はあった。それなのに、自分の決定を疑うこともしなかった。


 これは慢心というものだ。

 場のだれよりも、真術には通じている。自分はちゃんとわかっていると、信じ切ってしまった。もっと慎重になるべきだったのに。早く帰りたいと望むあまり、可能性の検討をおろそかにした。

 何て馬鹿なことをしてしまったんだろう。

 そんな後悔に打ちのめされていると、習学者のひとりが、ささやくように言葉をもらした。


「天罰だ……」


 その言葉を聞いてニーザス神官が、男たちに目を向けた。

「……やはりそうだ。神に逆らおうとすれば、罰が下される」

 棒立ちのままつぶやいた男の言葉に、涙を流したままのジョシュアが応じた。

「言わんこっちゃない!」

 立ちあがり、腕をふりかざしながら大声で叫ぶ。

「だから言っただろう、神は見ておられるのだ!」

 叫びながらふりかざしたその腕に、ひどい傷跡がのぞく。仲間を失い、自らの命をも失いかけた男は、怒りと悲しみを燃やしている。

「女神こそが邪神なんだ。――おお、神よ! どうかわれらをお救いください!!」

 その熱い叫びに、棒立ちだった習学者たちが呼応していく。

 そうなのかという疑いが、そうかもしれないという気持ちに変化していくのが、傍目からよく見えた。


「みなさん、落ち着いて。一時の困難に惑わされ、道を見失ってはなりません」


 ニーザス神官が、習学者たちの迷いに立ち向かおうとした。

 しかし、若い澪尾神官(シェルヴァ)の声は届かず。彼らは彼らの言葉だけで語り。最初は小さかった信心を、大きく育てていこうとしている。




「――やったあ!」

 そんなとき、あまりにも場違いな歓声が響いた。

 こんな状態で、何が「やったあ!」なのか。驚愕した全員が、いっせいに声の主をふり返った。

「おっとう見て見て! 抜け穴から入って、鍵束を拾ったんだ! この赤い鍵が正解だったよ!」

 ふり返った先では、なぜかあちら側にいたケン坊が、鉄格子の扉を大きく開け放っていた。

  "もぐら" へと通じている道を、固く閉ざしていた鉄格子の扉。その扉を、いつの間にか向こう側へ入り込んでいたケン坊が、開けて帰ってきたのだ。

 少年の手には、さっきまではなかった鍵束がにぎられていた。

 その鍵束は、たしか志教が戦闘の最中に、鉄格子の向こうへ放り出していたはず。

 どうやら、大人たちの長々しい会話に焦れた少年は、たったひとりで解決の(いとぐち)を探しにいっていたようだ。


「ケン、お前って子は!」


 ひとり、勝手な行動に出ていたわが子。

 子供の行動について、褒めていいか、叱った方がいいか。判断をつけられなかったらしいご主人が、鍵を持って笑うケン坊を、包むように抱きしめた。


「よくやったぞ、ケン坊!」


 父親の腕のなかで、もがもがともがいている少年の頭を、お兄さんが手荒く撫でる。

「でも、この先って、たしか……けっこう急な斜面でしたよね、ニーザス神官」

 ケン坊の頭をわしゃわしゃと撫でつつ、鉄格子の向こうをのぞき見て。お兄さんは、ちょっとばかり……いや、だいぶいやそうな声を出した。

「ええ……。急ではありました。しかし、登りきれば確実に "もぐら" に出られます」

 弱気を見せたお兄さんを鼓舞するように、ニーザス神官が明るい声で応えた。そうして、しゃがみこんでいた同輩を立ちあがらせると、剣士へ視線をやった。

「ほかに道はない。行くぞ」

 剣士は、号令を出すと、動きを封じていた入れ墨男を解放した。

 扉に近い場所では、お兄さんと親子が早く早くというように手招きをしている。

 解放された入れ墨男は、「勘弁してくれよ」と言って、親子のうしろについた。剣士は、ニーザス神官の反対側について、オスカー神官の歩みを助けながら歩いて行く。

 そんな彼らのうしろにつこうとしたとき、耳がやってきた危機の音をつかみとった。



「――剣士さま、危ない!!」

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