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真導士サキと空白の地 セレンピア  作者: 喜三山 木春
第一章 禁秘の泉
17/29

達成

 叫んだ途端、片生が隠し持っていた輝尚石を展開した。

 飛び出てきたのは、流水と旋風。

 あせったせいだろう。出てきた真術は火炎流よりも威力が弱く、力のぶれも大きい。それを旋風で防ぎながら、片生との距離をじりじりと狭めていく。


「下がれ!!」


 もう少しだと勢いこんだ瞬間、炎豪の匂いとともに、剣士からの注意が飛んできた。

 真横からやってきた真術を避けて、そちらに目を向けると。床に倒れ伏していたはずの志教がひとり、膝立ちのままこちらに輝尚石を構えていた。


 知らぬ間に復活を遂げていた志教に、お兄さんと入れ墨男が応戦する。

「うおっ!?」

 しかし、ふたりが放った流水は、志教が放った旋風にぶつかると、視るも無残に千切れ。大気に溶けて消失していった。


「だめだ。こっちの輝尚石じゃ、まったく歯が立たない!」


 倉庫の輝尚石と、志教たちが所有している輝尚石では、威力に差があった。

 それもそのはず。倉庫にあった輝尚石は、すべて片生が籠めたと(おぼ)しき代物。

 けれども、志教たちが所有している輝尚石は、すべて美しい正円を成していて。どれもこれも、真水のように透明なものばかり。

 片生が籠めたまがい物と、里が出した本物では、威力の差が出て当然である。




 控室は、すでに足の踏み場もないほど荒れ果てている。折れて砕けた椅子の破片を飛び越えて、ふたりをかばうようにして志教に対峙した。

「あそこまで下がってください!」

 志教に木の棒を構えながら、より多くの輝尚石が散らばっている場所に、お兄さんと入れ墨男を誘導する。

「それから、わたしがいいというまで、これ以上輝尚石を展開しないでください!」

「あん!? どうしてだよ!!」

「どうしてもです! お願いします!!」

 混戦となったいま、それぞれが持つ輝尚石を調整して戦うことになる。

 控室は、真術を打ち合えるほどの広さがない。無闇に放てば、壁にあたり、思わぬ方向へ跳ね返る。

 意識を合わせるのに、この狭さは都合がいい。

 けれど、同時に調整できるのはひとつかふたつ。それがいまの自分の限界だ。志教たちの輝尚石に集中するには、こちらの全員に使用を控えてもらうしかない。

 前に出た自分に、志教たちの視線が集中する。

 荒く息をしながら自分をにらんでいた片生が、こちらの手の物を見て、大きく叫んだ。


「……てめえ、そういうことか! そいつが持っている棒だ! 棒が術具に違いない!! そいつからやれ! 早くその術具を取りあげろ!!」


 片生から怒号出た。

 それを聞いて、手にしていた木の棒を、見せびらかすように前に出した。間伐入れず、指示を受けた志教が、自分に向けて炎豪を放った。

「危ない、サミー! 避けろ!!」

 後方からお兄さんが叫ぶ。

 しかし、その場に留まったまま、炎を見据えた。

 真術で造られた炎は、すべて白い光を帯びている。輝きながらやってくる赤いうねりを見つめて。その向こう側にある、光の円に意識を合わせる。

 真円には、それなりの数の精霊がいた。真眼に力をこめて、真術を支えている精霊たちに「曲げて」と語りかける。

 真眼から発した頼みは、すぐに届いた。自分の目前で炎がねじ曲がって天井にぶつかり、跳ね返るよりも早く、煙と化して消滅していく。

「いいぞ、あんちゃん!!」

「やるじゃないか、サミー!!」

ふたりからの声援を背中に受けながら、木の棒を片生の方へ構えた。


「ま、真術が効かない!?」

「だから言っただろう! いいからその術具を奪うんだ! 全員でそいつを狙え!!」


 片生が怒鳴ると、いつの間にか動けるようになった志教たちが、自分に向かって輝尚石を展開した。それぞれが持っている輝尚石の種類もばらばら。さらに六人同時となると、さすがに分が悪い。

 横によけつつ、ついいつもの癖で守護で防ごうとしてしまい。そのうかつな判断のせいで。全身から冷や汗が吹き出した。


 ――危なかった!

 いま、自分は鎮成を持っていない。

 こんなところで "暴走" を起こしたら、みんなの命が危険にさらされてしまう。


 油断大敵と胸に刻みなおして、志教たちがくり出した無茶苦茶な攻撃を避けていたら。転がっていた木材に足をとられ、派手に転倒した。

「いまだ、やれ!!」

 片生の号令を聞いて、しまったと思ったそのとき、斜めから剣士がやってきて、自分を安全地帯に押し出してくれた。

「――あ」

 だがしかし、その拍子に握りしめていた木の棒を、うっかり手放してしまった。

 それに気づいた剣士が、棒を拾いあげようとした瞬間。志教たちが、そろって炎豪と旋風を繰り出してきた。


「サミー!!」


 ニーザス神官が叫ぶと同時に、視界が赤く染まる。

 やってきた火炎流。

 しかしながら、その熱と衝撃が、自分たちに届くことはなかった。


「――なっ!?」


 音もなく霧散した炎と風。それに気を取られた一瞬の隙をついて、剣士が片生に迫り、一振りで昏倒させた。

 頼りの片生が倒され。頼みの真術を失った志教たちは、つぎつぎに膝をつき、戦闘をあきらめたようだった。なかには 、"魂核" を奪われたように放心して、座りこむ者すらいた。

 戦闘不能となった志教たちに対し。投降して、領兵の詰め所に出頭するようにと、剣士がうながした。剣士の指示に、だれからも応答はなかった。どうやら返事をする気力もないようだった。

 すっかりおとなしくなった志教たちに、剣士が縄をくくっていく。

 昏倒し、完全に意識を失っている片生の方は、おっかなびっくりのお兄さんと、すこし毒気が抜かれたような入れ墨男が、縄で手早く縛りあげた。


「おどろかせるんじゃねえよ」

「お前さ、あんまり無茶するなよっ!」


 作業を終えたふたりが、自分に説教をしてきた。これには、素直に「すみません」と答えておく。

 まだまだ言い足りないふたりに、褒められたり、叱られたりしていたら、志教たちへの処置を確認した剣士が、歩み寄りながら問いかけてきた。

「術具はなかったはず。どうやった?」

 剣士の手には、戦闘中に落としてしまった木の棒が握られている。その問いに対しては、鞄に隠し持っていたもうひとつの棒をふって答えとした。

「そういうことか」

 剣士が納得したの確認して、人知れずほっと肩をなでおろした。

 どうやら、いい具合にだませたようだ。こちらの木の棒も、あちらの木の棒も。本当は、ただの棒なのだけど。術具だと信じてくれているなら、何も言うことはない。

 秘密を守り通せたことに安堵して、全身の緊張が一気に抜けた。

 自分の内側で、良心がしくしくと傷んでいるようだった。でも、いまは仕方ない。無事に町へ戻れたら、女神に懺悔するとしよう。


 ……ああ、そうだ。

 まだ、 "救援札" の件が片付いていなかった。


 このあと、すぐに町に戻る。そうしたら、神官とふたりになる機会も得られるはず。そうしたら、術具屋についてきてくれるよう頼もう。

 本音を言うと、頭がもうくたくただった。

 慣れていないのに策略など練ったものだから、もう何も考えたくないところにまできている。

 これ以上、あれこれと細かいことを考えるのは不可能だ。ニーザス神官には申し訳ないが、 "救援札" をぶら下げたまま、いっしょに術具屋に行ってもらおう。そうすれば、何もかもがすべていい具合に収まってくれる。


 とてもではないけど、これから浄化の練習などできそうにもない。

 でも、今回の戦闘で確信した。自分の真術も勘も衰えていない。だから、隠匿と鎮成だけ籠めてもらって、そのまま家に帰って先生に浄化を見てもらおう。

 うん、そうだ。それがいい。そうしよう。




 頭に陣取って、自分に行動をうながしつづけていた目標に区切りをつけて、ふうと一息ついた。

 ひさびさの戦いで、息があがってしまった。激しい運動からくる息苦しさと熱にあえぎ、身体がなまっているなと考えて、あれと思った。

 身体がなまっているなんて、その発想自体が、普通の娘からかけ離れている。自分は、どうも荒い場面になれ過ぎてしまった。

 いまから娘らしさを取り戻せるだろうか?

 そんなことを考えて。ひとり、場に不似合いな忍び笑いをもらした。




 束の間の休憩をしていたら、片生の輝尚石をあらためていた入れ墨男が、大きな声で怒鳴りはじめた。

「おい、こいつ何も持っていないぜ!」

「え、何だって?」

 怒鳴り声を聞いて、お兄さんが片生の方へ走っていった。

「……本当だ。祭服のなかに何もない」

 うそだろと言って、お兄さんは片生の靴を脱がし、足布まではぎとって輝尚石を探す。

 それでも見つからなかったらしく、どこか呆然としたまま、自分と剣士に向かって首を横にふった。

「おい、てめえ。適当にふかしやがったな!」

 ふたたびやってきた怒鳴り声。それを真正面から受けつつ、重い腰をあげて片生の方へ歩いていく。


 昏倒し、縛り上げられている片生は、すっかり意識を手放していた。とても真術を支えられる状態とは言えない。

 しかし、片生の周囲には、ほのかに真術の匂いがただよっている。

 そのうえ、片生の赤い首飾りが、いまもささやかな明滅をくり返していた。


(索敵が反応している。転送の気配もある。……でも、ずっと奥の方。手前にあるこの気配は)


 またも木の棒をかかげ。片生の全身を注視して、あるはずのものを探す。

 じっと見つめていると、第三の目が、うっすらとした輝きを拾いあげた。

 小さく薄いながらも、輝きを放っているのは、片生の右手。その中指にはまっていた細い金の指輪だった。


 縄でくくられ、前に突き出すような形となっている片生の手。その手にはまっている金の指輪を、とんとんとん――と、三回つついてみる。

「やっぱり、格納のなかでしたね」

 金の指輪に籠められていた格納を展開する。輝かしい円が描かれてすぐ、真円から十個ほどの輝尚石が転がり落ちてきた。

 ころころと転がった、真水のような水晶たち。そのなかから、望みの気配を放っている水晶を手にし、目の高さに持ちあげた。

「ありました。間違いなく "転送の陣" の輝尚石です」


 伝えると、お兄さんが歓声をあげて、控室から飛び出していった。

「よっしゃあ! やるじゃねぇか、あんちゃん!!」

 さっきまでの怒りはどこへ消えたのか。上機嫌となった入れ墨男に、背中をばしばしと叩かれて、思わずむせ返った。

 でかした、でかしたと笑う入れ墨男に合わせて苦笑していると、ふと剣士と目があった。

 目があったとき、剣士が浮かべていた表情は、なんとも表現しがたいものであったのだけれど。くたくたにくたびれていたせいで、何も気づくことができず。

 のちに、自分の浅はかさを悔いることになるとは、まったく想像ができなかったのである。

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