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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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占術師

 細く白い手が包みを開くと、辺りに香りが満ちた。

 明かりは、少ない方が好みだ。そのように語った細身の客人は、薄暗い部屋できらびやかな布を広げ、満面の笑みを浮かべた。


「大志教殿、ありがとう。とてもいい生地だね」


 踊り子のような衣装をまとった青年は、贈ったばかりの布を羽織り。腕でその感触を満喫している。

「肌触りもいい。柄も素敵だ。遠慮なく使わせてもらう」

 とうに声変わりを迎えているだろうに。その美声も、容姿も、まるで少女のようだった。

 性別を超越しているとすら感じる相手は、布をまとったままくるりと回り、薫香(くんこう)を部屋中にまいて微笑む。

「気に入っていただけたようでよかった。慎重に選んだかいがありました」

「まさか礼金だけでなく、こんな土産もいっしょに――なんてね」

 満足したのか。占術師の青年は、その身体を包んでいた布を、付き人の老人に手渡し、向かいの席に再び腰をおろした。

「ずいぶん、気前がいい話ですな。デグラ様」

 青年に付き従っている老人は、布を畳みながらも、探るような会話を選んだ。

「これくらい当然ですよ、フィリベルト殿。セリノ様の占術が、幻とも言われていたこの "泉" に、われわれを導いてくださったのですからね」


 当たり前の回答を選ぶと、老人は静かに口を閉ざした。

 青年と老人が、どのようなつながりか。想像はついていない。だが、青年に礼を持って接していれば、この老人は黙っていることが多い。

「私どもがお二人に出会えたのは、まさしく神のご加護だったのでしょう」

 言えば、老人は無言でうなずいた。

 とくに必要がなければ、こうして青年の影となる。御しやすい相手でなくとも、邪魔者とも言えない。微妙な存在だ。


 (ひるがえ)って、(あるじ)である青年の方は、非常にわかりやすい人物と言えた。

「時にセリノ様。これから、どちらへ旅立たれるおつもりでしょうか」

「ボクの行く先は、いつだって気が向くままさ」

 ただしこれは、つかみどころがない奔放さを、見て見ぬふりをすればと条件がつく。

「もし急ぐ旅でないのでしたら、もうしばらくの間だけでも、ご滞在いただきたいのですが」

 いま、出ていかれては困る。

 だからこそ、あのような高級品をわざわざ買い求めた。すべては、(たぐい)まれなる才能を持つ青年を、この "泉" に留めておくため。

「デグラ様。それは、セリノ様がお決めになること……」

 口を閉ざしたはずの老人が、重々しく語りはじめた。しかし、それを青年自身が手で制した。

「いいよ」

 口調の軽さは、当人の気まぐれな性格をよくあらわしている。

「もうしばらく、あんたたちといてあげる」

 どうやら今回は、その気まぐれが良い方に向いたようだ。高い買い物ではあったが、狙った効果が出たならそれでいい。


「セリノ様」

 老人が、(とが)めるように呼びかけると、青年はあからさまに機嫌を損ねた。

「フィリベルトは黙ってて。このボクが、いま、そう決めた。文句あるの?」

 一部分だけ長く伸ばした、秘色(ひそく)色の髪をもてあそびつつ、青年はつんと(あご)をあげた。

「あんたたちは、金払いもいいし。占いが当たれば、こんなおまけだってついてくる。……それに、どうも表が騒がしいみたいだからね。湿気った隠れ家でも、いまは我慢しておくよ」

 気まぐれな客人に、「それは、ようございました」と応じる。

 すると、占術師の青年は、薄く紅を引いた唇に人差し指をあてたまま。まるで秘密を語るように、そっとささやいた。

「大志教殿。素敵な土産の礼に、ひとつだけ予言を追加してあげよう。ボクがただで占うなんて、ほとんどないからね。ありがたく受け取るといいよ」

 思いがけぬ提案に、自然と身体が前のめりとなる。

「これはこれは。あなた様の占いは、まさしく正確無比。いまはまだ、隠れ潜んでいなければならないわれらにとって、ありがたい福音となります。……して、此度(こたび)の予言は、どういったものでしょうか」

 実際、この青年の予言はよく当たる。

 これまで、占術師と名乗る者にも、預言者と名乗る者にも、数え切れぬほど会ってきた。だが、この青年ほど、物事を正確に言い当てる者はいなかった。この青年の占術は、まさしく格が違うのだ。

 つぎは、いったい何を語るのか。

 発言を、ひとつたりとも聞き逃すまいと、耳をすませて待っていれば。青年は、人を惑わすような笑みを作ったまま、不穏なことを口走った。


「あんたがようやく探し当てたこの "泉" に、牙のある魚がまぎれこんでいる」


 語ると同時に、青年が面白がるように首をかしげた。

「早めにつまみ出した方がいいんじゃないかな? 魚の牙は、かなりのものだ」

 かしげた拍子に、長い髪が肩からこぼれ落ちた。澄んだ水を思わせる髪が、わずかな明かりを反射しながら、ゆったりとゆれている。

 青年が口にした新たな予言を、どう解釈するか。

 その受け入れ方を悩んでいると、忙しない足音が客室に近づいてきた。


「――デグラ様! 大志教様、大変です!!」


 だれも近づくなと言いおいていたはずの客室。そこにやってきたのは、部下ではなく信徒だった。

「あなたは……先日信徒となられたばかりの方ですね。どうしたのです。客人の前で、そのような大声を出して」

 ぜいぜいと息をしている者に、落ち着くよう声をかける。

 ところが、やってきた信徒は、動揺をおさえようともせず、まるで喚くように報告をあげてきた。

「習学者の一部が、反乱を起こしました!」

 その内容に、思わず目を見張る。

「六人の志教たちはすでに……! 大志教様、神に牙むくおろか者たちに、聖なる裁きをお与えください!!」


 信徒が願いを口にして、床に膝をつく。

 一拍もおかず、客室にくすくすという笑い声がただよいはじめた。


「ほうら、ね」


 さもおかしそうに笑う、占術師の青年。

 青年は、色をのせているまぶたを、その頼りない指でひと撫でして言葉をこぼす。


「言ったとおりだろう? ボクの占いは当たるんだ」


 そうして、またくすくすと笑い。

 すべてを見通すと噂されている、天色(あまいろ)の瞳を輝かせながら、両手を空に向かって掲げた。




「すべては星が導くままに――」

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