第三作戦と行方
「出た!」
志教たちの部屋を見張っていたケン坊が、手をふって合図を出してきた。
息子の合図を見て、物陰から首を伸ばしたご主人が、剣士に伝える。
「間違いない、真術使いの志教だよ!」
「よし、では行ってくる。あなたは、ケンといっしょに隠れていてくれ」
剣士が言うと、八百屋のご主人は申し訳なさそうに肩をすぼめた。
「……その、本当にいいんですかい?」
「片生が帰ってきたとき、なかに知らせる者が必要だ。それに、ケンを危険な目に合わせられない。控室を制したら呼ぶ。われわれを信じて、そこの小部屋で待っていてもらいたい」
下がってしまったその肩に、傷だらけの手が乗せられた。
それでもまだ遠慮を残しているご主人に、ニーザス神官が語りかける。
「ご主人。同輩をお頼みできますか」
オスカー神官は、いまだうずくまったまま。どうにか炊事場から移動はさせたものの、長くひとりにできない状態だ。
「どうかお願いします」
「神官さまの頼みを、お断りするわけには…………。承知しました。無事に帰ってきてくださいね」
神官に頭を下げて、ご主人はケン坊といっしょに小部屋に入っていった。小部屋に空いているのぞき穴から、ケン坊が顔を出し、いってらっしゃいというように両手をふっている。
手をふり返していたら、入れ墨男がおもむろに口を開いた。
「おい、震えてるじゃねぇか? あんちゃん、大丈夫かよ?」
小さな問いかけは、酒屋のお兄さんに向けられたものだった。
「だ、大丈夫だって……」
その言葉とは裏腹に、声にも震えが入り混じっている。
お兄さんの様子を見て、入れ墨男がしょうがないというように嘆息をもらした。
「けっ。こっちのあんちゃんと比べて、肝っ玉が小せぇなぁ」
こっちのあんちゃんと指さされ、思わず苦笑をもらす。ばれていないのはいいことだ。でも、心情は非常に複雑だった。
どうにもできない、もやもやとした気分を味わっていると、お兄さんがこっそり耳打ちをしてきた。
「……なあなあ、サミーは怖くないのか?」
これに「ええ、まあ」と返すと、お兄さんは「まじかよ」とびっくりした様子だった。
だって、本当に怖くはない。
何しろ、相手はまともに輝尚石を使えないわけだし。それに、里での出来事と比べれば、だいたいのことは許容範囲に収まってしまう。
いいことか、悪いことか。
あらためて問われると、どちらとも言い切れない微妙なところではある。しかし、実際にそうなのだから、ここでおびえる方がむずかしい。
「……お前って、意外と強気なんだな」
あまりうれしくないお褒めの言葉に、曖昧な笑顔を返して。「輝尚石をあつかっていると、危ないことも多いんですよ」と、説明を足しておいた。
高揚のせいだろうか。それとも気づかぬうちに緊張しているのか。さっきから、息苦しいように思えている。その息苦しさが気になって、きっちりと巻いてきた襟巻きを、少しだけゆるめた。
「さあ、行こう」
多少ぶれながらも、全員の気持ちが固まった。
それを見て、剣士が力強く出撃指令を発する。
さきほどと同じ調子で、木の扉を叩く。
「失礼します」
声をかけると、控室の扉が開かれる。
「おや、また味見ですかな?」
自分の顔を見るなり、うれしそうに言ってきた志教に、入れ墨男が棒で殴りかかった。
応対に出てきた志教が昏倒する。なかにいた四人の志教が、いっせいに立ちあがった。
「お、お前たちっ!?」
叫びながら、それぞれが胸元から輝尚石を取り出し。二度叩いてから、こちらに向かって構える。手に持ってから展開するまでの短い間に、剣士が手前にいたひとりを叩き伏せた。
それを見て不利を悟ったのか。部屋の奥側にいた志教が、鉄格子の向こうに何かを放り投げた。
「あっ、鍵が!」
「鍵なんかかまってる場合か! じゃんじゃん打て!!」
入れ墨男の案外的確な指示を受けて、お兄さんが旋風を展開した。展開された風は、だれかを傷つけるほどの力を有していない。そのうえ、方向が左にずれていた。
真眼を見開いて、お兄さんがもつ輝尚石に意識を合わせる。それだけで、なかにいる精霊たちが動きを変えたのが視えた。
――こちらへ。
そう念じれば、三度の明滅のあと、風の方向と強さが変わった。そこまで強い風でなくとも、狭い室内で吹き荒れれば、相手を翻弄するのには十分だった。
風から顔をかばおうとしている志教たちは、まともに照準を合わせられなくなったようだ。それを好機と見たか。剣士が輝尚石から出ている炎へ、まっすぐに突っ込んでいった。
その無謀とも思える行動を、ニーザス神官が援護する。
さすが真眼を有している澪尾神官だけはあり、輝尚石のあつかいも慣れている。剣士に迫りくる炎を、流水で器用に防ぎ。さらなる道をも切り開いた。
ふたりの共闘により、あっという間にもうひとりが床に倒れ落ちた。残る志教は、あとふたり。
数的有利を確認して、剣士が自分に指示を飛ばしてきた。
「サミー、探してくれ!」
何をと言われるまでもなく、一目散に駆けていき。そこに置かれていた荷箱を、思いっきりひっくり返した。
とにかく、いまは時間が惜しい。蓋を外して。行儀悪くも、なかのすべてを放り出す。
広がった雑貨にまぎれて。形の悪い輝尚石が、あちらへこちらへと、ころころ広がっていく。それらを一瞥しては放り投げ、目的のものを探し求める。
「おい、どうした。早く見つけろって!」
入れ墨男は、志教から放たれた炎を受けて、服を焦がしたようだ。引っ掛けているだけとなった上着を脱ぎ捨て、いらいらとしながら怒鳴りつけてきた。
言われないでも、もちろん探している。
言い返す間も惜しく、気配が視えている場所を、全部ひっくり返していく。
(無い。どこにも無い。おかしい、さっきは気配があったのに)
薄目ではあったものの、あれだけ馴染んだ気配を、いまさら間違えるわけがない。
確実にあった。
でも、いまはどこを探しても見当たらない。
ひたいにじわりと汗が浮かんだとき、控室の外から金物を叩く音がした。
音を聞きつけた剣士が、手にしていた木の棒を大きくふり回し、残っていたふたりを同時に叩き落とす。人が床に落ちる鈍い音と、扉が乱暴に開け放たれるのは、ほぼ同時のできごとだった。
「貴様ら、何をしている!!」
扉を開け放ったのは、真術使いの志教――大柄の片生だった。
「うげ、もう帰ってきやがったか!?」
入れ墨男ががなると、片生が部屋いっぱいに旋風を展開した。その風に飛ばされ、お兄さんと入れ墨男が、そろって壁に叩きつけられる。
自分と剣士とニーザス神官は、どうにか飛ばされずにすんだ。しかし片生は、両手に旋風と炎豪の輝尚石を収めたまま、自分たちの方へ照準を定める。
展開された真術は、小さいながらも火炎流の形を成していた。
こちらに伸びてきた火炎を、ニーザス神官が放ったふたつの流水が食い止める。輝尚石の数は、互いにふたつ。
だが、いかに数が同じであろうとも、真眼の差は誤魔化せない。片生の火炎流に抵抗しきれず、水がじわじわと押されていく。
ニーザス神官を援護するべく、手近に転がっていた旋風をつかみ、即座に展開した。
自分が放った風が、火炎流を引き裂いて流れる。
炎を奪われた片生が、驚愕を浮かべながらこちらを見たとき。一度は見失っていたその気配を、やっとのことで再認できた。
「――この人です!」
自分が指差すと、ほかの四人がそろって片生を見返した。
「間違いありません。その人が、 "転送の陣" を隠し持っています!!」