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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
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偽りの罠

 しばらくして、八百屋のご主人とケン坊がやってきた。

「兄ちゃんたち、転送の輝尚石を見つけたの!?」

 入ってくるなり、頬を紅潮させて聞いてきた少年の頭を柔くなでて。もう一度、その吉報を伝える。

「見つけたよ、ケン坊。これで町に帰れるからね」

 報せを聞いて、大きく飛び跳ねたケン坊を、笑顔のニーザス神官が見守っていた。


「全員、無事ですかい?」

「もちろんだ。だれも怪我などしていない」

 剣士が応じると、ご主人は胸に右手を当てながら、大きな大きな吐息を出した。

「ああ、よかった。真術が使える志教が帰ってきて、どうなることかと……」

「おう、危なかったさ。でもな、剣士の旦那と、あっちの術具屋のあんちゃんが、だいぶ張り切ってくれてな。うさんくさい志教連中を、一網打尽にしたんだぜ」

 「本当にすげぇやつだな!!」という言葉とともに、またも背中に衝撃がきた。

 この入れ墨男は、口も人相も見てくれも悪そうだし、ものすごく怒りっぽい。でも、どうしようもない悪人というわけではなさそうである。


 背中の痛みと咳に見舞われながらも、右手の輝尚石に視線を落とす。

 にごりも(ごみ)もない、きれいな正円の水晶。もれてきている気配は、ちょっと弱いような気もする。しかしこの姿形は、絶対に里の水晶だ。

 里があつかう水晶は、とても特別なものである。

 一般的な水晶は、おもに鉱山などで採掘される。しかし、里が扱う水晶は、すべて "真穴" のなかから採取されている。

 鉱物を生み出す "真穴" の数は、ごくごくわずかだ。

 しかも、大地に点在しているほとんどが、各里の管理下に置かれている。真導士の里を通さず。民がこの水晶を手にする機会は、(ぜろ)と考えていい。

 そもそも、 "真穴" から鉱物を取り出せるのは真導士だけだ。つまり、正円で真水のような水晶であれば、里が卸した正規の輝尚石と考えられる。

 力が弱いのは、使いこんだせいか。籠められている真術の気配が弱々しい。


 飛べて、あと一回が限度。

 けれど……果たして、この真力で足りるだろうか?

 輝尚石に残されている真力は、いまにも底をつきそうな状態と思えた。


 つぎで、 "泉" にいる習学者たちを、全員連れていくことになる。志教たちに反抗してしまったいま、だれかを残していくという選択肢は取れなくなった。

 こうなったら、自分の真力を足すしかなさそうだ。

 ほかの系統の真力が籠められていると、力を足したときに強い反発が出て、自分の真力を大量に消費してしまう。加減を間違えれば、 "暴走" の可能性だってある。

 でも、 "転送の陣" は無類の真術。 "暴走" が起こるほどの強い反発は、起き得ない。

 自分が取れる最善の手を考えていると。あわてふためいた男たちが、控室に大挙してなだれこんできた。




「あんたたち! 本当に志教を倒したのか!?」

 控室にやってきた人々は、床で伸びている志教を発見するや、(みな)(みな)して、信じられないという顔をした。そろって棒立ちとなった男たちをかき分け。やっとのことで戻ってきたお兄さんが、「全員に声をかけてきましたよ」と報告をする。

 これに剣士がうなずきで応じると、ニーザス神官が人々にやさしく語りかける。

「みなさん、大変な目に合われましたね。もう心配ありません。すぐにでも町へ帰れますよ」

 邪教に誘拐され、 "泉" に閉じ込められていた彼らは、倒された紅赤の祭服の志教たちと、目の前に立つ桔梗の祭服をまとった神官とを、呆然としたまま見比べる。

 そのうちの何人かが、もの言いたげに口を開いた。しかしながら、その口から言葉が紡がれることはなく、彼らはそこに立ちすくんだままだった。


 突然の出来事に、すっかり度肝を抜かれてしまった男たち。そんな彼らを押しのけ、前に出てくる者がいた。

「ちょっと待ってくれ」

 声の主は、お蔵番に選ばれたあのジョシュアであった。

「だれが、助けて欲しいなんて言った?」

 険しい顔つきとなったジョシュアは、ひとりニーザス神官に詰め寄る。

「神の教えは、正しい教えだ」

「あんさん、まさか邪教に――」

 その発言と、ニーザス神官への態度から、神への変心を悟ったご主人が、おそろしいものを見るようにジョシュアを見た。

「邪教じゃない!!」

 ジョシュアは、声を荒げてご主人をにらみ。そして、ニーザス神官との距離をさらに詰めた。

「女神の教えは、多くの矛盾を(はら)んでいる! 神の教えの方がまっとうだ!」

「あなたは……」

 目の前で、女神への不信と、神への信仰を語る男。ニーザス神官は、そんなジョシュアの肩に手を置こうとした。しかしジョシュアは、慈悲の乗ったその手を、全力で拒否した。

「だってそうだろう! 毎日毎日あくせく働いて……。道に背かないよう、善をつくすように生きていても。人は、あっけなく死んじまう!」

 ニーザス神官の手が払いのけられたのを見て、お兄さんが神官とジョシュアの間に入りこんだ。

 パルシュナの教えを説き、人生をかけて女神に仕えている神官に無礼を働くことは、絶対にしてはならない禁忌。それは、洗礼前の子供ですら理解している世の常識だ。

 けれどジョシュアは、あえてその行いをした。そんな男の行動は、女神への不信を、言葉よりも率直にあらわしていた。

「どんなに真面目に生きたって意味がない! 理不尽だと思っていたが、神の教えを得てようやくわかったんだ。お前たちが信じている女神こそが、本物の邪神!! 女神を信じている者に救いはない!! オレはもう、パルシュナ教になんか騙されないからな!!」

 ニーザス神官に、激しく詰め寄るジョシュア。

 その目は、怒りで赤く染まり、目には涙すら浮かんでいた。


「……あの男は」

 そんなジョシュアのありさまに疑問を持ったのか。聞こえるか聞こえないかという小さな声で、剣士がご主人にたずねる。

 すると、ご主人は首を横にふり、悲しげな声でこう語った。

「あの人は、炭鉱の労働者です。ちょいと前に、北の山で大きな落盤があって……多くの死人や怪我人が出ましてね。ここ一月ほど、町で療養していたんですよ」

 その答えを聞いて、自分の胸にもちくりとした痛みが生まれた。

 救いたかったのに救えない。

 その痛みと苦味は、自分もよく知っている。

「オレは町へ帰らない! 邪神を(まつ)っている町に帰るなんて、とんでもない話だ!」

 泣き叫ぶように女神への疑いを吐き捨て、ジョシュアはその場に崩れた。

 床を叩きながら、「信じない! 二度と信じない!」と涙をこぼしている男に、知り合いらしき数人が駆け寄り。うちのひとりが、あわてた様子で部屋を飛び出していった。




 部屋から出ていった男を、冷然と見送ったあと。剣士が一歩前に出てきた。

「私たちについてくる者はいるか?」

 ジョシュアの泣き声がひびくなかで、剣士が習学者たちに問いかける。

 ある日突然、この "泉" に連れこまれ。強制的に習学者とされ。ここで望まぬ日々を過ごしていただろう彼らは、互いの顔を見合わせながら、ただ困惑の表情を浮かべている。

 しばらく待っても、だれひとりとして剣士の問いに応えなかった。だが、応えはなくとも、その表情が彼らの本心を雄弁に語っていた。


「パルシュナさまを疑うなんて……。そっちの方がとんでもない話だっての」

 ニーザス神官を背にかばいながら、お兄さんが苦い顔をしている。

「……ねえ、兄ちゃんたち。おいら、早く帰りたいよ」

 いつまでも終わらない大人たちの会話に、少年が焦れたような声を出した。それで、作戦に参加した全員の心と方針とが固まったようだった。

「生の旅路は長く、時に迷いが生まれるもの。一時(いっとき)、脇道に迷いこんだからといって、女神の愛が途切れることはありません。……仕方がない。まずは町へ帰り、神殿と領主さまからお力添えをいただきましょう」

 吠えるように泣きつづける男を遠巻きに見つめながら、ニーザス神官が語る。

 それを機に、脱走を目指す者たちが、司令塔である剣士のところへ集まった。




「サミー、よろしく頼むぜ」

 お兄さんが言うと、ジョシュアを慰めていたふたりが、ちらりと視線を寄越してきた。

 その背後に立つ習学者たちの視線も、自分に集中する。

 確かめるように自分を見つめる男たち。そんな彼らの視線を、目を閉じることで一時的に断ち切り。意識の外へと追い出した。


(飛んだ先に、罠があるかもしれない)


 籠められた状態の "転送の陣" には、行き先が指定されている。

 行き先は、対となる輝尚石。

 もしくは特定の場所。

 特定の場所が指定されているときは、パルシュナ神殿や教会、地域の長の居住地などが多い。

 対となる輝尚石にしろ、特定の場所が指定されているにしろ。この輝尚石から推察することはできない。そうなると、ただ "転送の陣" を展開するだけでは危険と言えた。だからこの役は、自分がこなすしかない。


 大丈夫。転送は何度か使ったことがある。

 転送に干渉するなら、真術を展開した瞬間に真力を流し。同時に、飛びたい場所を思い描けばいい。

 どうも自分は、思い描くという行為が苦手なようで。そのなかでもとくに、印象が薄い場所への転送が苦手なのである。

 そんな自分が飛ぶとしたら、キテナクスのパルシュナ神殿だ。あそこは町のなかでどこよりも大きく、特徴的な姿をしている。あそこなら、いまの自分でもちゃんと飛んでいけるだろう。


 息を大きく吸って、右手の輝尚石に意識を集中する。

 手のひらに、輝尚石の丸みを感じ。

 その心地いい冷たさに親しみ。

 奥でささやきあっている、精霊たちの声を愛でてから、輝尚石をつついて展開させる。

 円が描かれるか描かれないかという頃合いに、真眼から真力を放ち、輝尚石に流し。そして、飛びたい場所の光景を、強く強く思い描いた。


 このとき、目を閉じていたのがよくなかった。

 集中しようとするあまり、真円の姿を視認することを放棄してしまった。目を開いていたなら、異常に気づけたはずだ。

 しかし、自分はそうしなかった。残念なことに、それが大きな過ちへの引き金だったのだ。


 最善と信じた道の先で、厳しい現実に直面する。

 思いもよらない出来事が起きたのは、まぶたの裏からも光が視えたときのこと。

「――っ!!」

 目を開いているべきだった。

 その真円が、ひどくゆがんでいると気づくべきだった。そうしたら、水晶が砕ける前に、展開を止めることもできた。

 なぜ確認を(おこた)ったのだろう。

 そんな後悔が、あとからあとから湧いてきて。しばらくの間、右手にできた裂傷にすら気づけなかった。


「わあ、どうしたの! 輝尚石が割れちゃったよっ!?」

 ケン坊の大きな声を聞いて、視界のすみでジョシュアが顔をあげたようだった。

「だ、大丈夫かい、サミー!」

 右手から血があふれてくるのを、ぼんやりと見つめていると、ご主人が慌てて止血をしてくれた。

 感謝を伝える余裕すらなく。しばし自分は、手のなかに残された水晶を破片を眺め。やっとのことで現実を受け入れて、その事実を口にした。




「これは――偽尚石(ぎしょうせき)です」

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